絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百二十三話 ツクヨミ

「破壊者、ですか……。また、大層な名前を付けておりますね」
「ハハハ。大層、か。そう思うかもしれないな。けれど、これは列記としたものでね。きちんと歴史にも残されている……ああ、人間の歴史書には残されていないかもしれないな。人間は文字を開発してから、記憶力が衰えたと聞く。当然だ、文字が無い時代は言葉でコミュニケーションの凡てを担い、伝達されてきた。しかし、文字が開発されたことにより、人々は文字に記憶を遺していくようになった。言葉でも伝達されていくのは間違いないが、文字に遺していくことで、自分の脳に記憶させることを止めてしまう。だから、歴史書に記載されていない歴史なんて当然存在するし、歴史書に書かれている歴史が正しいとは思いこまないことだ。僕たち……正確に言えば『シリーズ』と『チャプター』が遺している記憶こそが正しい世界の歴史になっている」
「……とどのつまり、我々が知る歴史は真実では無いということなのですね?」
「そうだな。もっと言えば、シリーズがそのように誘導したともいえる」

 フィアットは紅茶を啜り、ツクヨミを見つめる。

「まあ、シリーズがツクヨミを出す理由も解らないけれどね。いったいどうしてこんなことになってしまったのだか。僕の予定ではツクヨミが出る予定等まったくなかったのだけれど。だからこそ、遣り甲斐があるというものだが」
「シリーズの計画と、チャプターの計画は完全に合致しない、ということですか?」
「そりゃそうだ。殆どと言っていいくらい違う。どれくらい違うかを言うのは、シリーズの計画の最終目標を具体的に知らないから、確定的には言えないけれど……、少なくとも最終的には別物と言えるくらい乖離しているだろうね」
「成る程、そうですか……」

 クライムもまた、ツクヨミを見つめた。
 ツクヨミは未だ動くことは無い。そしてそれを見るインフィニティもまた動くことは無かった。お互いを目視して、注意しているのだろう。確実に動くには、未だ要素が足りない。

「そういえば、知っているか。クライム」

 唐突に。
 フィアットはクライムの方を剥いて言った。

「何でございましょう?」
「何かの資料で見たことがある。人生の素晴らしいことは大抵最後の方に起きる、とね。それってとっても素晴らしいことだと思うのだよ。だが、それを肯定すると今の状況は未だ僕が死ぬべき状況では無いということになる。残念なことだよ、未だ僕は生きているのだからね。死ぬことも無い、ということだ。きっとこの計画が達成されたとき、僕は死ぬのかもしれないね」
「もしあなた様が亡くなるとき、私もご一緒致します」

 静かにクライムは言う。
 フィアットはそれに何も答えなかった。
 答える言葉が見つからなかったのかもしれないが。


 ◇◇◇


 ツクヨミの胸部が開く。
 今までの凡てのリリーファーが行動を停止し、ツクヨミに視線を集中させる。
 ツクヨミのコックピットから椅子だけが姿を見せる。それはインフィニティとも他のリリーファーとも違う、自立で乗ることが出来るシステム。それだけで、世代が違うことが見て取れる。
 ツクヨミの起動従士は何者なのか。それが人々の興味を誘っていた。
 当然だろう。空からやってきた謎のリリーファー、それを操縦しているのは誰なのか、気になるのは当然のことだ。
 椅子が地上に到着する。椅子、とは言うが実際にはマッサージチェアを模したリクライニングめいたシートをすっぽりと半透明のシールドで覆っている。
 そしてシールドが上下に開いた。
 椅子の中から出てきたのは、特殊な風貌の人間だった。
 黒のゆったりとしたローブめいた格好をしたそれは、男性だった。黒の服と対比するように、銀髪だった。銀髪の少年は、俯瞰した表情でインフィニティや他のリリーファーの方を見ていた。
 何を考えているのか、誰も解らなかった。

