絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百三十七話 客人(前編)

「人間を滅ぼすためじゃない? だったら何だというんだよ。人間を滅ぼすことじゃないということが、シリーズの狙いで無いのならば」
「さあねえ。それは解らないよ。神のみぞ知るならぬシリーズのみぞ知る、ってことさ」
「……全然言っていることが解らないよ」

 崇人は持っていたコーヒーカップを傾ける。
 コルネリアは座っていたロッキングチェアに背中を預ける。

「それは私に言われても困る。実際問題、シリーズの行動はまだ私たちにとっても解らないことばかりであることは事実だ。それに……」
「それに?」
「未だインフィニティがどういう扱いなのか、判明していない。奴らにとってインフィニティを使うことは、何らかの重要なステップになると考えているのだが……。全然、その証拠が掴めないのだよ」

 インフィニティの役割。
 それは操縦者たる崇人ですら解らなかった。
 インフィニティの凡てを、そもそも彼は理解しているわけでは無い。インフィニティがインフィニティたる所以だとか、インフィニティがどうして開発されたのか、まったくもって理解できないのである。

「確か情報によれば……インフィニティはとある天才科学者Oによって開発されたのだったな。しかしそれがいつの時代に作られたのかは不明。まさに謎の存在となっているわけだ」
「……まさかとは思うが、お前楽しんでいるのか?」
「楽しんでいる? この状況を、ということかい」

 崇人は頷く。
 コルネリアはワイングラスを傾け、ふう、と溜息を吐いた。

「まあ、いいわ。未だ時間はたっぷりある。その間、私たちがやってきたことについて簡単に説明しましょうか。とはいえ、それはたった一言で片付いてしまうことでもあるし、膨らませれば膨らませることも可能と言えば可能だけれど……、それは面倒だからやめるよ」
「……回りくどい言い方をするな」
「何せ十年近くもリーダーを務めていたからね。結果として、このように回りくどく一言で済む事実を五分以上かけて話すことが出来るようになった。会議とかの決められた時間をうまく潰すための方法と言えばいいかな……。もちろん、それを使う時間というのは、徐々に失われつつあるのだけれど」
「まあ、そんな細かい話はどうだっていい。いいから、結論だけを言ってくれよ。未だ確証は掴めないが、きっと時間はそう残されていない」
「残されていない、って……。どうしてそんなこと解るのよ」
「勘だ」
「勘、って……」
「大体そういうものだろ。まあ、もしかしたら違うかもしれないけれど」
「違うかもしれないのなら、言わないでほしいのだけれど?」

 コルネリアは机上に置かれた資料を見始める。
 崇人は資料を見つめるコルネリアを見ながら、呟く。

「……なあ、それはいったい何の資料だ?」
「かつてヴァリエイブルという国が持っていたリリーファー『インフィニティ』の研究レポートと、伝説上のリリーファー『アメツチ』に関する情報の凡て」

 端的に言ったが、それは彼にとって最重要な情報だった。
 だから崇人はその情報を見たかった。共有したかった。

「……見たい?」

 頷く崇人。

「どうしようかなあ」
「そこで悩むのかよ」
「だって、結構重要な情報だからね。そう易々と見せられるものでもないのよ」
「ううむ。確かにそれもそうかもしれない……。だが、僕は当事者だ。教えてくれてもいいのではないか?」
「当事者、ねえ」

 コルネリアは手元にあったペンを持ち、それをくるくると回す。
 いわゆるペン回し、というやつである。

「確かにあなたは当事者かもしれない。けれど、そんな単純な理由で情報開示レベルを引き上げるわけにもいかない。それについては解ってほしい」
「なぜだ! 十年前の真実を知ることが出来るかもしれないというのに!」
「それを知ったところで、十年前に死んだ人間が戻る訳じゃあない」

