絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百九十九話 選択
「行くぜ、ブルース。最後まで、突っ走ろうぜ」
ダイモスは言う。それに呼応して、ブルースは動いていく。
「……なんて愚かなの。ほんとうに解らない」
声が、はっきりと聞こえた。
それは彼の耳に伝わった。
スピーカーを通して、電気信号を介して、伝わったものではない。
ほんとうに、温かみのある、そんなものなど介していない、声。
それが彼の耳に伝わった。まるで耳元で囁いたかのように。
「何……だ?」
その声を聴いたダイモスは、呆気にとられてしまった。
それに呼応するようにブルースは停止する。
『ダイモス! 急いで戻って!!』
ハルの呼びかけに彼は答えない。
ダイモスはその声に耳を傾ける。しかし、身体が動かない。動こうとしないのだ。
「これが……武者震いってやつかよ……」
ダイモスは笑みを浮かべる。だが、それだけで解決するものでもない。
こんなことをしている場合ではない。こんなことをして、なんとかなる場合ではない。解決するはずもないのは、幾ら彼でも理解していた。
けれど、身体が動かない。あれ程動かそうと必死になっていたリリーファーが、今はうんともすんとも動かないのであった。
これが、恐怖か。
ダイモスは考える。圧倒的境地に立たされた、圧倒的恐怖。それはこのことを指すのか、と。
「あなたはとても強い。だが、それゆえに未熟だよ」
ゆっくりとリリーファーが近づいてくる。その間にも彼の耳には、声が伝わってくる。
スピーカー越しの声ではない。
生の声が、そのまま耳元で囁かれているかのよう。
その間にも、敵リリーファーとの距離は限りなくゼロに近付いていく。
もう、ハルの言葉は届かない。
もう彼女の言葉も聞こえない。
だからといって彼は、あきらめることなどしなかった。
「……で? 誰だか知らねえけど、何をするつもりで? まさか、このまま話し合いで、問答で決めようなんて言わないだろうね」
「それなら充分いいのだけれどね。私たちが求めているのはあくまでも『資源』だから。限りあるこの世界で生き抜いていくために必要なものだからね」
私たち、と言った。それはつまり複数の人間が居る、ということにもつながる。
彼は話を続けた。
敵の目的を聞くために。
彼は核心を突く。
「……つまり、あれか。君たちもまた、あの『無限資源』を求めているということになるわけだな?」
一瞬、沈黙があった。
その隙にダイモスは攻撃しようと考えたが――。
しかし、その時にはもう遅かった。
「無限資源……。ええ、その通りよ。無限資源は世界で一番重要になるからね。でも、それ以上に『あれ』は人間よ。資源というだけの価値があるわけじゃない。もっと、それ以上の価値があると考えている」
「それ以上の価値……? 何を言っているんだ、お前たちが手に入れたいと思っているのは、無限にエネルギーを作り出すことが出来るリリーファー、『インフィニティ』のことだろ?」
それを聞いた相手は一笑に付す。
「まさかあなた、それを誰から聞いたか知らないけれど、鵜呑みにしているつもりかしら? だとしたら滑稽な話ね。これ以上滑稽な話を聞いたことが無いわ! ああ、笑っちゃう」
相手――おそらく女性は、それを聞いて満足そうに笑みを浮かべた。浮かべたことが確かかどうかは不明瞭だが、少なくともそうしただろう。そう、彼は思っていた。
それを見た相手はさらに話を続ける。
「間違っていると思っている? あなた、ある人から聞いたことは凡て事実として受け取っているのではなくて? だからこそ、ここで齟齬が生じている。そしてそれに疑問を抱いている。だからこそ、明確な否定が出来ない。そうでしょう?」
そうなのだろうか。
少なくとも、今のダイモスには解らなかった。
女性は溜息を吐く。
「……これでお仕舞いにしましょう。私もそう時間があるわけじゃなし」
そして、リリーファーは走り出す。
「クソッ! 動け、動けよ!」
しかしダイモスの乗るリリーファーは動かない。未だ何かあるというのか。
「動かないのは当然のことよ。だってあなた――『リリーファーに嫌われている』もの」
その声を聴いたと同時に、敵のリリーファーはブルースを横目に通過していった。
ダイモスはその言葉の意味が理解できなかった。
――リリーファーに嫌われている。
それはいったいどういうことなのだろうか?
