絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百三十話 ヴィエンス・ゲーニック(前編)

 十五年前。未だリリーファーの世代が第五世代或いは第四世代だった頃。
 人間のかわりに荷物を運搬する対象を、実際に基地で労働する労働者が所望していた。
 調査を進めたところ、基地に備え付けてあるクレーンやベルトコンベアを利用するまで、すべて人間の力で行っていることが判明。それが基地の労働者の危険に繋がっているという調査結果となった。
 労働者の危険を危惧したラトロは労働者の負担を軽減するためのロボットを開発することを決定、設計を開始した。
 それから僅か二年で開発を終了。危険作業補助ロボット、その名前をセイバーと命名された。
 その後幾度のハードとソフト両面のアップデートを経てヴァリエイブルが各基地への配備を決定し、試験運用としていくつかの基地に配備されたのだが――。

「その試験運用を行う基地の一つがここだった……と。何というか、未だ知らないことが多くて、時折びっくりすることがある」
「試験運用と言うか、実際に運用されていたというのが正しいのかもしれないがね。どちらにせよ、リリーファー関連の設備を動かすことや、重い荷物を運搬する場合はそれを利用していた。電池もかなり持つからね。充電は自動でやってくれる設定にしているようだし」
「何台あるんだ?」
「五台だね。相当ここのトップが力を持っていたのかもね。優遇も相当だし」
「何かございましたら何なりとお申し付けください」

 セイバーはそう言って、目を光らせる。なお、ここで言うところの『目を光らせる』は慣用句のそれではなく、まさしく目のライトを光らせたということである。

「ああ、取り敢えず今は問題ないよ。機器も全部搬入したし。あとは掃除くらいかなあ」
「かしこまりました。掃除ですね?」

 そう言ってタンクに収納されていた箒を取り出したセイバー。
 その行動は一瞬だったため、見ていて何も言えなかった。

「……掃除も出来るのか。すごいな。最近のロボットは」
「いや、十年前の最新技術だろ。……それはさておき、ここで少し話をしておきたいんだが」

 それを聞いてダイモスとハルも首を傾げる。
 しかし唯一メリアだけは解っていたようだった。

「『彼』の話だね?」
「……ああ」

 少しだけ溜めて、静かに頷いた。


 ◇◇◇


「どうしたんですか、急に」
「話が長くなるかもしれないからな。そのために椅子を用意してもらった」

 因みに椅子を用意したのはほかならないセイバーだ。

「椅子に座らなくてはいけない程、時間がかかるということだよ。ただ、その話を信じるか信じないか、或いは受け入れるか受け入れないかは君次第ということになるけれど」

 回りくどい言い方をして、ヴィエンスは話を始めた。
 その話は彼が、或いは彼女たちの母親マーズ・リッペンバーが、隠し通したおはなしだ。
 その話は子供たちが聞いたことで何が起きるか解らないから――もしくは子供たちに罪の意識をして欲しくないから――聞かせたくなかったのかもしれない。しかし、ほんとうの意味はもはやだれにも解らない。

「この話を語るには物語を十年前に遡る必要がある。十年前、或いは十年という時間はとてつもなく短かったようでとてつもなく一瞬のように思える程の、永遠。それでいて世界の普遍なる真実を追い求めるにはあまりにも単純過ぎた。……おかしな話だよなあ、あいつが突然入学してきたときは驚いた。どういう人間かとも思った。なぜあんな人間が、とも思った。ほんとうに、ほんとうに……」

 そして――ヴィエンスは語り始める。
 ここで時系列は十年前――正確に言えば十一年前に遡る。
 それはヴィエンスが崇人と出会う少し前の話。
 正確に言えば、ヴィエンスが崇人を初めて見た、その時のおはなし。


