絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百九十七話 検査(後編)

「なぁ……教えてくれないか。どうして僕はこんな目にあっているんだ。あれからいったい何があったんだ」
「シンシア、取り敢えず対象の経過は良好だと伝えて。漸くコントロールルームも一安心するでしょう。これがあるまで戦々恐々としていたのだからね」

 メリアはわざとらしく崇人の質問には答えず、シンシアに話題を振った。
 シンシアは頷くと、医官室を後にした。

「なぁ、答えてくれよ。世界はいったいどうなってしまったんだ?」
「まぁ、私たちも一安心と言えばその通りになるわね。恐れていた事態にはならなかったのだから。まさか二回もあんなことになるなんて思いもよらずしなかったからね」
「質問に答えろよ」

 メリアはモニターを見て、呟く。

「シンシア少尉が戻ってきたら直ぐにあなたは独房に戻ってもらいます。……言っておきますが、余計な真似はしないほうがいいと思うよ? そんなことをしたら、私たちはあなたを殺さなくてはならない」
「殺す……? それっていったい!!」
「残念ながら、これ以上は言えない。あなたはこの組織の人間では無いからね。あなたはこの組織の庇護下にあり、あなたの命は私たちに握られていることを理解しなさい」

 何も、言えなかった。
 崇人は何も言うことが出来なかった。
 色々と聞きたいことがたくさんあったのに、それも凡て消し飛んでしまった。消え去ってしまった。
 今まで味方だと思っていた人間に、こうも裏切られる。
 それについて崇人は何も言えなかったし、何も考えられなかった。考えたくなかった、というのが正しいかもしれない。

「……取り敢えずあなたに装着されている我々の『保険』について説明します。一応説明しておかなくては、説明責任に問われますからね。あなたの首に保険をかけさせてあります」

 それを聞いて崇人は首筋に触れる。そこで漸く彼は首に何か装着されていることに気が付いた。
 それはリングだった。首輪とも言えばいいだろうか。人の小指よりも細いその首輪は漆黒で、少し滑らかな感触があった。

「あなたがリリーファーに乗り込んだ瞬間、その信号を読み取り、同時に自爆コードを起動します」

 それは要するに、リリーファーに乗るなということを暗に示していた。

「それっていったい……どういうことだよ。訳が解らねぇよ……!」
「シンシア・パロング、戻りました」

 崇人の叫びとシンシアが部屋に入ったのは、同時だった。
 崇人はそれを聞いて、入口の方を見た。対してシンシアは何故自分が見られているのかまったく解らなかった。

「……そうか。つまり僕は化物扱いだと言いたいのか」

 シンシアとメリアはそれについて何も言わなかった。

「インフィニティすらも化物だと思っているんだろう。何度も僕は乗って、その度にいろんなものを救ってきた……。だのに、救われている側はそれを当然の行為だと思い込み、さらにはそれが何かしてしまうとそれを害悪と見なし、要らないもの扱いする。どこの世界でもそういうことはやっぱりあるのだよな」
「シンシア、対象を独房に戻して。それと、精神が昂りつつあるから何らかの対策を取ること。いいわね?」
「了解」

 メリアの言葉にシンシアは小さく敬礼する。
 結局最後まで、崇人の言葉にメリアが反応することは無かった。それはただ、メリアが崇人のことを毛嫌いしているようにも見えた。

「はい、戻ってきました」

 手錠を外しながら、シンシアは言った。崇人が考えている間に既に彼は独房まで戻っていたのである。
 崇人は何をするのでも無く、ただシンシアの行為を眺めていたままだった。
 手錠を外したのを確認したシンシアは、そのまま立ち上がると独房を後にした。
 独房で、彼は再び一人となった。誰も居ない部屋で、誰も居ない独房は、彼には少し広すぎた。
 彼は、独房で一人涙を流した。悔しかった。悲しかった。認められたかった。消えたかった。聞きたかった。理解したかった。触れたかった。
 ……何故自分がこんな目にあってしまったのか、何故皆自分に冷たくなってしまったのか、そして、今自分が居るこの場所は何処なのか。
 崇人はそれを『知りたかった』。知った上で自分の立場を理解したかった。
 にもかかわらず、現状は冷酷だった。状況も知らされず、知っている人間は冷たく、質問をしたって答えてくれない。こんな状況でいったい、誰を信じればいいのだろうか?

「……誰も信じられるわけがない」

 彼は自問自答に結論付けた。
 彼の考えは彼にしか答えることが出来ない。それでいて、結論を見出したとしても、その結論がほんとうに正しいものなのか、彼には解らない。
 誰も信じることが出来ない。誰も信じたくない。
 そう思うのは、もはや当然のことだった。
 そして、彼は――自らの考えがまとまらないまま、逃げるように、夢の世界へと落ちていった――。



 深夜。
 コントロールルームにけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
 呼ばれたマーズは眠気をものともせず、コントロールルームへと到着した。

「お疲れ様です」

 コントロールルームにはすでにフィアットの姿があった。マーズは頷いて、彼から話を聞く。

「どうやら、ここへ向かってくる敵の姿があったようなので」
「それだけ? ……ちなみに、ビーストではないということ?」
「ええ。反応によれば第六世代……それから進化を遂げたものだと思われます」

 『世代』と表すものを彼女は、たった一つだけ知っていた。

「今から向かってくるのは……リリーファーだということ?」

 頷くフィアット。
 この時代においてリリーファーを所有していて、かつ国境線にて反応が無いといえば、僅か一つしか浮かばない。

「レーヴ……。ここ数年頭角を現した反政府組織のことね」

 レーヴ。
 かつてこの世界にあった言語で『夢』と意味する単語であるそれは、とあるテロリスト集団の名前だった。
 リリーファーを巧みに操り、ハリー=ティパモール共和国から国民の解放を宣言している彼らは、ハリー=ティパモール共和国にとって脅威にほかならないのだった。

「ハリー=ティパモール共和国を潰そうとする悪は、たとえ小さいものでも潰すしかない。それが、この国を守る私たちの役目」

 彼女の言葉にフィアットは頷く。

「その通りです。そうでなければなりません。私たちはそうあり続ける。この国を守るためには、多少の犠牲も必要となります」
「……レーヴのリリーファーは一機だけなのかしら?」
「ええ。そのようです。一機だけなのは、ほんとうに助かりますね。何機あるか解っていない状況ですが……、何機も向かってこられては困りますからね。特に、このような深夜帯ともなれば」
「リリーファー、まっすぐに独房まで向かっています!」

 段差の下に居るオペレーターの言葉に、マーズは頷いた。

「やはり、目的はタカト・オーノか……」
「しかし彼らはどこからその情報を仕入れたのでしょうね……。私たちが手に入れたのはともかく、独房の位置まで」
「そんなことは終わってから討論することにしましょう。そんなことよりも今は……、やってくるリリーファーをどうにかしないと。とにかく、急いでブルースとリズムを出動させて」

 オペレーターはそれを聞いて頷くと、マイクに向かって言った。

「ブルース、リズムの起動従士は至急出動態勢に入れ。繰り返す、ブルースとリズムの起動従士は……」

 それを聞いてマーズはようやく席に腰掛けた。一安心、とはいかないが、ようやくここで休むことが出来る。

「敵は第七世代初期版ベータであると考えられます。第六世代の流れを汲みながらも、それとは違う新しいシステムも露見されていますから」
「成る程。……、しかしそう簡単に敵が開発出来る物なのかしらね? レーヴの科学力はせいぜい今あるリリーファーを整備するくらいだと聞いているけれど」

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