しかし今の彼が考えても解らないことだった。
「ダイモス! ……ここは私がどうにかしないといけないみたいね!」
そう言うとリズムは右手を差し出した。
それと同時に地面が競り上がる。そしてそこに格納されていたものが明らかとなった。
そこに格納されていたのは小さな倉庫だった。完全に出ると扉が開かれ、中からあるものが出てきた。
ライフルのようなものだった。
そもそも、ブルースとリズムはその大きさの都合上、巨大な武器は格納できない。せいぜいナイフ程度のものならば、収納することが可能だが、それ以上となると難しい。
「食らいなさい!」
ブルースはそれを掴み、構える。
敵リリーファーは凄まじい速度で走り、真っ直ぐにリズムのほうへと向かってくる。
その光景に――緊張感を覚えない人間等居るはずもない。
おびえてしまっていたのだ、彼女は。
この光景に、見慣れない光景に、おびえてしまっていた。
だから、リリーファーが向かってきていても、それを構えたとしても、そのナイフをリリーファーの肉体に突き刺すことだって、そのライフルで弾丸を放てばリリーファーの装甲だって破壊することが出来ることも解っている。
解っているのに、その最後の一歩が踏み出せなかった。
「……やっぱり弱いね、あんたたち」
その声を聴いた最後――彼女の意識は途絶えた。
恨みなのか憎しみなのか悲しみなのか解らない、呪詛を唱えながら。
崇人は眠っていた。
辺りが騒がしくなっているというのに、それでも彼は眠っていた。
そんなときだった。
部屋の壁が閃光で吹き飛び、爆発音と煙が彼を強引に現実世界へと呼び覚ました。
「……ごほっ! 何だ、これ!」
軽く咳き込むと、彼は事態を理解する。
目の前には、巨大な顔。――リリーファーの顔があった。
もう煙は外から吹き込んだ風によって流されていた。
「リリー……ファー?」
顔にあるカメラのフォーカスが一致する。
『タカト君、この世界を知りたくないかい?』
スピーカーから発せられた声を、彼は聞いたことがあった。だが、思い出せなかった。
しかしどこか懐かしい声であることは確かだった。
崇人はそのリリーファーを見て、立ち尽くしていた。
「タカト、止まって!」
だが、背後からマーズの声が聞こえて、彼は踵を返す。
鉄格子の向うに、マーズは立っていた。
「ダメ。そっちに行ってはいけない。いけないのよ」
「何を言っているんだよ。みんな冷たい状況で。まるで僕を必要としないようだ」
『そう。そこにいる人間はあなたを利用するだけに過ぎない。説明もせず、ただあなたを使おうとしているだけなのよ』
マーズは舌打ちする。
どうやら声の主が誰なのか解るらしい。
そして、リリーファーに向かって攻撃が放たれる。
『さあ、急いで。……案外、戦力も強いみたいだけれど。この世代のリリーファーにはかないませんよっと』
若干軽い感じの口調になったが、それでも目の前に居るリリーファーは崇人を乗せようとする。
遅れて、シンシアがマーズの横に到着した。
「タカトさん! リリーファーに……リリーファーに乗るつもりですか! あれ程の被害を世界に負わせておいて! また、あれ程の被害を!」
『さあ、タカト・オーノ。選択しなさい。選択の自由だけはあなたに与えてあげる。踵を返したままそちらへ向かうと、奴隷生活が続き不自由な暮らしとなる。そしてこの世界について知らないまま終わる。だが、私たちについていけばまずそのような扱いではなくなるし、この世界に何があったのかすぐに教えてあげる。さあ、選びなさい』
「そんなことは戯言に過ぎない! さあ、タカト! こっちに来なさい!」
マーズの声は徐々に怒りの籠ったものとなりつつあった。
対して、リリーファーの声はやさしく語り掛ける。
『かといって、あなたにした仕打ち……覚えているかしら? 冷たかったわよね。まるで、「ここに必要としていないけれど、取り敢えず置いておこう」みたいな感覚じゃなかった?』
確かにその通りだった。
それは間違っていなかった。
「――もう、いい」
だから、拒絶した。
「……え」
マーズはそれを、理解できなかった。理解したくなかった。
崇人は踵を返し、ゆっくりと、しかし確実に、一歩ずつ、リリーファーの元へと向かっていった。
「タカト……タカトォ……」
マーズが呪詛のように崇人の名前を呟くが、それが彼に聞こえることは無い。
崇人がリリーファーの前に着いたのを確認すると、顔の横――人間で言えば耳のあたりだろうか――が開いた。
「……ここに入ればいいのか?」