 ◇◇◇


 皇暦七二〇年。
 ヴィエンス・ゲーニックは荒野を走っていた。
 彼は次の日、起動従士訓練学校に入ることになっていた。
 起動従士になるという野望を果たすために、ここで死ぬわけにはいかなかった。
 今、この荒野は戦場と化していた。
 正確に言えば、この荒野はもう半年前からとっくに戦場と化していた。
 ヴァリエイブルと隣国の戦いが激化したこともあり、国境線付近の住民は自主的或いは強制的に移動することとなった。
 それについて国民の大半は、国民のための決断などとその判断を評価したものだが、何人かの有識者は、だったら戦争そのものを止めてしまえばいいと国に向かって発言していた。
 しかしながら、有識者の意見は間違っていると否定された。
 明確な理由も無く。
 そのまま有識者は殺された。
 それに否定の声は挙がらなかった。
 それに反発の声は挙がらなかった。
 国民はそれを――歓んだ。
 人が死んだのに。
 その意見は正しかったのに。
 何故殺されなくてはならなかったのだろうか?
 何故批判されなくてはならなかったのだろうか?
 彼らの処遇に疑問を抱く人間も少なからず居た。しかし彼らの処遇のことを考えると、いつやってもいない罪で裁かれるか解ったものではなかった。
 だから、活動も表立ったことが出来なかった。
 サーベルト・ゲーニックは心理学を専門とした博士である。きちんと博士号も得ており、柔らかい物腰で語る彼の言葉を耳にする人間も多かったし、彼を尊敬する人間も多かった。
 サーベルト・ゲーニックが心理学に照らし合わせて国民の行動について論文をまとめた次の日、彼の直属の上司にあたる教授が論文と論文執筆に利用した全データの提出を要求した。
 データを提出すると、教授はその場で論文を燃やした。

「この国を混乱させるような思想を抱かせる、そんな論文がこの世に存在してはならない」

 教授はそう言いながら、笑っていた。
 サーベルト・ゲーニックは即座に思った。この世界はおかしい、と。正しい思想がノミの如く平気で潰されて、間違った思想が覆い被さる世界――そんなものは間違っている。
 だから彼は、密かにデータと論文をコピーした。
 この論文は発表せねばならない。世の中に公表せねばならない――そう思ったからだ。
 サーベルト・ゲーニックが論文を公表したのはそれから三日後のことである。
 その数時間後、サーベルト・ゲーニックの元に逮捕状が届けられた。

「サーベルト・ゲーニックだな。不当な論文を提出した罪でお前を逮捕する」

 玄関、サーベルト・ゲーニックの前にやってきた兵士は彼にそう言った。

「司法は完全に死んでしまったというのか。なんというか、悲しいものだよ。いつになればこんな悲しい世界を終えることが出来るのだろうか」
「異論はない、ということだな? 自分は不当な論文を提出した、と」
「私は不当な論文を提出したなどとは思っていない。あれは列記としたものだ。国の内政や国民の考えを糺すために」
「解った。話は軍基地で詳しく聞こうではないか。そこならば思う存分話してくれて構わない」

 サーベルトの手を引っ張り出し、無理矢理に連れて行こうとする兵士。
 その姿を見つめるのは彼の妻と、養子となっている一人の子供が居た。
 妻の目はとても悲しげな表情を見せていたが、それに対比して子供ははっきりとした目つきで兵士を睨み付けていた。
 悲しみというよりも反抗。
 その目線に兵士は少し怖じ気づいた。そしてすぐにそうなってしまった自分を恥じた。


 ――なぜ自分はこのような、自分よりも小さい子供に怖じ気づく必要があるのか!


 兵士は思い、銃を構えた。

「何をするんだ! 罰を受けるのは私だけでいいはずだろう!? 子供にも手をかけるのか!!」
「いやぁ、少し気になりましてね? 彼の視線がこちらに向かっていて、ずっと睨み付けていたわけですよ。こちらとしては、少しやってしまっても異論は無いだろうと思いましたからね……」


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