絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十二話 胎動Ⅴ
ある段階までに文化及び技術を引き下げるということは、即ち人間を下位互換させた世界へ遷移させるという意味に等しい。
人間という立ち位置を無視している、或いは弄んでいると言われてもおかしくないこの計画。最初は帽子屋だけが進めていた。彼主導の計画だった。
しかしいつしか、それはシリーズ全体の計画と化した。シリーズの長を務めるハンプティ・ダンプティが帽子屋に賛同し始めたからだ。それによりシリーズの一員はそれに参加せざるを得なくなった。ハンプティ・ダンプティには誰も逆らえなかったのだ。
それでも逆らう存在は、徹底的に排除する。
それによって反逆を考えていた存在の見せしめになる。お前も反逆をするのならば、こういう扱いをされるぞ、こういう可能性を孕んでいるぞ……と。
「そんな努力をこなして、漸くここまでやってきたのだよ。それを否定されるつもりなど毛頭無い。それは解るだろう?」
「確かにそうだ。だがなあ……、少々焦り過ぎではないか? もう少し段階を踏んでいっても……」
「段階は充分に踏んだよ。そうしてそうしてやってくるんだよ。世界の終わりを、呼ぼうじゃないか」
「呼ぶ、ねえ……」
ハンプティ・ダンプティは目を細める。
まだ帽子屋のことを信用していないのかもしれない。
そしてそのことを帽子屋は知っていた。それを知っているから、故に帽子屋はハンプティ・ダンプティを利用しているのだ。
ハンプティ・ダンプティが裏切るデメリットよりも、ハンプティ・ダンプティを自分の元に置いておくメリットの方が大きいということだ。
「ハンプティ・ダンプティ。君には最後の作戦をして欲しい」
「それは全部含めた作戦か? それとも、『ワールドエンド』前最後の作戦か?」
「後者だよ」
帽子屋は答えて、微笑む。
「後者、か。何をすればいい。何かする必要はあるのか?」
「物分りが良くて助かるよ。……君はかつてある男子学生に『精霊』を謳ってたぶらかしていたのを覚えているかい?」
「あぁ、あの男だな。確か名前は……」
ハンプティ・ダンプティはそれが誰だか思いだそうと、視線を上に向けた。
帽子屋はそれを見て笑みを浮かべ、空を見上げた。
「ファルバート・ザイデル、だよ」
「あぁ、そうだった。そいつだ。あんまり特徴が無いもんで忘れてしまっていたよ」
「……それは彼が可哀想だよ。是非ともこれを機会に覚えておいてくれ。何故なら彼もまた大事なトリガーの一つになるのだから」
「トリガー、だと? 帽子屋、ここに来て人間を使うというのか? 何故だ。完璧を追求するのであればもっと工程も短縮出来るのではないか?」
「出来るだろうね。だが、それだと最終的な結果が異なってしまう。……確かに面倒なのは解る。だが、人間が介入するかしないかで、彼の完成度合いが大きく異なるんだよ」
「完成度合い?」
帽子屋の言葉に含まれていた単語の意味を理解出来なかったハンプティ・ダンプティはその意味を帽子屋に訊ねた。
帽子屋は笑みを崩さなかったが、しかしきちんとした答えを導くことは無かった。
「おい、完成度合いとは何だ。それが高いことで何が産み出されるんだ」
「そこまで解っているのなら、充分なんじゃないかな。あとはハンプティ・ダンプティ、君自身が解き明かしていくべきことだ」
「何だそれは……。馬鹿にしているのか、帽子屋?」
それを聞いて帽子屋は目を丸くする。
「そいつは心外だね。僕はハンプティ・ダンプティ、君のことを低く見たことなど一度も無いよ。……そう、シリーズに僕がなってから、ずっとね」
「ずっと、か」
ハンプティ・ダンプティは微笑む。
それを見た帽子屋は目を丸くする。ハンプティ・ダンプティがそんな表情をするのは見たことがなかったからかもしれない。どちらにせよ、帽子屋はハンプティ・ダンプティの表情をそこまで細かいパターンで見たことがない。