返事は無かった。
迷うことなく、躊躇うことなく、彼はその中へと入っていった。
そしてハッチは閉められ、リリーファーは任務を終えて満足したかのように、踵を返し、立ち去って行った。
それをマーズたちは、ただ茫然と眺めるだけだった。
ダイモスは言う。それに呼応して、ブルースは動いていく。
「……なんて愚かなの。ほんとうに解らない」
声が、はっきりと聞こえた。
それは彼の耳に伝わった。
スピーカーを通して、電気信号を介して、伝わったものではない。
ほんとうに、温かみのある、そんなものなど介していない、声。
それが彼の耳に伝わった。まるで耳元で囁いたかのように。
「何……だ?」
その声を聴いたダイモスは、呆気にとられてしまった。
それに呼応するようにブルースは停止する。
『ダイモス! 急いで戻って!!』
ハルの呼びかけに彼は答えない。
ダイモスはその声に耳を傾ける。しかし、身体が動かない。動こうとしないのだ。
「これが……武者震いってやつかよ……」
ダイモスは笑みを浮かべる。だが、それだけで解決するものでもない。
こんなことをしている場合ではない。こんなことをして、なんとかなる場合ではない。解決するはずもないのは、幾ら彼でも理解していた。
けれど、身体が動かない。あれ程動かそうと必死になっていたリリーファーが、今はうんともすんとも動かないのであった。
これが、恐怖か。
ダイモスは考える。圧倒的境地に立たされた、圧倒的恐怖。それはこのことを指すのか、と。
「あなたはとても強い。だが、それゆえに未熟だよ」
ゆっくりとリリーファーが近づいてくる。その間にも彼の耳には、声が伝わってくる。
スピーカー越しの声ではない。
生の声が、そのまま耳元で囁かれているかのよう。
その間にも、敵リリーファーとの距離は限りなくゼロに近付いていく。
もう、ハルの言葉は届かない。
もう彼女の言葉も聞こえない。
だからといって彼は、あきらめることなどしなかった。
「……で? 誰だか知らねえけど、何をするつもりで? まさか、このまま話し合いで、問答で決めようなんて言わないだろうね」
「それなら充分いいのだけれどね。私たちが求めているのはあくまでも『資源』だから。限りあるこの世界で生き抜いていくために必要なものだからね」
私たち、と言った。それはつまり複数の人間が居る、ということにもつながる。
彼は話を続けた。
敵の目的を聞くために。
彼は核心を突く。
「……つまり、あれか。君たちもまた、あの『無限資源』を求めているということになるわけだな?」
一瞬、沈黙があった。
その隙にダイモスは攻撃しようと考えたが――。
しかし、その時にはもう遅かった。
「無限資源……。ええ、その通りよ。無限資源は世界で一番重要になるからね。でも、それ以上に『あれ』は人間よ。資源というだけの価値があるわけじゃない。もっと、それ以上の価値があると考えている」
「それ以上の価値……? 何を言っているんだ、お前たちが手に入れたいと思っているのは、無限にエネルギーを作り出すことが出来るリリーファー、『インフィニティ』のことだろ?」
それを聞いた相手は一笑に付す。
「まさかあなた、それを誰から聞いたか知らないけれど、鵜呑みにしているつもりかしら? だとしたら滑稽な話ね。これ以上滑稽な話を聞いたことが無いわ! ああ、笑っちゃう」
相手――おそらく女性は、それを聞いて満足そうに笑みを浮かべた。浮かべたことが確かかどうかは不明瞭だが、少なくともそうしただろう。そう、彼は思っていた。
それを見た相手はさらに話を続ける。
「間違っていると思っている? あなた、ある人から聞いたことは凡て事実として受け取っているのではなくて? だからこそ、ここで齟齬が生じている。そしてそれに疑問を抱いている。だからこそ、明確な否定が出来ない。そうでしょう?」
そうなのだろうか。
少なくとも、今のダイモスには解らなかった。
女性は溜息を吐く。
「……これでお仕舞いにしましょう。私もそう時間があるわけじゃなし」
そして、リリーファーは走り出す。
「クソッ! 動け、動けよ!」
しかしダイモスの乗るリリーファーは動かない。未だ何かあるというのか。
「動かないのは当然のことよ。だってあなた――『リリーファーに嫌われている』もの」
その声を聴いたと同時に、敵のリリーファーはブルースを横目に通過していった。
ダイモスはその言葉の意味が理解できなかった。
――リリーファーに嫌われている。
それはいったいどういうことなのだろうか?
