絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百十一話 晩餐


「マーズが処刑される、だと……!?」
「ええ。少なくとも、あと三日だと言っていたわ。高らかにね。あの男、きっと最初からこれを狙っていたのよ」

 ヴィエンスはメリアから事実を聞いて、机を叩いた。
 信じられなかったのだろう。信じたくなかったのだろう。

「三日、ですか。しかし実際にはあと二日程度、ということになりますよね」

 言ったのはシンシアだった。シンシアもまた、マーズに救われたと言っても過言では無い。だからこそ彼女に対する思いは人一番強いのだった。
 シンシアの言葉に頷き、メリアは話を続ける。

「確かにその通り。だけれど怪しいのよね……。私は一応研究部門を担当している。と言っても政治には何の関係も無い、素人と言ってもいいのよ? どうしてマーズのことを言ったのか、まったく解らないのよ」
「それはその通りだ。……まさか、罠か?」

 ヴィエンスは言った。
 その言葉に、空間が凍り付く。
 それは彼女の子供であるダイモスとハルも同じだった。

「……そうだとしたら、そいつを俺は許せない」

 口火を切ったのはダイモスだった。彼はマーズのことが好きだ。もちろんそれは母親として、好きなのである。マーズのことが好きだから、彼女を助けようと思っている。助けねばならないと思っている。彼女をこのようにした『国』が許せなかった。

「……確かにその通りだ。私だって許せんよ。このように人間の命を弄ぶことについてね」

 メリアの手は震えていた。怒りを抑えきることが出来ないのだ。
 そう思ったヴィエンスは、メリアの手を優しく握った。
 それを感じたメリアは思わず顔を上げる。
 そして二人は目を合わせると――、同時に顔を赤らめた。
 そこからが早かった。二人は瞬時に目を背ける。顔を赤くしているのに、未だ気が付いていないらしい。

「お二人とも……いったいどうしたのでしょう?」
「男と女の話題だ。放っておけよ」

 ダイモスとハルは案外クールにそれを受け流した。
 それはそれとして。

「取り敢えず、考えをまとめましょう」

 一、と言って人差し指を立てるシンシア。

「マーズは捕まっていて、明々後日の朝には処刑される。おそらく公開処刑になるでしょうね。今、マーズに対する評価が最低らしい。仕方ないことなのかもしれない。実際、タカトが未だ『罪人』とされている以上、その関係性は裁かれてしまうことになるからね」
「……関係性、ねえ。実際問題、そこまでタカトが危険視されているのか?」
「どういうこと?」

 それを聞いて、メリアは一瞬言葉の意味が理解できなかった。
 ヴィエンスの話は続く。

「タカトはインフィニティを使って『あれ』を引き起こした。しかし、あれがほんとうにタカトによるものなのか、というのが疑問視されつつある。だが、それを無視して国は、それを正当化しようとしている……。国民は真実を知らないから、それで操作されていると言ってもいい。どう思う、この現状を?」
「どう思う……ですか」

 答えたのはダイモスだった。

「もしかして、国は何かを隠そうとしていて……その代わりに今回の処刑を行おうとしている、ということですか?」

 ハルの言葉に無言で頷くヴィエンス。

「そうだ、その通りだ。マーズの処刑のバックで何かを行おうとしている。……まったく、昔からあいつは食えない野郎だと思っていたんだよ、フィアットって奴は」


 ◇◇◇


 フィアットは食事をしていた。
 ワインに分厚いステーキ、サラダ、ライス。見るからにして豪華な食事が並べられていた。ステーキをナイフで切ると、力をかけることなくすっとナイフが入っていく。ナイフで切り分けられた断面から肉汁が溢れ出す。
 そのお世辞にも小さいとは言えない、切り分けられた肉塊を頬張る。
 汚い食べ方ではないが、口に入れたときに肉汁が口の中から溢れ出し、膝上に置かれたナプキンに零れる。

