絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十三話 バケモノ(前編)

『――お言葉ですが、マスター』

 フロネシスが畏まって、唐突に彼に告げた。
 崇人は眠かったので操縦をある程度フロネシスに任せて午睡をしていたのだが、フロネシスのその言葉を聞いて目を覚ました。

「どうした、フロネシス。何かあったか」
『ヘヴンズ・ゲートには何があるのでしょうか。現時点では、あの地方には人間の反応が確認できておりませんが』
「……そのことか。ならば、今からそれを探しに行こうとしているところだ、とでもいえばいいか。現状、俺達にはそれしか道がないからだ。ヘヴンズ・ゲート。あれから特に問題もなく、閉ざされたままだと聞く。だが、そこにはきっと何かヒントが残されているはずだ。シリーズ……帽子屋へと続く道が」
『いえ、そういうわけではなく――』

 フロネシスがそう言ったと同じタイミングで、インフィニティを衝撃が襲った。

「な、なんだ!」

 崇人は急いで前を見る。
 目の前にあったのは、リリーファーと同じような生き物――だった。しいて違うところを示すとすれば、それが黒いということだった。
 いや、そもそも。
 目の前にいるのは――生き物なのか?
 息遣いも荒く、肩で息をしている――そのワンポイントだけで彼はそれを生き物と見たが、実際は違うのではないか?
 歯をギラリと見せて、そこの隙間から涎を垂らしている――。まるで『リリーファーを食べる』かのように。
 その違和感はヴィエンスとコルネリアも抱いていた。

「なんだよ、あれは……?」

 ヴィエンスは自らのリリーファー。そのコックピット内部で考えていた。
 だが、彼はその姿に何か見覚えがあった。彼の思い出の深奥に、何か、あれに近いものが――。
 何か、何だったか。
 でも自分はあれが何であるか――見たことがある。覚えている。


 ――そして彼は思い出した。それが、彼がはじめてリリーファーの実戦で倒した敵に酷似しているのだ、と。


 それと同時に、相手は駆け出す。
 ヴィエンスは一瞬その対応に遅れてしまった。間に合わなかった。崇人も、コルネリアも。
 だから、『食われた』。
 正確に言えば、駆けてきた化物に何も対応することができなかったヴィエンスの乗っていたリリーファーは、そのまま化物に取り押さえられ――まず首をへし折られた。
 当然、リリーファーと起動従士は神経接続を行っているため、その痛みがダイレクトに伝わる。
 ヴィエンスは、首をへし折られたと同等の痛覚を感じ、そのまま気絶した。
 むしろ、気絶で済んで楽なほうだといえるだろう。そのまま気絶せずに堪えていたのならば、この後の苦痛にずっと耐え続けなければならなかっただろうから。
 首をへし折って自由を封じた化物は、そのままリリーファーの首元に歯を立てる。
 そこまで見て、ようやく崇人も化物が何をするのか――いやでも理解した。

「何を……何をする気だ……。フロネシス、武器は! 武器はないのか!」
『エネルギー充填中。すぐに使用することは不可と判断。ライフル等もありませんので』

 そう。
 遠くへと旅になる――そうコルネリアが発言したため、彼自らの選択でインフィニティは武器を持ち歩かないこととしたのだ。内蔵武器もあるから、何かあったときはそれで戦う――と。
 だが、それが仇となった。
 内蔵武器はすべてエネルギーを大量に使う。そのためすぐに使用できず、数秒から数分の猶予を必要とする。
 相手が味方を食らおうとしているところで、自分は何もできない。
 それが――とても辛かった。

「そ、そうだ……。コルネリアは? コルネリア、お前はライフルを持っていないのか! ナイフでもいい、リリーファーに標準搭載されている装備は!!」
「……無い」
「……なんだって?」

 コルネリアが放った言葉は、思わず耳を疑ってしまうものだった。
 コルネリアは再びその言葉を言った。

「さっき敵に使ったライフルが最後だ! それ以外の武器はもうエネルギーが枯渇していて……。エネルギーを補給しない限り……」

 つまり、手詰まりということだ。

「フロネシス!!」
『残り二十秒』

 目の前にある光景を再び見つめる。
 首筋から食らい始めた化物は、完全にリリーファーの頭部と胴体を引き千切っていた。それも顎の力だけで引き千切っている。いったい、どれほどの力がそこに加わっているのだろうか、想像もつかない。
 そして化物は胸の装甲を剥がし始めた。装甲の出張っている部分から、強引に。ゆっくり、ゆっくりと剥がしていく。

「フロネシス!! エネルギー充填はまだ終わらないのか!!」
『エネルギー充填完了。エネルギーを「エクサ・チャージ」に移行します。プロセス終了まで二十五秒』
「急げ、フロネシス! 時間がない!」