「――撃て!」

 誰かの声が、静寂を切り裂いた。
 それがティパモール軍の軍隊長に依るものであることだと気付いたのは、少しあとのことだった。
 刹那、ツクヨミの起動従士目掛けて銃弾の雨が降り注ぐ。
 銃弾の雨がツクヨミの起動従士を貫く――はずだった。
 瞬間、ツクヨミの起動従士は微笑んだように見えた。
 ツクヨミの起動従士に放たれた銃弾は、凡て――何かによって弾かれた。

「……何だと?」

 それを見た軍隊長は目を疑った。
 魔法を放ったようにも見えなかったのに、どうして弾くことが出来たのだろうか。

「この星の人間は、客人に銃弾をお見舞いするのかな?」
「撃て! 撃て! 撃てえええええ!」

 軍隊長の明らかに焦りを含んだ声とともに、銃弾の雨は再び降り注いでいく。
 数少なく形を保っていた廃墟はそれにより崩壊していくが、それでも起動従士に傷がつくことは無い。

「なぜだ……」

 軈て軍隊長は絶望に表情を歪ませる。
 それに対比するように、ツクヨミの起動従士は微笑む。

「やれやれ。この星の人間は、どうも野蛮な存在ともいえますね。まったく……これだから、『計算』だけじゃやってられないのですよ。計算だけじゃ大失敗、まさにこの通り。彼らはどう考えているのでしょうね?」

 ツクヨミの起動従士は何か呟いているが、それは誰にも聞き取れない程の小ささだった。

「まあ、いいでしょう。先ずはご挨拶したまでのこと。これで人間には恐怖心を植え付け、リリーファーの起動従士には優位性を立てることが出来る。彼らの計画に花を添えるためとは言え、少々面倒な役割だが……致し方ない」

 ツクヨミの起動従士は踵を返し、再び椅子に戻っていく。
 椅子に座ったのを確認して、椅子は再びコックピットに格納されていく。
 そして、コックピットに戻った椅子は、完全形を取り戻した。

『――聞こえているかい、タカト・オーノくん』

 それを聞いて、崇人は耳を疑った。
 突然の通信だけならば、これ程に驚くことも無いだろう。
 問題はその人間が、ツクヨミの起動従士だということだった。

「……何者だ、お前は」

 一応、確認する。

『ツクヨミの起動従士だ。先ほど、わざわざ外に出てご挨拶したのを覚えているかな? 覚えていなかった、という言い訳は聞かないよ。だって僕はそのためにわざわざ公衆の面前に姿を見せたのだからね』
「理由は、僕のためだというのか?」
『正確に言えば違うけれどね。僕が君たちの味方であることを信用してもらうために、そうせざるを得なかったと言えばいいかな。実際問題、考えてほしい。空からやってきたリリーファーを、味方だと鵜呑みして信じられるかい? 僕ならば信じられないね。どこの馬の骨かもわからない人間を、そう簡単に信じられないし』

 それはその通りだった。
 突然やってきた人間を、味方だと信じることは難しいだろう。難易度が高いと言ってもいい。
 それは崇人も解っていた。
 解っていたからこそ、本人から言われるとさらに疑念を抱くのである。

「……だからといって、お前のことを信用したわけではないぞ。今回は共闘戦線を結ぶまでのことだ」
『それで構わないよ。先ずはそれくらいが一番だろうね。それから徐々に僕のことを信用してもらえればいい。それだけで構わない。先ずは友達から、とも言うし』
「お前と友達になったつもりなど、毛頭ないけれどね」
『そうそう、忘れていた。一応、僕の名前を伝えておこう。僕の名前はゲッコウと言う。いい名前だろう? ツクヨミという名前もまたいいし、僕の名前も然り。最高の名前とは思わないかい? ……それはいい。取り敢えず、僕の名前だけでも伝えておかないと、作戦で名前を呼ぶとき、苦労するからね。だから、名前だけでも伝えておいた次第だよ』
「ゲッコウ……ね。解った。それでは、共闘戦線に入る。これからの指示は何かあったら僕に従うこと。構わないね?」
『ああ、問題ない。よろしく頼むよ、タカト・オーノくん』
「タカトでいい、ゲッコウ。こちらも呼び捨てで行くから呼び捨てで行くのが筋ってものだ」
『了解した』

 そしてツクヨミとインフィニティの通信は終了した。

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