絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百十八話 資源

「お前の考えなどどうでもいい! 今は、マーズを殺したお前を殺すだけだ!!」
「それが、ほんとうに出来ると思っているのかな?」

 帽子屋は跳躍する。
 一瞬でインフィニティのコックピットと同じ高さまで跳躍した帽子屋は、ニヤリと笑みを浮かべる。

「別に僕は悪いとは思わないけれど……、僕をここで倒そうと思うのならば、その考えを少しはただしたほうがいいと思うよ。無理難題だ。僕はここに生き残る。計画の最後を達成するまでは、生き残るのだよ。生き残らなくてはならない。生き残らなければ、この世界が最善な方向に進むことは無いのだよ」
「進まないとか進むとか、そんなことはどうでもいい!」

 腕を動かし、帽子屋にダメージを与えようとする。
 しかしながら、それを予測しているのか、帽子屋には一切ダメージが入らない。

「……どうして、マーズを殺した?」
「未だ冷静でいられるのだね。それはそれで、面白い。いいサンプルになる。君は特異点だ。それは前も言ったかもしれないが……、それによって世界がどうなるのかは、君が知る必要も無い」
「世界がどうなってもいい」

 崇人は即答する。

「マーズを殺したお前だけは、殺してやる。マーズと同じ目に合わせる。苦しんで、泣いて、叫んで、命乞いをしたとしても、絶対に許さない。マーズはそうやって苦しんで死んでいった」
「……僕は、彼女を苦しみから解放したんだよ?」
「解放? ふざけている! そんなことが有り得るか!」
「有り得ないことは有り得ない。どこかの人間がそんなことを言っていたね。まあ、それをどうこう言うつもりは無いけれど、僕は敢えてこれを言い続ける。彼女は苦しんでいた。それは生き死にの問題では無く、もっと根本的なものだ。解決するには、そうするしかなかった。だから僕はその――」
「手助けをした、っていうのか? ふざけるな! マーズがそんな選択をするはずが」
「ない、って?」
「ああ!」
「そんなこと、ほんとうにそうだと言えるのかい?」

 そうだ――とすぐに彼はその言葉を言うべきだった。
 しかし、彼の口はそれを言おうとはしなかった。
 頭では言いたかったのに、身体がそれを否定した。
 帽子屋は微笑み、インフィニティに触れる。
 駆動時、インフィニティの機体は五百度を超える高温になる。だから、人が触れることなんて出来ないはずだった。
 だが、帽子屋はそれを素手で触れている。それもまた、帽子屋が人間では無い別の存在であるということを示しているようにも見えた。

「さあ、ゲームをしようじゃないか……タカト・オーノ」

 帽子屋はインフィニティのコックピットがある凹凸に腰掛けて、そう呟いた。




 その頃、地下にある教会ではシスターが祈りをささげていた。
 十年前の『災害』以降、宗教はその熱を増していった。人々の暮らしが大きく変わったのが原因だと言えるだろう。宗教はいつの時代でも人々の生活に結び付くものである。かつてはリリーファーを神と崇める宗教もあったほどだ。
 シスターは祈りを捧げ、踵を返す。
 同時に、シスターと祈りを捧げていた人々は頭を上げた。
 シスターを見る人間はどれも薄汚い服を着ているなど、どこか風貌がみすぼらしい。
 彼らはティパモールでも一日を暮していくことが非常に困難な存在である。かつては国が補助をしていたが、それも財政難により打ち切られた。この世界には余計な人たちを養っていけるほどの資源が無いのだから。

「祈りはきっと届くはずです。私たちが苦労していることも、神は見ています。ですから、落ち込むことはありません。祈りを続けていれば、きっと」

 シスターはこの教会に一人で暮らしている。かつては資産家の娘だったが、資産家である親が亡くなって以後、このようにシスターとして活動している。シスターとしての活動は食べ物に困る人々に一日一回配給を与えること。配給と言っても簡単なスープとパンだけだが、それだけでも食べ物に困っている人々にとっては天の恵みと言えるだろう。
 シスターはそれについてリターンを求めているわけではない。あくまでも無償で行っている。善意、とも言えばいいだろうか。
 しかしながら、資産というのは限りあるものであることもまた確か。
 シスターが持っている資産は、もう底を尽きかけていた。