 胸の装甲を引きはがす力は、とても強い。だが、リリーファーの装甲もそう簡単に剥がれるほど、柔なものでもない。だから、間に合うものだと思っていた。間に合ってほしいと思っていた。
 だが。
 ベリィ!! といった音とともに、胸部を守っていた装甲が引き剥がされた。
 そしてその真ん中には――赤い球体があった。
 一目で崇人はそれが何であるか理解した。

「コックピット――」
「うあああああああ!」

 コルネリアの叫び声が聞こえて、我に返った崇人。
 それが叫び声ではなくて、自らを奮い立たせるための声であったことを理解したのは、彼女の乗り込んでいるリリーファーが化物目がけて走っているところだった。

「コルネリア……何をする気だ!」

 コルネリアのリリーファーは化物を背後から取り押さえる。しかし化物の力は強い。コルネリアの力をもってしても、化物は強引にコックピットをリリーファーから引き剥がそうとする。

「そこに何が入っているのか、理解しているというのか!」
『装填完了。いつでも銃撃可能です』
「とはいうが――」

 動いている標的を、この状況で撃ったことなどない。
 ほんとうに自分にあの標的を撃てるのか?
 そう思ったが――今、そんな悩んでいる時間などない。

『エクサ・チャージ、撃てぇ!!』

 エクサ・チャージ――エクサ・ボルトの高電圧粒子砲を放つ、インフィニティの武器。
 それが勢いよく放たれ、敵のもとへと撃ち放たれる。
 そしてコルネリアの乗るリリーファーごと撃ち抜かれた。

「コルネリア――!」

 それは彼にとって想定外の事態だった。
 彼は、コルネリアはエクサ・チャージを放つ前にうまく抜けるものだと思っていた。それがまさか敵ごと撃ち抜かれるなど思ってもみなかったのである。

「お、おい……? こ、コルネリア。応答してくれ」

 彼はコルネリアのリリーファーと通信を図る。
 しかし、コルネリアの反応はない。画面もずっと砂嵐が流れるだけだった。

「コルネリア、コルネリア、おい! 反応しろ!」

 しかし、何度語りかけても、反応はない。
 それと同時に――ゆっくりと動き出す影があった。
 コルネリアのリリーファーか、ヴィエンスのリリーファーか。
 崇人はそう思ってそちらを見た。
 だが、それは――最悪の答えだった。

「何……で?」

 エクサ・チャージを受けたはずの敵が――ゆっくりと立ち上がっていた。

「何故だ! 何故、エクサ・チャージを受けたはずの敵が起き上がっている! 外したのか、フロネシス!」
『いいえ。外していません。99.99999999%の確率で、命中させました』
「ならばどうして! どうして立ち上がっている! どうして生きている!」
『解りません。現在再検索をかけています――』
「そんな時間なんてない! 急いで再充填をしろ! このままだとヴィエンスが――」

 コルネリアが自らの命を犠牲にしてまで生み出したチャンスを、このまま無駄にしてはならない。
 そう、彼は心に誓っていた。

『了解しました。再充填を開始します。プロセス終了まで四十五秒』
「四十五秒――」

 もうすでに、ヴィエンスのリリーファーはコックピットが半分引き剥がされた状態となっている。果たして、間に合うのか? 間に合うことができるのか? それが彼にとって唯一の不安であった。ほんとうならば彼の前に立って守る形で攻撃をしたいのだが、エクサ・チャージはその膨大なエネルギーを充填する故、移動を行うことがほぼ不可能となる。
 だから、その惨状を――彼は目の当たりにしながら、攻撃の準備をするしかないのだ。
 コックピットが剥がされ、ゆっくりとリリーファーから離されていく。赤い球体に張り付いている幾重ものコードがぷつぷつと音を立ててちぎれていく。赤や青のコードは複雑に絡み合っていて、まるで血管か何かだ――即座に彼はそう思った。

「再充填、まだか!」
『プロセス終了まで残り二十秒』

 その声と同時に、コックピットがリリーファーの体から完全に引き剥がされた。
 そしてそれをまっすぐ口へと運んでいく。
 何が起きるのか、もう容易に想像できた。

「やめろ……」

 彼はコックピットの中で呻いていた。
 そんな声が届くはずもないと、解っていたのに。

「やめろ……」

 口の中に入れて、ゆっくりと閉じていく。
 歯を立てて、軋んでいく赤い球体。

「やめてくれ……」

 亀裂が走り、形を歪ませる赤い球体。
 そして――。
 バキン! と音を立ててヴィエンスのいるコックピットは完全に破壊され、それと同時に化物の口は閉ざされた。
 咀嚼を始めた化物は、何度かそれを噛み砕き、そして飲み込んだ。

『再充填、完了しました』
「ふざけるなああああああああああああああああ!!!!」

 そして。
 二発目のエクサ・チャージが、再び化物目がけて放たれた。

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