絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十九話 終わる世界(後編)

 ゲッコウは自分のことを語っていく。
 それは自分が生まれてからのことであり、人間との乖離を悩む姿を。
 そして自分が不完全であり、完全な存在には一生なりえないということを。

「……ゲッコウ、お前が何を拘っているのかしらないけれどさ」

 崇人はゲッコウの意見をすべて受け止めて、話を始めた。

「お前は人間にあこがれていた、ってことか?」

 ゲッコウが思っていた不安定な思いを――彼はたった一言に集約させて、言った。
 ゲッコウは頷く。

「憧れ……憧憬……。そうか、そうかもしれない。僕は人間に憧れていたのかもしれない。一度も僕は人間として作られていなかったからね。けれど、それでも、そうだとしても、僕にだって人生を選ぶ権利だってあるはずだ」
「人生を選ぶ権利……?」
「僕は神に命令されたのだよ。足止めをしろ、と。そして、足止めを失敗したら僕は殺されてしまうだろう。神や帽子屋が黙っていないだろうからね」
「お前はいったい何を言っている……? 足止めをしたくないのなら、しなければいい。俺が神と帽子屋に一発制裁を加えてやる。そしてお前は、呪縛から解き放たれる。それだけのことだろ。だったら、ここで足止めする必要なんて――」
「そうできれば一番だけれどね。そうプログラミングされているわけだよ。言葉で否定しても、行動は否定できない。だから……君に止めてほしいんだよ」

 そう言って、両手を広げたまま崇人に近づくゲッコウ。
 崇人は意味が解らなくて、彼に訊ねる。

「どういうことだよ、ゲッコウ……?」
「言ったまでのことだよ。だから、君に僕を殺してほしいんだよ。タカト・オーノくん」
「殺す……だと。そんなこと、できるわけがないだろ!」
「してほしいんだよ。これは、望みだ。頼みだ」

 ゲッコウは崇人の足元にサバイバルナイフを投げ捨てる。
 それは見るからに普通のサバイバルナイフだった。

「それで僕の心臓を刺せばいい。それだけで僕は死ぬ。そして君たちは神の世界へ行くことが出来る。僕の望みも叶う。みんな、ハッピーじゃないか。ハッピーエンド至上主義とは言ったものだが、これですべて解決とはいかないか?」
「でも、それだとゲッコウが死ぬだろ!」
「いいんだよ。僕はここで死ぬべき立ち位置だった。それだけのこと。決して間違いではない。だから、悩む必要はない。そのまま僕の心臓をそのナイフで突き刺せばそれで終わりなんだ。なあ、簡単なことだろう?」
「簡単とか難しいとか、そういうことじゃねえんだよ! お前が死ぬだろ、それじゃ皆幸せになったとは言えない!」
「僕は死ぬことで幸せになるんだよ。けれど、僕が死なないと君たちは神の世界に行くことが出来ない。もしかしたらみんな死んでしまうかもしれない。それは一番のバッドエンド。最悪の結末とは言えないか?」
「だとしても!」
「タカト」

 マーズは、崇人の足元にあったサバイバルナイフを拾い上げ、それを彼に手渡す。
 だが、彼は受け取らない。

「受け取りなさい、タカト。そして、ゲッコウの望みを叶えてあげて」
「マーズ、お前もそんなことを……!」
「そんなことを、じゃない。彼の望みを叶えることで、私たちも救われる。一石二鳥じゃない。それとも、何か不満でも?」
「あるに決まっているだろ! 殺してくれ、なんて俺には……」
「しなさい。あなたがしないと、何も進まない。私たちは道を断たれることになる。この世界も救えないし、元の世界にも帰れない。あなたはそれでいいの?」
「……」
「もしあなたが殺さないというのなら、私たちは何もできない。そのまま世界の崩壊を待つだけ」

 三度、世界が大きく揺れる。
 もうそれは、時間がないことを暗に示していた。

「さあ、時間がない。君の力で未来を切り開くんだ。生き残るべきは人間よりも不完全な僕じゃない。生きる意志を持つ君たちが生き残るべきだ」
「そんな……そんな……」
「タカト、もう時間がない!!」

 マーズはナイフを崇人に握らせる。強引にでも殺そうとさせる。
 そして。
 崇人は決心する。

「……ごめんな」
「君が謝ることはない。むしろ謝るべきはこちらだ。君にこのような辛い思いをさせないといけないのが、つらい。僕だって君にこんな選択をさせることは心苦しい。でも、仕方がないことなのだ。……許してくれ」

 そして。
 崇人はナイフで――ゲッコウの心臓を一突きした。


 ◇◇◇


 倒れたゲッコウの姿を見てもなお、彼は自分がゲッコウを殺したという実感が沸かなかった。それ以上に、この世界を救わねばならないという思いが強かったからだ。

「もう何度も地震が起きている……。爆発が近い、ってことよね。急いであの世界に行かないと!」
「解っている。解っているよ。だから今こうやって、こうやって何とかしようとしているのだから」