しかし今の彼が考えても解らないことだった。
「ダイモス! ……ここは私がどうにかしないといけないみたいね!」
そう言うとリズムは右手を差し出した。
それと同時に地面が競り上がる。そしてそこに格納されていたものが明らかとなった。
そこに格納されていたのは小さな倉庫だった。完全に出ると扉が開かれ、中からあるものが出てきた。
ライフルのようなものだった。
そもそも、ブルースとリズムはその大きさの都合上、巨大な武器は格納できない。せいぜいナイフ程度のものならば、収納することが可能だが、それ以上となると難しい。
「食らいなさい!」
ブルースはそれを掴み、構える。
敵リリーファーは凄まじい速度で走り、真っ直ぐにリズムのほうへと向かってくる。
その光景に――緊張感を覚えない人間等居るはずもない。
おびえてしまっていたのだ、彼女は。
この光景に、見慣れない光景に、おびえてしまっていた。
だから、リリーファーが向かってきていても、それを構えたとしても、そのナイフをリリーファーの肉体に突き刺すことだって、そのライフルで弾丸を放てばリリーファーの装甲だって破壊することが出来ることも解っている。
解っているのに、その最後の一歩が踏み出せなかった。
「……やっぱり弱いね、あんたたち」
その声を聴いた最後――彼女の意識は途絶えた。
恨みなのか憎しみなのか悲しみなのか解らない、呪詛を唱えながら。
崇人は眠っていた。
辺りが騒がしくなっているというのに、それでも彼は眠っていた。
そんなときだった。
部屋の壁が閃光で吹き飛び、爆発音と煙が彼を強引に現実世界へと呼び覚ました。
「……ごほっ! 何だ、これ!」
軽く咳き込むと、彼は事態を理解する。
目の前には、巨大な顔。――リリーファーの顔があった。
もう煙は外から吹き込んだ風によって流されていた。
「リリー……ファー?」
顔にあるカメラのフォーカスが一致する。
『タカト君、この世界を知りたくないかい?』
スピーカーから発せられた声を、彼は聞いたことがあった。だが、思い出せなかった。
しかしどこか懐かしい声であることは確かだった。
崇人はそのリリーファーを見て、立ち尽くしていた。
「タカト、止まって!」
だが、背後からマーズの声が聞こえて、彼は踵を返す。
鉄格子の向うに、マーズは立っていた。
「ダメ。そっちに行ってはいけない。いけないのよ」
「何を言っているんだよ。みんな冷たい状況で。まるで僕を必要としないようだ」
『そう。そこにいる人間はあなたを利用するだけに過ぎない。説明もせず、ただあなたを使おうとしているだけなのよ』
マーズは舌打ちする。
どうやら声の主が誰なのか解るらしい。
そして、リリーファーに向かって攻撃が放たれる。
『さあ、急いで。……案外、戦力も強いみたいだけれど。この世代のリリーファーにはかないませんよっと』
若干軽い感じの口調になったが、それでも目の前に居るリリーファーは崇人を乗せようとする。
遅れて、シンシアがマーズの横に到着した。
「タカトさん! リリーファーに……リリーファーに乗るつもりですか! あれ程の被害を世界に負わせておいて! また、あれ程の被害を!」
『さあ、タカト・オーノ。選択しなさい。選択の自由だけはあなたに与えてあげる。踵を返したままそちらへ向かうと、奴隷生活が続き不自由な暮らしとなる。そしてこの世界について知らないまま終わる。だが、私たちについていけばまずそのような扱いではなくなるし、この世界に何があったのかすぐに教えてあげる。さあ、選びなさい』
「そんなことは戯言に過ぎない! さあ、タカト! こっちに来なさい!」
マーズの声は徐々に怒りの籠ったものとなりつつあった。
対して、リリーファーの声はやさしく語り掛ける。
『かといって、あなたにした仕打ち……覚えているかしら? 冷たかったわよね。まるで、「ここに必要としていないけれど、取り敢えず置いておこう」みたいな感覚じゃなかった?』
確かにその通りだった。
それは間違っていなかった。
「――もう、いい」
だから、拒絶した。
「……え」
マーズはそれを、理解できなかった。理解したくなかった。
崇人は踵を返し、ゆっくりと、しかし確実に、一歩ずつ、リリーファーの元へと向かっていった。
「タカト……タカトォ……」
マーズが呪詛のように崇人の名前を呟くが、それが彼に聞こえることは無い。
崇人がリリーファーの前に着いたのを確認すると、顔の横――人間で言えば耳のあたりだろうか――が開いた。
「……ここに入ればいいのか?」
返事は無かった。
迷うことなく、躊躇うことなく、彼はその中へと入っていった。
そしてハッチは閉められ、リリーファーは任務を終えて満足したかのように、踵を返し、立ち去って行った。
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