絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百九十六話 検査(前編)

「はい、それじゃこれは誰でしょうか?」

 崇人の部屋にやってきた一人の女性が、彼に鏡を見せて言った。
 崇人はそれが何なのか理解できなかったが、取り敢えずそこに映し出されている――自分の顔を見て言った。

「これは……僕の顔だ。間違いない」
「はい。その通りですね」

 そう言って女性は持っていたノートに何かを書き記した。
 シンシアと呼ばれた少女はしばらくこういう感じだった。まるで崇人を人間だと思っていないかのような扱いだった。

「……僕は何か悪いことをしてしまったのだろうか」

 崇人は呟く。
 それを聞いてシンシアの行動が停止した。
 しかしその停止した時間は、とても僅かだった。

「……これから、検査に入ります。ですので、これを装着してもらいます」

 ジャラ、と金属同士が擦れ合う音が独房に鳴り響く。
 それは手錠だった。両手の自由を奪う、一つの手段。

「これを装着すれば、今の出来事について教えてくれるのか?」
「今から検査に入り、あなたの『今』を知ることが出来ると思います。それに、あなたが置かれている現状も理解してもらわなくてはなりません」

 質問に対する解答は、少しだけずれていた。

「頼むよ、少しで構わないから教えてくれないか。今は何年で、どうして僕はここに……」
「シンシア・パロング少尉、何をしているのかしら?」

 彼女はその冷たい声を聴いて、振り返った。冷たい、と言ってももちろん意味的なものではなく、そういう風に解釈できるという意味である。
 シンシアの後ろに、白衣を着た女性が立っていた。とはいえ、白衣の中はうっすらと黒いブラジャーとパンツが見える。そして女性は白衣のポケットに手を突っ込んで、ただ崇人を睨み付けていた。
 そして彼はその人間の姿に見覚えがあった。

「申し訳ありません。現在対象に手錠をかけているところでしたので」
「時間を三分もオーバーしているのよ。少しくらい時間を守ってほしいものだけれど。私だって暇じゃないことくらい、部下であるあなたも理解しているんじゃない?」
「それは、そうですが……」
「メリア……メリアなのか?」

 彼女は崇人のその言葉に一瞬身を震わせたが、すぐに冷静を取り戻し、話を続ける。

「とにかく、私の部屋に連れていきなさい。私は待っているから。いい? 時間をかけるんじゃないわよ」
「……かしこまりました」

 そう言ってシンシアは敬礼する。
 メリアはそれを見て踵を返すと、静かに立ち去って行った。



 メリアの部屋に崇人が連れていかれたのはそれから五分後のことだった。
 医官室、と書かれたプレートを見て崇人はドアの前に立つ。
 同じく崇人の横に立っているシンシアが敬礼して、はきはきとした声で言った。

「シンシア・パロング少尉、入ります」

 返事は無かった。シンシアは持っていたカードを扉の横にあるパネルに置いた。すると電子音のあと、扉が開かれた。
 部屋は広かった。とはいえ、検査用と思われる器具がその大半を占めており、メリアが使っているスペースは僅かだった。
 彼女は上下三つ、計六つのモニターを使って何かを確認していた。そのモニター一つ一つにはそれぞれ別のデータが示されている。大量の数字が上から下へ流れているものもあれば、グラフが放置されているモニターもある。
 そしてその六つのモニターを、モニター裏にあるワークステーション及びメリアの前にあるキーボードで管理しているということだ。
 彼女は扉が開く音を聞いて、椅子を回転させる。そして、彼女とシンシア、そして崇人が対面した。

「ご苦労様、シンシア。取り敢えず対象を検査機器に入れて。……服装も着替えさせて」
「解りました」

 命令を聞いてシンシアは崇人を隣の部屋へと連れていく。
 そこは脱衣所のようだった。とはいえ大人数で使うようには設計されていないらしく、

「手錠を一回外します。ですが、ここは監視カメラが五台あり、どこからでもあなたのことを監視しています。この意味が解りますね? あなたは逃げ出すことが出来ない……ということです。ですから、素直に、この服に着替えてください」