「本当なのかい?」
「……どうしたのですか」

 シスターの前に居る母親と思われる女性がシスターに訊ねた。なぜ母親と判断したかと言えば、彼女の腕には幼い子供が居たからである。
 子供は衰弱しており、母親もまた然りだった。

「神の祈り、だよ。こんなに毎日祈っても、神は救っちゃくれないじゃないか。本当に神様ってもんが居るのなら、私たちのこの状況を見ているのなら、少しくらい手を差し伸べてくれてもいいんじゃないかい?」
「……神様は私たちを見ています。いつか、必ず助けてくださるはずです。きっと」
「きっと、というけれど、それは嘘じゃあないのかい?」
「おい、あんた」

 母親の言葉を聞いて、隣に居た男が母親の肩を持つ。

「あんたも思わないのかい!? 神なんていない、嘘だらけの存在だったことをさ! だって、神が居るなら、私たちを少しくらい助けてくれるはずだよ!! どうして同じ人間なのにここまで変わってしまうんだよ! 私たちは今日の飯すらありつけちゃいないっていうのに、首都周辺に暮している貴族サマは今日の飯を食べきれないからと有り余らせている! この格差はどうなんだい! これを見ていればなおさら、神様なんて居ないと思うのは当然のことだろう!?」

 シスターはそれに対して何も言い返せなかった。

「神様は……いる! 居るんだ! それに、彼女は私たちに食事を与えてくださっている! そんな彼女を攻撃する権利は、あなたには……いいや! この場所には居ない!」

 男の言葉に、母親と思われる女性は何も言えなかった。
 そしてその男の言葉により、嫌悪感が渦巻いていたが、それが無くなった。

「さあ、食事にしよう」

 手を叩いて、男はシスターの隣に立つ。
 シスターはそれを聞いて、あわてて裏へと移って行った。

「食事が欲しい方は僕の指示に従って行動してください。それでは、食事提供の場所へとご案内します」

 そして男の指示に従って、教会に居た人間はゆっくりと外へと誘導されていった。



 外ではすでに寸胴が用意されていた。鍋には様々な具材が煮込まれており、スープには旨みが溶け出している。その横にはすでにある程度の大きさに切られている丸いパンがお皿一杯に盛り付けられていた。
 スープを掬い、それをお椀の中へ。それとパンを渡す。それが今日の配給だった。

「まだまだありますよ、あわてないでくださいね!」

 シスターの言葉に人々は従う。
 こうして配給は――すべての人々にいきわたるようになっている。
 スープが底を尽くのと同時に、最後の人となった。それを見てシスターは小さい溜息を吐いて、頭を下げた。

「何とか全員に振る舞うことが出来たようね……。良かった、良かった。もし足りなかったらどうしようかと思っていたのよ。追加で食材を購入するか否かも考えていたんだから」
「まあ、それが無くて良かったね。さっき可能性を考慮して店の方を見てきたけれど、また値段が上がっていたし」
「また?」

 男の言葉を聞いて目を丸くするシスター。
 食材の値段高騰はティパモールだけではなく、世界全体の問題となっている。環境が変化したことに伴い、野菜の産地が激減してしまったのだ。何とか今の環境に合った野菜を飼育しようとしても、それには時間と金がかかってしまう。
 結果として、災害から十年が経過した現在ですらこのような状態は続いているのだった。

「それにしても、困った話だよ」

 階段に腰掛ける男。
 それを見てシスターは首を傾げる。

「どういうこと?」
「知っているだろ。もう、この教会を維持するだけで君が相続した資産はギリギリだ。何とか君のお父さんの知り合いを頼ってお金を援助してはもらっているけれど……それでも危ない。場合によってはこの炊き上げを打ち切ることすら考えなくてはいけない」
「それはダメよ。絶対に、ダメ」

 男は溜息を吐く。

「そう言うと思っていたよ。だから僕も、もう少しだけ頑張っているよ。ただ、やはり難しいことではあるけれどね。どうにもこうにもならない場合は、それを諦めてもらうことも必要だ。人を助けることで自分を傷つけていては元も子もないからね」

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