絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第三百三話 模擬演習(後編)

 ベスパとスメラギが対面する。スメラギの中に乗っている起動従士――エイミーは辺りを見わたすため、『スメラギの首を回した』。精神的に同調しているため、動きもリアルになっている。

「……成る程ね。精神的に同調している、ってわけか。まったく、僅か十年でそこまで進歩するものかねえ……」

 崇人はそう言って小さく溜息を吐いた。
 しかしながら、今はそのようなことを話している場合ではない。
 今は――たとえ演習であったとしても――戦いのときなのである。

『それでは、これより模擬演習を実施します』

 コックピットに声が響き渡る。それがエイミーの声であることに気付いたのは、それから少ししてのことであった。
 そして、サイレンが鳴り響き――それから少しして、その合図が演習開始のものであると解った。

「……やるしか無いんだよな」

 正直な話、彼はそれ程戦闘狂では無い。戦いたいという意志がある訳ではないが、今彼が生きるためには戦うしかないということだ。
 彼はライフルを構え、岩山に隠れる。先ずは相手の様子を見る。それだけのことだ。
 対してスメラギは最初からライフルによる猛攻である。
 ドタタタタ! と撃ち放つライフル。その勢いは岩山を残さず破壊する程である。

「……あんなもの、どうやって倒せばいいんだよ」

 崇人は呟きながら、スメラギの方を見つめる。
 対して、スメラギ。

『あははははは! 所詮は十年前の古臭い生き方をしていただけはあること! さっさと潰してあげるわ!』

 あえてスピーカーを通して言っているのは自信の表れなのだろう。

「……何だかなぁ。生き方について、改めてとやかく言うつもりは無いけれど、そこまで否定しなくてもいいんじゃないのか? それとも否定しなくてはならない理由でもあるのか?」

 後者は半分冗談のつもりで――こちらもスピーカーを通して――諭すようにも見えた。
 かといってこれに効果があるとはいえない。こんなものに効果があるのならば、さっさと世界は平和になっている。

「……はっきりとは解らないが、漸く調子を取り戻してきた、ってところかな? まぁ、だからといってこの状況が直ぐに改善するかと言うのは微妙なところではあるけれどね」

 リリーファーコントローラを強く握り締め、崇人は呟いた。
 ゴウン、と唸りを上げるベスパ。それは怒りを露わにしているようにも見えた。

「さあ、いっちょやりますか」

 刹那、ベスパが動き出す。そのタイミングは偶然か必然かは解らないが、スメラギの放つライフルの弾丸が尽きたタイミングだった。
 当然、武器を失ったスメラギに対抗の手段など無い。そのまま雪崩れ込む形で、ベスパはスメラギに襲いかかった。
 そしてベスパは構えていたナイフをスメラギの首筋に充てて、呟いた。

「……チェックメイトだ」


 ――その瞬間を見て、崇人の勝利ではないなどと言う人間は、誰一人としてありはしなかった。


 ◇◇◇


「流石だよ、崇人。十年のブランクを感じさせない程だ」

 演習を終えた崇人を出迎えたのはコルネリアだった。
 コルネリアに崇人は訊ねる。

「いいのか? 自分の国……いや、この場合は組織か? その起動従士を出迎えなくて。仲間だろ?」
「今日からはタカト、君も仲間だよ」
「いや、そういうことでは無いのだがな……」

 崇人は気付いていた。遠くから、遥か遠くから突き刺さる冷たい視線を。そしてその視線がほかでもないエイミーのものであるということを。




「ほんっとにむかつく!」

 起動従士には待合室が用意されている。各自の着替えスペースのほかに、共有して滞在することの出来る施設になっている。
 その施設、中心に置かれているソファにエイミーが横になっていた。エイミーの表情はどこか不機嫌で、こういう時はあまり話し掛けないほうがいい。触らぬ神に祟りなし、とはこのことを言うのだろう。

「……まぁ、コルネリアさんも何か考えがあるんだと思うよ。そうでなければ、実際問題、利用しようなんて思わないよ」

 だが、そんな険悪な雰囲気だったにもかかわらず放たれたエイムスの発言は、彼女の火にガソリンを撒いたようだった。

「それじゃ、私たちが使えないから……あんな『テロリスト』を呼んだわけ?」

 正確には呼んだのではなく、奪ったと言ってもいいだろうが、そこまで言葉の定義を厳密に規定する必要も無い。
 そもそも崇人がテロリストかどうか、世界的に決定したわけでもない。あれからもう十年は経過するというのに、未だそこについてはあやふやなのだった。
 崇人をテロリストとして世界的に処刑すべきだと訴えるグループも居れば、世界がこのようになってしまったのは彼一人の責任ではない、彼を守るべきだと考えているグループも居る。人間の考えというものは、まさに十人十色だ。