 そう言ってシンシアが差し出したのは青い浴衣のような恰好だった。
 素直に受け取った崇人。それを見てシンシアは頷くと、手錠を外し、部屋を後にした。
 部屋を出て、大きく溜息を吐くシンシア。

「シンシア、幾らここが管轄外だからって息を抜き過ぎ。ちょっとは気を入れて」
「すいません。……でも、どうしても対象を相手にすると」

 それを聞いてメリアは頷く。

「そうよね……。それは仕方ないことね。でも、あれは……」
「解っています。あれはインフィニティが暴走した可能性があり起きたことだ、と……。でも、実際にそれを実行したのは誰ですか。インフィニティに乗り込んでいたのは誰なんですか! そもそも、インフィニティは私たち人類を救ってくれる鍵となったんじゃないんですか!」

 それを聞いてメリアは何も答えることができなかった。
 彼女の言う通り、インフィニティの起動従士が発見されたときは、『人類の救いとなる』と大きく報道していた。現にインフィニティに敵う存在など居ない――そう考えられていたからだ。
 だが、実際は違った。
 インフィニティの起動従士、タカト・オーノは起動従士としての業務をする程、精神が強くなかった。
 これは後にメリアが残した記録から明らかになっており、さらにマーズにも伝えられている。
 マーズはそれを聞いて、責任は自分にもあるのかもしれないと嘆いたが、それを批判することは彼女には出来なかった。
 何故ならメリアもまたその共犯と言われてもおかしくないためである。崇人をリリーファーシミュレータに載せたこと、そして彼のパイロット・オプションを発見したのもその時だった。彼がリリーファーとして適格という明確な証拠となり得てしまったのであった。

「……彼が着替えを終えたようね」

 メリアの言葉にシンシアは振り返る。モニターの横は硬化ガラスとなっており、検査機器のある部屋が見えるようになっている。
 メリアは手元にあったマイクを持ち、言った。

「これからあなたの検査を始めます。先ずはその機器に横たわって下さい」

 その言葉と同時にシンシアは崇人の元へ向かう。彼のサポートを行うためだ。
 崇人の元に辿り着いた彼女は、直ぐに崇人を横たわらせる。機器から突き出したベッドのようになっているスペースだ。そのスペースを支える柱はレールの上に乗っている。どうやらそれでスライドして前後に動かすようだった。
 それを見ていて、崇人が横たわったのを確認したメリアはキーボードで操作し、あるプログラムを起動した。

「それじゃ、これから検査を行います。くれぐれも動かないように」

 そしてメリアはエンターキーを押した。
 それと同時に短い電子音が機器から鳴った。ゆっくりとベッドめいたものがスライドして、トーラス型の機器へと収納されていく。そして、トーラス型のそれは地響きのような鈍い唸りを上げ始める。
 ベッドめいたもののスライドはそれがトーラス型の機器に収納されるまで続いた。そのまま数秒停止し、そしてゆっくりと逆方向にスライドを開始する。未だその状態でも機器からは唸りが聞こえていた。
 そしてベッドの位置に戻り、停止した。少しして唸りも静かになった。

「検査は終了しました。起き上がってください」

 メリアは再びマイクを通して彼に告げた。そしてその時小さく、「シンシア、お願い」と彼女だけに聞こえるよう小さく言った。
 彼女はそれを聞いて頷くと、崇人の元へ向かった。
 シンシアは崇人の隣に寄り添う形で、メリアの前にある椅子に彼を誘導した。そして彼を座らせると、メリアから少し距離を置いた位置に立った。
 メリアは先程起動したプログラムに映し出された結果を見ながら、彼と対面した。

「……血圧や心拍、その他もろもろは異常なし、か。予想通りとも言えるだろう。寧ろこうであってはならない」

 メリアはプログラムに映し出された様々な図表を見て言った。

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