絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百三十四話 物語

 衝撃だった。衝撃で何も言えなかった。
 当然だろう。今まで自分たちの敵だと考えられていた相手が、ほんとうは自分たちの父親など言われて――信じられるはずがない。

「それは……タカトさん、も知っているんですか?」
「いや、知らない。当然ながら、君たちが生まれる前に『破壊の春風』が発生した。それは即ち、君たちが生まれるのを見る前にああいうことになってしまった……ということに繋がるからね」
「破壊の春風のあと、僕らは生まれた……。だから、タカトさんは何も知らない」
「ああ、そういうことになる。子供を身篭っていることも、もしかしたら知らなかったかもしれないな。そういう『行為』をしたことは知っていたが、まさか双子が生まれるとも思わなかったし、あのタイミングでそんなことになるとも思わなかった。偶然と言えばそれまでだが、神様っていうのはほんとうに酷いことをしてくれる」

 ヴィエンスの言葉を二人は信じられずにいた。
 だが、これが現実。これが真実なのだ。これが本当で、嘘も偽りも無い。
 それを彼女たちは――一切信じることも出来なかった。ヴィエンスを信じていないわけではない。その発言が理解できないだけなのだ。

「君たちは類稀なる才能を持っている。それも、リリーファーに関することだ。それはきっと、タカトのDNAを引き継いでいると思う。まあ、彼はインフィニティの自動操縦を使っているというのもあるから、もしかしたらマーズの血の方が強いかもしれないがね。それはどうだっていい。それを否定しても、それを信じたくなくても、君たちふたりはマーズ・リッペンバーとタカト・オーノの間に生まれた子供だよ。ダイモス・リッペンバー、ハル・リッペンバー。結婚こそしなかったため、苗字はリッペンバー……マーズのものとなっているけれどね」
「タカトさんは知らずに……私たちを攻撃していた、ということなのですね。それだけを聞いて、少し安心しました」

 そう言ったのはハルだった。
 ヴィエンスは予想の斜め上のリアクションで、目を丸くする。

「……もし知っていたとしたなら、私は容赦なく攻撃していました。ある意味、同情ということなど考えなかったでしょう。でも、知らなかった。彼は知らずに私たちを攻撃した。それは責められることなどありません。原因は解らず仕舞いですよ、そこまで来るのならば。だったら、私はタカトさんに怒る権利なんてありません」
「……破壊の春風を引き起こした、張本人である可能性があるとしても?」
「ええ」

 ハルは頷く。
 考える時間が無かったのではなく、最初からそう決断していたと言えるだろう。

「もし、破壊の春風を引き起こした張本人がタカトさんであったのならば、その罪を一緒に背負う。共に背負うしかない。それが私の、ハル・リッペンバーとしての使命だと思うからです」
「使命、か……。ハルらしい発言だよ」

 微笑むダイモス。

「けれど僕のことを忘れてもらっては困るよ。僕だってリッペンバーの姓を背負い、タカト・オーノの血を継ぐ人間だ。僕だってその罪を背負う権利が……義務がある」


◇◇◇


「思った以上に長丁場になってしまった。マーズを死なせたタイミングまでは非常にスムーズに来たのだけれどねえ。ここからどうスピードを上げても『決断の時』は少々後にせざるを得ないかもしれない」

 白の部屋。
 帽子屋は分厚いハードカバーの本を見ながら言った。ハードカバーの本は後半に突入しており、あと百ページ程読めば終わりというところまで近づいていた。

「いつもその本を読んでいるけれど、それにはどのような意味があるの?」

 バンダースナッチは紅茶を飲みながら、質問する。
 帽子屋はそれを見て頷く。

「これは世界の凡てが書かれている。はじめてから終わりまで、0から1まで、揺籠から墓場まで、凡て書いてあるものだよ。裏を返せば世界はこの通りに進んでいく。レールを外れることは一切ない。世界の始まりから、世界の終わりまで。これが一つに描かれている。だから文字数も多いしページ数も多い。……ほんとうに長かった。もしかしたら、別の帽子屋に引き継がれるのではないかと危惧していたが、どうやら無事に何とかなりそうだ」
「世界の始まりから終わりまで?」
「言い方を変えれば『物語』の始まりから終わりまでと言えばいいだろう」

 物語。
 結末まで見ることが出来る――その書物をテーブルに置いて、帽子屋は話を続ける。

「結末まで見ることが出来るということは、裏を返せばその本の書かれた結末にどうあがいても進むということだよ。だから、君たちにも世界の人間にもこの物語を無事完結まで遂行してもらわねばならない。それは理解してほしい」
「私は何をすればいいの?」

 バンダースナッチは笑みを浮かべる。
 それを聞いた帽子屋は頷いた。

「これから君の記憶を解放する。そして、ある場所に向かってもらう。やることは伝えても無駄だ。どうせ忘れてしまうのだから。ただ普通に過ごしていればいい。それだけで、何の問題も無い。いいか?」

 コクリ。バンダースナッチは頷いた。
 そして物語は動き始める。
 最終章へと向けて、ゆっくりと動き始める。


◇◇◇


「来客だと? こんな深夜に、か」

 コルネリアはレーヴのアジトにて、部下の報告を聞いていた。

「ええ。あることを言っていました。コルネリアさんにこう伝えればいい、と」
「何だ、言ってみろ」
「ええ。――『私の名前はエスティ・パロングだ』と」

 ガタン! と音を立ててコルネリアは椅子から立ち上がった。
 どうなさいましたか、と部下は言ったが、その言葉も彼女には届かない。

(エスティ・パロング――だと? 彼女は十年以上前に、私たちの目の前でリリーファーに踏み潰されて死んだはず……。まさか、生きていたのか? 生きていたというのか?)
「あの、どうなさいますか……。我々としては指示を仰いでから、としたいのですが……、しかしその恰好がとてもみすぼらしいものだったと言いますか……。とても可哀想に思えましたので、出来ればすぐに救援すべきかと」
「解りました。救援いたしましょう。ですがその後すぐに私の部屋に連れてきて」
「かしこまりました」

 敬礼して、部下は部屋から出ていった。
 彼女の部屋にエスティを連れてきた部下がやってきたのは、それから数分後のことだった。
 彼女の姿は十年前の死ぬ前の姿――そのものだった。
 ボロボロのスーツ、手入れもまともにされていない髪、空ろな目。
 しかし外見は十年前とまったく変わっていない。見る人が見ればすぐに彼女がエスティ・パロングであると解るだろう。
 だが、コルネリアは理解できなかった。
 目の前で死んでしまった彼女が――どうしてコルネリアの目の前に立っているのか? ということについてだ。

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