「お飲物は如何でしょうか」

 クライムがワインボトルを持ってきてそう言った。それを聞いてフィアットはクライムを一目見る。そしてクライムの姿と、彼が持っているワインボトルを確認すると、グラスに残っていたワインを飲みほした。
 それをテーブルに置いたと同時にワインが注がれる。
 今の彼にとって、ワインは血肉と同等だった。
 ワインを飲むことで、それが彼の血となるのかもしれない。そう思う人間が表れてもおかしくはない程、彼はワインを飲んでいた。しかしながら、ワインにはアルコールが含まれていないのかと錯覚してしまう。
 なぜならば、彼は一切酔っているようには見えないからだ。

「気分は最高だよ、クライム。私は凡てをレールに乗せている。プロットを作ったと言ってもいい。いや、今や私がこの物語のストーリーテラーになったと言っても過言では無い。そう実感させるほどに、物語が進行している」
「……『騎士団』は、うまく動きそうなのですか」

 クライムの言葉を聞いて、彼はすぐそれに返答せず、ナプキンで口を拭いた。

「当然だよ。私の言葉を聞いて騎士団は必ずや行動に移すことだろう。そうしてもらわなくては困る。私の計画のためには、ね」
「……『チャプター』の計画、ですか」
「そうだ。チャプターはシリーズとは違う組織であり存在であり概念である。ならば、私の計画はシリーズとは違う。僕たちが考えた、新たな世界へと昇華するプログラムだよ。シリーズはインフィニティを使おうとしているらしい。ならば、その都合のいい存在を使ってしまえばいい」

 その間、クライムは一度も相槌を打つことは無かった。する必要が無いのだ。寧ろ相槌を打ってしまうと彼の邪魔になってしまう――ということを、クライムも知っていたのだ。
 フィアットの話は続く。

「インフィニティは非常に『好都合』な存在だ。何しろ、使い勝手がいい。起動従士の心があれ程までに弱いのは、おそらく帽子屋が何か仕組んだのだろう。ならば、それを使ってしまうほうがいい。使うことにより、僕たちの考えた計画もまた、新たな段階へと進む」
「つまり、インフィニティを使うことはシリーズとチャプターの共同認識である、と?」
「だってインフィニティはこの世界を救う存在だとも言われているんだよ? 救う存在ならば破壊する存在であってもおかしくはない。寧ろ表裏一体と言ってもいいくらいだ。正義と悪、その両方が介在する……それってとっても面白いことだと思うのだよね」
「そうですか……。わたくしは別に否定するつもりはありませんが、しかし少々急すぎる気もしますが」
「そうかな?」

 フィアットは最後の肉塊を口の中に放り込んだ。
 肉塊を数回噛んで、ワインで体の中に流し込んだ。

「たとえそうであったとしても、僕は別にかまわないと思うよ?」

 人称が安定しないのは人格が安定していないことの表れだろうか。

「それが彼らの選んだ道ならば、ね。けれど僕はそれを認めない。認めるわけがない。僕はこういう人間だということは知っているだろう? クライムは、ずっと僕の執事をやっていたのだからね」
「ええ……。存じ上げております」

 空のワイングラスにワインを注ぐ。

「ならば僕の性格は知っているはずだ。最低で最悪だ、と。それは僕だけでは無い。チャプター全員が当てはまることだよ。チャプターはシリーズから生まれた。もともとはシリーズの欠員を補填するための存在だった。だから、補欠とも揶揄されたよ。けれど、僕たちの実力はそれだけじゃない。それだけではないということを、シリーズに見せつける。そして僕らの実力を証明するんだ。その第一歩が、これということになる」

 フィアットは凡ての食事を終えると、ナプキンで口を拭いて席から立ち上がった。

「就寝なされますか」
「いや、少し散歩する。今日は月がよく見えるからな」
「……解りました」

 頭を下げてフィアットを見送るクライム。
 そしてフィアットは、部屋を後にした。

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