「まあ、それはいい。取り敢えずハンプティ・ダンプティにやってもらいたいのは、そのファルバート・ザイデルに最後の手助けをして欲しい、というわけだ」
「手助け? ……人間に力を貸すなんて、帽子屋、おまえらしくもない」
「別に手助けというわけではない。寧ろ、計画の一助となるものだ。僕の計画にはなんの間違いもないからね。そのためには人間だって使うんだ」
「成る程。それじゃ……これから私がその人間に手助けすることも、帽子屋の計画に関係あることになる、と?」
帽子屋は頷く。
「そうだよ。これからとても面白いことになる。そのためにはファルバート・ザイデルが行動してもらうのがいいというわけだよ」
「ふむ。それもそうか。……ならば、向かうとするか」
ハンプティ・ダンプティは歩き出す。
帽子屋は笑みを浮かべ、その光景を眺めていた。
これからが最終戦。
世界の終わりを見るために、彼らは最後の行動に打って出る。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、ファルバートはハリー騎士団の面々と合流していた。理由は単純明快、嵐から逃げるためと現状を把握するためだ。
「何ですかあれは!」
ファルバートはマーズに訊ねる。
マーズは苦虫を噛み潰したような表情でファルバートに答える。
「あれはインフィニティ……よ。恐らく、ね。赤い翼の人間に唆されたのかどうかは知らないけれど、あの姿になってしまった」
「あの姿……? 普通のインフィニティと何が違うんですか!」
「あの姿は、一年前……私たちがその姿を封印したと言ってもいい。カーネルの独立騒動の話は知っているわね?」
こくり、とファルバートは頷く。
「あの時の話になるのだけれど……タカトは感情を昂らせて、インフィニティのロックを外してしまった。決して、犯してはならない禁忌を犯してしまった。そして彼は……インフィニティは『インフィニティ・シュルト』なるもう一つのフォルムにチェンジした。……それが動いた様子は一つの絶望と言ってもよかった。破壊破壊破壊破壊、混沌の上に破壊を上塗りしていく。それがインフィニティ・シュルトだった。インフィニティ・シュルトの性能を見た私たちはそれを国に報告し、二度とそのようなことが無いようにした。二度とそのようなことが起きないようにした。あのままでは、世界すら滅ぼしそうな気がしたから……」
「でも現に、インフィニティは『暴走』しているじゃないですか! やはりインフィニティの起動従士は精神が未発達だった……。そう言っても過言ではないのでは!」
その言葉をマーズは聞き逃さなかった。
刹那、マーズはファルバートの頬を引っぱたいた。激しい音が、空間に響いた。
「……あなた言っていいことと悪いことがあるわよ。特に今は緊急時。言葉に気をつけたほうがいいのではないかしら? たとえ父親が有名な起動従士であったとしても、その同じ職に就けるとは限らないのよ?」
「何が言いたいんですか……! 間違っていないでしょう!? インフィニティの起動従士は感情を昂らせて暴走し、結果として多大な被害を負った……あなたはそう言いたいはずだ! そして今、それが繰り返されようとしている! 同じことが、ここで起きようとしている! それを精神未発達と言って、何がおかしいんですか! 僕には……まったく理解できませんよ!」
ファルバートの言葉にマーズは答えなかった。
ほかの人間もそうだった。ヴィエンスにコルネリア、リモーナもそうだった。双子もそうだった。みんなみんな、何も答えなかった。
誰も答えることが出来ないことなのだ。ファルバートはそれを見て凡てを察した。
誰も答えたくないことなんだ。ファルバートは察した。
だから彼はその場にいたくないと思った。その場から逃げようと思った。
彼は踵を返し、走り出した。
「待ちなさい、ファルバート・ザイデル! そっちは危険よ!!」
