絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百六十二話 白の少女(後編)

 それを聞いて彼は絶句した。
 即ち、それが意味するところは――。

「つまり、神の名を騙った、ということか……?」

 こくり、と頷く少女。

「神の名を騙ること……それはとんでもない罪です。ですが、今、それを裁く術はありません。法律なんて無いのですから。所詮法律は人間が決めた、人間が生きていく上のルールに過ぎません。それを束ねる神には、そのようなルールなんてありませんし、必要ないのですよ」
「神のルール……そりゃあまあ、世界を束ねている存在だっていうくらいなら必要ないのかもしれないが」

 崇人は訳が分からないことだったが、それでも何とか彼なりに言葉をかみ砕いて、頷いた。

「神のルール、と簡単に言いますけれど、あなたは意味を解っていますか? 実際問題、この世界に広がる同位相空間はあまりにも量が多い。それがある時点でそれなりのルールを作ればよかったものを、結局我々は何もしなかった。蔑ろにした結果が、これですよ」

 そういって少女はワンピースを翻す。
 よく見るとそのワンピースは少しだけ薄汚れて見えた。

「過去、何回か俺の目の前にやってきたときは?」
「あの時はまだ神という地位に立っていることができた。帽子屋がその地位を盗んだのはつい数年前のこと。この空間を破壊するだけ破壊して、人間の生きる意志を極限まで少なくさせて、人も減らした……。何を考えているのか、解ったものではないよ」

 それは帽子屋についての、ある意味では率直ともいえる苦言だった。
 それを聞いて崇人はどうすればいいのか――それは一つしかなかった。

「この事態を解決する方法……俺の世界もこの世界も救う方法。薄々そうかもしれないと思っていたけれど、帽子屋を倒すことで、すべてが解決する……。きっと、そうなのだろう」
「きっとも何も、それが真実。まぎれもない事実だよ。帽子屋が私の力を奪ったことで、いや、正確に言えば、私の力を奪うことを計画に組み込んでいたこと……それからだろうねえ。ヘヴンズ・ゲートのアリスの封印を解き、アリスの力をも自らに取り込んだ。まさに、今やシリーズは彼の独壇場と化している。最低なものだよ」

 少女は溜息を吐いて、さらに話を続ける。

「まあ、問題としては明確になったのではないかな? これから倒すべき敵も、きっともう君の眼には見えているはず」

 そう言われて、崇人は頷いた。
 彼の眼には――帽子屋の姿が浮かんでいた。

「帽子屋は、最初こそ何も無かった。いい役割を持っていた、そして、私にも優しかった。アリスを守り、この世界を観測するという役割を忠実に守ってくれていた……。だが、今思えばそれもすべてこのためだったのではないか、私はそう思うのだよ」



 ◇◇◇



 戻るとヴィエンスとコルネリアの口論はさすがに終わっていた。

「まあ、さすがに終わっていないと面倒だったがな……」
「おや? タカト、いったいどこへ行っていたんだ?」

 そういったのはコルネリアだった。コルネリアは崇人が持っているお盆を見て、ぽんと手をたたいた。

「もしかして、水を持ってきてくれたのか?」

 質問したのはヴィエンスだった。さすがのヴィエンスもそれを見て理解したらしい。

「ああ、そうだよ。あのとき二人とも口論していただろ? だから、喉が渇いているのではないか、って思ってね。ああ、俺はもう水分補給したから問題ないぞ。二人とも、一つずつあるからそれを飲んでくれ」

 そう言って崇人はそれぞれにコップを差し出す。
 それを受け取ってコルネリアとヴィエンスはそのまま飲み干した。

「冷たくて美味い。全身に染み渡るよ! ありがとうな、タカト」
「ありがとう、タカト。おかげで助かったよ」

 二人同時にお礼を言われて少しだけ照れる崇人。
 どうにか流れを変えようと思い、崇人は質問する。

「そういえば、二人の話はまとまったのか? ……これからどうする、って話だけれど」
「ああ、それなら……」

 ヴィエンスが何かを言おうとしたが――、

「もうすでに決まっているわ」

 しかしそれよりも早くコルネリアが答えた。
 コルネリアが指さしたのは、床に置かれた古い地図だった。

「これは?」
「この周辺の地図。そして、この丸……わかる? 覚えているかどうか微妙だけれど、かつて私たちが向かった場所――」
「ヘヴンズ・ゲートがあった場所だ」

 次に言ったのはヴィエンスだった。

「ヘヴンズ・ゲートは、確か『異世界』らしき何かがあったはずだ。今は閉ざされているかもしれないが……行ってみる価値はある。現に、この場所には人がいない。いや、正確に言えば『消えてしまった』。だったら一つでも可能性を信じて、そこへ向かったほうがいい。そうは思わないか?」
「可能性か……面白い」

 崇人はそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべた。
 それは文字通り、可能性を信じたものだった。その可能性が失敗であろうと成功であろうと、今はそれに賭けるしかない――だから、彼は笑った。

「それじゃ、行くぞ。私たちにゆっくりしている時間などない。急がねば、何も始まらない」

 そして、崇人たちは部屋を後にした。
 目的地は、リリーファーが格納されている倉庫である。




「なんだか久しぶりに乗り込んだ気がするな……」

 インフィニティ、そのコックピット。
 崇人がコックピットのリクライニングを調整し、背凭れに凭れ掛かっていた。
 ふと思えば、このリリーファーにはもう十年も乗っているということになる――ただ、その間に何年か中断期間があるので、それを考慮するとほとんど乗れていないことになるのだが。

「とは言っても、もう長いこと一緒に戦ってきているのだよな……」

 崇人はコックピットの椅子を撫でる。黒を基調とした椅子は少しではあるが傷が見える。メンテナンスがされているとはいえ、このような細かい傷はどうしても残りやすい。

『どうなさいましたか、マスター?』

 フロネシスが彼に問いかける。
 それを聞いて、崇人は再び椅子に腰かけ、正面を見る。

「――いや、少し思い出に浸っていただけだよ。目標まであとどれくらいだ?」
『残り七百です。このペースで進めば二時間もかからないかと思われます』
「二時間、か」

 崇人はフロネシスの言葉を反芻する。

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