 慌てるマーズに対してフィアットは冷静だ。
 フィアットは指で円を描いている。まずは入り口と、魔術のファクターとなる円を作らなければならない、というフィアットの言葉だった。

「魔術でワープする、ってことか?」

 崇人の言葉に、首を傾げる。

「ワープ……転移、ってことかい? それなら少々違うかもしれない。まあ、間違っていない考えなのだけれど。実際には、ここに『世界への入り口』を作る、ということが正解。世界の入り口を作り上げることで、あの世界とこの世界を行き来できるようにする。それが、今から作っているものの正体だ」
「そんなもの……簡単に作ることが出来るの?」
「簡単に……とは言い過ぎだが、難しいものではない。すぐにできるさ。時間もそうかからない。話しながら、数分程度でできる代物だ。そうでないと、何度も行き来できないだろ? つまりそういうことだよ」

 崇人はその光景を眺めながらも、ゲッコウの心臓に突き刺したナイフを眺めていた。
 彼にとって、自らの手で人を殺すことは初めてだった。だからその感触がひどく珍しく、ひどく切なく、それでいて悲しかった。はじめて人を殺してしまった。はじめて命を奪ってしまった、という事実を受け止めきれなかった。だからこそ、彼はこの世界を救う、という別の目的のことを考えて――どうにか忘れようとしていたのだ。

「タカト、大丈夫?」

 そんな彼を心配してマーズが話しかけた。
 崇人は崇人でマーズを心配させないように、大丈夫と頷いた。

「ほんとうに? タカト、一人で抱え込むからね。今までの経験上」
「うぐっ。そういわれるとつらいな。やっぱりずっといたから仕方ないことかもしれないけれど、ほんとうにマーズは痛いところをついてくる」
「そりゃずっと一緒にいたからね。仕方ないよ、それは」

 そしてマーズは崇人の隣に腰かけた。
 フィアットがゲートを作っている間、二人はそれを眺めていた。

「……ねえ、タカト」

 唐突に言ったマーズの言葉に、彼は訊ねる。

「どうした、マーズ?」
「タカト、これが終わったら元の世界に戻るの?」
「どうした、急にそんなことを聞いて?」
「戻ってほしくないなあ、って思って。この世界、きっと元に戻るまでとても時間がかかると思うのよ。だから、独りぼっちは寂しいな、って。それだけ」
「そうか……」

 崇人は頷いて、マーズに告げる。

「解った。それじゃ、俺はずっとこの世界にいるよ。そして、お前にずっと寄り添っていく」
「……ほんとに?」

 それを聞いたマーズは、明るい笑顔を取り戻した。
 ああ、と言って強く崇人は頷いた。

「おおい! ゲートが開いたぞ!」

 フィアットの言葉を聞いて、マーズと崇人は大急ぎでそちらへと向かう。
 フィアットのいた場所には白い渦が浮かんでいた。大きさは崇人の身体くらいなのでそれなりの大きさといえるだろう。人ひとりが入るには十分すぎる大きさだ。

「この先に――神がいる、と?」
「ああ。そして、敵の陣地になる。何が待ち受けているか解らない。なにせ、この出口は敵に見つかっているといっても過言ではない。出てきたところを狙われている可能性だって十分に有り得る。敵が何をするか、まったくもって解らない以上十分に警戒しなくてはならない」
「そうね。それは確かに。……じゃ、まずは私から。いいわね?」
「どうぞ」

 フィアットが右手を差し出したそれを了承と受け取って、マーズは渦の中に入っていった。
 次いで崇人、そしてフィアットが渦の中に入っていった。


 ◇◇◇


 渦の向こうには、白い部屋が広がっていた。古いアンティークの食器棚、テーブル、ソファ、モニター――モニターには崇人が映し出されている――が割と奇麗に整頓された形に置かれていた。

「これは……いったい?」

 理解できなかったというよりも、その状況があまりにも俗っぽかった。それが意外だった。

「ようこそ、我が世界へ」

 そしてソファに腰かけているのは、神と呼ばれる少女だった。
 少女は立ち上がり、崇人たちに微笑みかける。

「まさか、ゲッコウを倒すとはね。予想外だったよ。まあ、まずは腰かけたまえ。疲れただろう? 今、紅茶を淹れることにしよう。ああ、一応言っておくがこれは戦いではない。戦う前にも休息は必要だ、そうだろう?」

 それを聞いて、彼は理解できなかった。いくら戦闘前の休息とはいえ、敵の淹れた紅茶をのむなんてことできるはずがなかったからだ。
 だが、マーズは。

「――解ったわ。あなたの意見に従いましょう」

 そう言って、結局彼らはマーズの意見に同調する形で、ソファに腰かけることになった。

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