「テロリストというのは言い過ぎじゃないか? 何せ未だ確定していない情報だよ。プライベートなら未だ兎も角、このようなオフィシャルな場所で発言するのはどうかと思うけれど? 監視カメラもあるから声も録音されているだろうし」
「……何よあんた、あのテロリストの肩を持つわけ!?」

 とうとう怒りが抑えきれなくなったのか、エイミーは立ち上がる。そしてゆっくりと、エイムスのほうに歩く。
 そしてエイムスの前に立って、彼を見下した。

「否定しなさい、さっきの発言を」
「さっきの発言……って? きちんと言ってもらわないと、何が何だか解らないんだよね。非常に申し訳無いことではあるのだけれど」
「あなた……!」

 そしてエイミーの右手がエイムスの頬目掛けて繰り出された――!




 ――が、彼女の一発がエイムスに入ることは無かった。
 いや、それどころか。
 彼は何か特殊なシールドで攻撃を防いでいた。限りなく透明に近い、薄ピンクの薄膜だ。

「……何よ、これ」

 エイムスはシールドの中からエイミーをほくそ笑んでいた。

「薄膜、だよ。強いて言うなら人間が人間である形を維持するために用意された器、その第二障壁。尤も、人間にこの第二障壁が使えるわけでは無い。僕のように選ばれた人間で無くては」

 形勢が、逆転する。
 今までシマウマを追いかけていたライオンが、そのシマウマから致命的な一撃を受けたかのように。
 彼女は今、完全に弱者のそれとなっていた。
 エイムスは立ち上がる。それと同時にエイミーが仰け反り、ゆっくりと後退していく。

「あなた……、人間じゃないってこと?」
「人間じゃない、ということに関してははっきりと正確な解答を示すことはできない。だから、強いて言うなら『解らない』と告げるしか無いだろうね」

 エイムスの発言は不明瞭なことばかりで、殊更彼女の不安を加速させていった。目の前に居る、気性の知られた人間が、実は気付かないうちに全くの別人にすり替わっていた……これが他人に起きたことだと伝承で聞いたならば、確実に笑い話の一つに入るだろう。
 だが、今はそんなことを言っていられないこともまた、事実である。

「人間が人間としての地位を確立したのは、この世界ではどれ程の昔になるのだろうね。少なくとも、僕が知っている時代よりは昔のことになるだろうけれど」
「あなたは……人間ではない……。ならば、何者?」
「僕は人間ではない、って? だから言っただろう。その結論は不明瞭である、と。僕ですら、その本人ですら、僕の正体ははっきりと言い難いのだから」

 そして、エイムスはエイミーに触れて――微笑んだ。

「僕の名前は『チャプター』だよ。シリーズより生まれし、番外個体。シリーズの行う任務を忠実に実施するための、しもべとでも言えばいいだろうか。ともかく……そのような存在だよ」

 エイムスの表情はどこか悲しそうだった。
 直後、エイミーは恐れた。彼女と一緒に過ごしていた、一番の人間が、人間ではなかったという事実に。
 エイムスの話は続く。

「チャプターはシリーズに比べればランクを一つ下げた状態にある。状態ということはその状態を一つ上に遷移すれば、それはシリーズと同義と言える。それが意味することは、人間には当然、解りもしないだろうね」
「あなたは……何を目的として、ここに潜り込んだの……?」
「僕かい? そりゃあ当然だ。……シリーズを神へと昇華する、そのために。ああ、言っておくけれど、僕は君のことを想って機密事項を封印から外したのだよ?」

 エイムスは小さく頷いた。
 エイミーはその言葉を聞いて、彼に従って頷くしかなかった。

「だが、だからといって、それを大っぴらに言ってもいいわけではない」

 エイムスはエイミーの身体を、彼の方に引き寄せる。
 絡めとられるような錯覚に襲われ、彼女は冷や汗をかく。
 そしてエイムスは――ニヤリと笑みを浮かべた。

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