 辛辣なひと言、だが的確だった。

「……確かにそれはそうだが」

 崇人もそれを聞いてどこか視線が落ちる。言葉を話すことすらしなくなってしまった。
 それを見てコルネリアは溜息を吐く。

「まったく。ほんとうにこいつが、あの『女神』が愛した男だというのかねえ……。こういうものを見ていると、それが嘘じゃないかと思えてくるよ」
「そんなこと言わないでくれよ。やっぱり、怖いものは怖いんだよ。そうやって掛け値なしに勇気を振り絞ることが出来るなんて、現実じゃあそう簡単な話では無い。それくらい、コルネリア……君だって解るだろう?」
「そうかもしれない。だが、君は――」

 コルネリアは崇人に思いのたけをぶちまけてしまおうと、そう思った。


 ――その時だった。


「リーダー! ちょっと今いいですか!」

 入ってきたのはエイムスだった。
 エイムスは肩で息をするほど、息も絶え絶えだった。どうやら長い距離を走ってきたように思える。

「どうしたの、エイムス。そんなに慌てて」

 コルネリアは訊ねる。
 しかしそれと同時に、彼女は漸く来たかと――そう思った。いつ来るか解らなかった『それ』がいつやってくるのかを、彼女は今か今かと待ち構えていた。
 そして、その時は来た。
 ついに、やってきたのだ。

「やってきました。敵……敵です! リリーファー数機と、それが守るようにトラックも来ています! このまま、我々も迎え撃ちますか!?」
「いいや、別に構わない。きっと彼らは戦争をここで始めようなどと思ってはいないだろう。そう考えれば、彼らも我々と同じ立場と言えるだろう」
「は、はあ……? そうですか……。ほんとうに、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だ、私を信じなさい」

 その言葉にエイムスは何も言わなかった。彼は無言で頭を下げると、部屋を後にした。

「……随分と慕われているのだな。こういう時であっても冷静に対処するコルネリアもすごいが、あの意見をすぐに鵜呑みにしたエイムスもエイムスだ。強固な絆が生まれているのかもしれないな」
「やめてくれよ、タカト。そんなこと、まさか君の口から聞くことになるとは思いもしなかった」
「言葉、って……絆とか、か?」

 まあそんなところだ、と答えるコルネリア。
 コルネリアの予想は正しかった。
 そしてそれはあるデータによるものなのだが――今の彼には知る由も無い。

「絆、か。確かにそれもあるだろうな。あのころは君も私も若かった。いろいろなことを知らなかったしいろいろなことを知った。だからこそ、今の薄汚れた世界に順応した私が居るわけだが。……ああ、タカト。君は違う。君は十年間眠っていた。その間に私が汚くなってしまった。ただそれだけのことだよ」
「……そんなことは」

 無い――とははっきりと言うことは出来なかった。
 それは、崇人が元居た世界だって、言えたことだからだ。
 年齢を重ねるにつれ、社会を知っていくにつれ、自分の立場を理解していくにつれ、自分という存在が薄汚れていくのを感じる。無垢な少年だった頃には、もう永遠と戻ることは出来ない。あの純粋な感情を取り戻したくても、時間がそれを許してはくれない。
 世界は、どこまでも残酷だった。
 世界は、どこまでも残虐だった。
 世界は、どこまでも孤独だった。
 世界は、タカトを蝕んでいった。
 一人の少年の心を、汚していく。
 それが世界の仕組みであり、時間の仕組みであり、社会の仕組みであった。
 どんなに綺麗にしたくても、汚れを知った人間が真っ白になることは出来ない。
 一度汚れた洋服をどんなに綺麗にしても製作時の状態にならないのと同じように。

「さて、私たちも向かおうとするか」

 コルネリアは立ち上がると、部屋を後にしようとする。
 彼はコルネリアの背中に問いかける。

「待て。どこへ行くつもりだ? お前は、コルネリアは、今から誰がやってくるのか、解っているとでもいうのか?」

 踵を返し、頷くコルネリア。

「コルネリア、君は何を知っている?」
「それを今から教えるために行くのだよ」

 コルネリアは微笑み、再び足を動かす。
 今は彼女の言葉に従うしかない、そう思った彼は溜息を一つ吐いて彼女の後を追った。

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