マーズの問いかけにも答えずに、ただひたすらに彼は走り出した。
目的地など、決めぬまま。
人間という立ち位置を無視している、或いは弄んでいると言われてもおかしくないこの計画。最初は帽子屋だけが進めていた。彼主導の計画だった。
しかしいつしか、それはシリーズ全体の計画と化した。シリーズの長を務めるハンプティ・ダンプティが帽子屋に賛同し始めたからだ。それによりシリーズの一員はそれに参加せざるを得なくなった。ハンプティ・ダンプティには誰も逆らえなかったのだ。
それでも逆らう存在は、徹底的に排除する。
それによって反逆を考えていた存在の見せしめになる。お前も反逆をするのならば、こういう扱いをされるぞ、こういう可能性を孕んでいるぞ……と。
「そんな努力をこなして、漸くここまでやってきたのだよ。それを否定されるつもりなど毛頭無い。それは解るだろう?」
「確かにそうだ。だがなあ……、少々焦り過ぎではないか? もう少し段階を踏んでいっても……」
「段階は充分に踏んだよ。そうしてそうしてやってくるんだよ。世界の終わりを、呼ぼうじゃないか」
「呼ぶ、ねえ……」
ハンプティ・ダンプティは目を細める。
まだ帽子屋のことを信用していないのかもしれない。
そしてそのことを帽子屋は知っていた。それを知っているから、故に帽子屋はハンプティ・ダンプティを利用しているのだ。
ハンプティ・ダンプティが裏切るデメリットよりも、ハンプティ・ダンプティを自分の元に置いておくメリットの方が大きいということだ。
「ハンプティ・ダンプティ。君には最後の作戦をして欲しい」
「それは全部含めた作戦か? それとも、『ワールドエンド』前最後の作戦か?」
「後者だよ」
帽子屋は答えて、微笑む。
「後者、か。何をすればいい。何かする必要はあるのか?」
「物分りが良くて助かるよ。……君はかつてある男子学生に『精霊』を謳ってたぶらかしていたのを覚えているかい?」
「あぁ、あの男だな。確か名前は……」
ハンプティ・ダンプティはそれが誰だか思いだそうと、視線を上に向けた。
帽子屋はそれを見て笑みを浮かべ、空を見上げた。
「ファルバート・ザイデル、だよ」
「あぁ、そうだった。そいつだ。あんまり特徴が無いもんで忘れてしまっていたよ」
「……それは彼が可哀想だよ。是非ともこれを機会に覚えておいてくれ。何故なら彼もまた大事なトリガーの一つになるのだから」
「トリガー、だと? 帽子屋、ここに来て人間を使うというのか? 何故だ。完璧を追求するのであればもっと工程も短縮出来るのではないか?」
「出来るだろうね。だが、それだと最終的な結果が異なってしまう。……確かに面倒なのは解る。だが、人間が介入するかしないかで、彼の完成度合いが大きく異なるんだよ」
「完成度合い?」
帽子屋の言葉に含まれていた単語の意味を理解出来なかったハンプティ・ダンプティはその意味を帽子屋に訊ねた。
帽子屋は笑みを崩さなかったが、しかしきちんとした答えを導くことは無かった。
「おい、完成度合いとは何だ。それが高いことで何が産み出されるんだ」
「そこまで解っているのなら、充分なんじゃないかな。あとはハンプティ・ダンプティ、君自身が解き明かしていくべきことだ」
「何だそれは……。馬鹿にしているのか、帽子屋?」
それを聞いて帽子屋は目を丸くする。
「そいつは心外だね。僕はハンプティ・ダンプティ、君のことを低く見たことなど一度も無いよ。……そう、シリーズに僕がなってから、ずっとね」
「ずっと、か」
ハンプティ・ダンプティは微笑む。
それを見た帽子屋は目を丸くする。ハンプティ・ダンプティがそんな表情をするのは見たことがなかったからかもしれない。どちらにせよ、帽子屋はハンプティ・ダンプティの表情をそこまで細かいパターンで見たことがない。
「まあ、それはいい。取り敢えずハンプティ・ダンプティにやってもらいたいのは、そのファルバート・ザイデルに最後の手助けをして欲しい、というわけだ」
「手助け? ……人間に力を貸すなんて、帽子屋、おまえらしくもない」
「別に手助けというわけではない。寧ろ、計画の一助となるものだ。僕の計画にはなんの間違いもないからね。そのためには人間だって使うんだ」
「成る程。それじゃ……これから私がその人間に手助けすることも、帽子屋の計画に関係あることになる、と?」
帽子屋は頷く。
「そうだよ。これからとても面白いことになる。そのためにはファルバート・ザイデルが行動してもらうのがいいというわけだよ」
「ふむ。それもそうか。……ならば、向かうとするか」
ハンプティ・ダンプティは歩き出す。
帽子屋は笑みを浮かべ、その光景を眺めていた。
これからが最終戦。
世界の終わりを見るために、彼らは最後の行動に打って出る。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、ファルバートはハリー騎士団の面々と合流していた。理由は単純明快、嵐から逃げるためと現状を把握するためだ。
「何ですかあれは!」
ファルバートはマーズに訊ねる。
マーズは苦虫を噛み潰したような表情でファルバートに答える。
「あれはインフィニティ……よ。恐らく、ね。赤い翼の人間に唆されたのかどうかは知らないけれど、あの姿になってしまった」
「あの姿……? 普通のインフィニティと何が違うんですか!」
「あの姿は、一年前……私たちがその姿を封印したと言ってもいい。カーネルの独立騒動の話は知っているわね?」
こくり、とファルバートは頷く。
「あの時の話になるのだけれど……タカトは感情を昂らせて、インフィニティのロックを外してしまった。決して、犯してはならない禁忌を犯してしまった。そして彼は……インフィニティは『インフィニティ・シュルト』なるもう一つのフォルムにチェンジした。……それが動いた様子は一つの絶望と言ってもよかった。破壊破壊破壊破壊、混沌の上に破壊を上塗りしていく。それがインフィニティ・シュルトだった。インフィニティ・シュルトの性能を見た私たちはそれを国に報告し、二度とそのようなことが無いようにした。二度とそのようなことが起きないようにした。あのままでは、世界すら滅ぼしそうな気がしたから……」
「でも現に、インフィニティは『暴走』しているじゃないですか! やはりインフィニティの起動従士は精神が未発達だった……。そう言っても過言ではないのでは!」
その言葉をマーズは聞き逃さなかった。
刹那、マーズはファルバートの頬を引っぱたいた。激しい音が、空間に響いた。
「……あなた言っていいことと悪いことがあるわよ。特に今は緊急時。言葉に気をつけたほうがいいのではないかしら? たとえ父親が有名な起動従士であったとしても、その同じ職に就けるとは限らないのよ?」
「何が言いたいんですか……! 間違っていないでしょう!? インフィニティの起動従士は感情を昂らせて暴走し、結果として多大な被害を負った……あなたはそう言いたいはずだ! そして今、それが繰り返されようとしている! 同じことが、ここで起きようとしている! それを精神未発達と言って、何がおかしいんですか! 僕には……まったく理解できませんよ!」
ファルバートの言葉にマーズは答えなかった。
ほかの人間もそうだった。ヴィエンスにコルネリア、リモーナもそうだった。双子もそうだった。みんなみんな、何も答えなかった。
誰も答えることが出来ないことなのだ。ファルバートはそれを見て凡てを察した。
誰も答えたくないことなんだ。ファルバートは察した。
だから彼はその場にいたくないと思った。その場から逃げようと思った。
彼は踵を返し、走り出した。
「待ちなさい、ファルバート・ザイデル! そっちは危険よ!!」
マーズの問いかけにも答えずに、ただひたすらに彼は走り出した。
目的地など、決めぬまま。
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