絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百七十四話 ねがい

 その頃、マーズは自身の部屋で増援が来たことを知った。しかしそれはイグアスからのものではなく、彼女を慕う起動従士からのものだった。
 マーズはその起動従士から聞いた言葉を、出来ることなら信じたく無かった。もっと言うならば聞きたくない事実だったとも言えるだろう。

「……それ、ほんとうなの?」

 マーズは話を聞いてからその真偽を起動従士に訊ねた。
 起動従士は静かに、小さく、呟くように言った。

『確かに。イグアス様は敵味方問わずコロシアムを破壊すると、そう仰りました』

 はっきりと、それでいて明確に。電話で話す起動従士は言った。彼女はそれを聞いて舌打ちする。自分がこの場に居て何も出来ないということが、とてももどかしかった。
 敵味方を問わない。それは即ち、マーズたちを誤って殺しても何の問題も無いということだ。

「国は……イグアス様は、そんな決断をしたというのか……!」
『ええ。私たちの殆どはそんな決断は拒みたいところですが、イグアス様の気持ちが変わらない以上は私たちに変更の権利などありません……』

 もし勝手に変更などしたら国家反逆罪と見なされその場で殺されかねない。誰もが皆自分の命が惜しいことは当然であった。
 だが、その起動従士はマーズに助かって欲しかった。マーズ・リッペンバーという存在はこんなところで失ってなどいけなかった。彼女はここで死ぬわけにはいかなかったのだ。

『……マーズさん、こうなったら方法は二つしかありません。あなたはここで失ってはならない、失ったら世界のためにはなりませんから』
「嬉しいことを言ってくれるじゃない」

 微笑み、頷く。

『一つは私たちに見つかるよりも早く凡ての人間を救出することです。……何とか我々も策を講じます。時間稼ぎが成功すれば良いのですが……ともかくそれが一番幸せな終わりを迎えることが出来るでしょう。ただし、リリーファーを使うことが出来ません……というよりもそれを使うために戻る時間が確保出来ませんから、自ずとリリーファーを使わずして作戦を実行する必要が出てきます。はっきり言ってこれは危険な選択です』
「確かにね。幾らメンバーを集めても大半は学生上がり。それも場数を踏んでいない人間ばかりだから、足手まといになるのは確実……かしら」
『……二つ目は今すぐこの国から脱出することです。あなただけならどの国に行っても起動従士として働くことは出来るでしょう。そして未だこの国が好きだと言うのなら、ほとぼりが覚めてから戻ってきてもいいではないですか』
「駄目よ、それじゃ……。ほとぼりが覚めたとしても私はここへと戻ることが出来ないでしょうね。国を、ヴァリエイブルの力は凄まじい。例えどう誤魔化したとしてもいつか追い付かれてしまう」
『だったら……ヴァリエイブルの力に屈しろというんですか。理不尽じゃないですか、あなたはずっと国のために頑張ってきたというのに!』

 マーズは溜息を吐く。

「しょうがないわよ、起動従士は戦争や紛争が起きない限り必要とされない。それ以外はただの税金ドロボウと言ってもいい。……まぁ、そう思われても仕方無いのかもしれないわね」
『そんなことは……!』
「ありがとう、心配してくれて。だけどあなたはあなたの任務を遂行しなさい。情に流されてチャンスを逃すなんてあってはならないことよ。例え不満な作戦であったとしても、表情一つ変えずに実行する。我々はそうでなくてはならない」
『ロボットと同じではないですか、それでは』

 電話の相手は力なく呟いた。
 予てより起動従士を自動化しようという動きはあった。その方が感情的にならなくて済むし何しろ命令を聞くからだ。人間ならば予想外の事由で思い通りにならないことが多々ある。

「そう。ロボットと同じよ。我々起動従士の究極体がそれと言ってもいい。ロボットは意志を持たない。自らで考えて行動しない。だから重宝されるのよ。使いやすいから。使い勝手がいいから。抗うことをしないから」

 人間の都合というのはいつまでも勝手なものである。

『……ですが、ですが! 我々は人間です!』
「人間……そうね。確かにそうだけれど、でも私たちはロボットに近しい存在であるのは確か。人権こそ認められているけれど立ち位置は……」
『解りました。それじゃ、あなたは……』
「タカトを救う。そしてリリーファーが凡てを破壊する前に赤い翼を完膚なきまでに破壊する」

 マーズはそう言って電話を切った。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


 マーズ・リッペンバーはハリー騎士団の面々を集めて作戦を発表した。

「最初私たちが戦争を阻止するのかと思っていた……だが、思惑は殆ど違った方向に行ってしまった。今言ったとおり、二時間後を目安にコロシアムの全面爆撃が開始される」
「全面爆撃……大会のメンバーも俺たちも全部皆殺しっていうのかよ!?」

 ヴィエンスの言葉にマーズは頷く。

「皆殺しという表現は間違っているかもしれないわね。正確には殺戮と言っていい。それがこのコロシアムで幕を開けようとしている」
「しかもそれをしようとするのが……イグアス・リグレー……王族だってことか……。最低で最悪だな。ここに本人が居たらハッ倒していくレベルだ」
「もしくはここであの忌まわしき歴史を消去するつもりなのかもしれないわね」
「忌まわしき歴史……ティパモール内乱のことか?」

 首肯するマーズ。

「先程も言ったかもしれないけれど、新たなる夜明けはティパモール内乱に関する新しい事実を知っているのだという。それが真実だとすれば、それが世界に公表されてしまったら、世界は混乱してしまうだろうしヴァリエイブルは反感を喰らうことは間違いない。……彼らはティパモールを完膚なきまでに破壊したヴァリエイブルを嫌っているからそれをしようとしているのも頷ける」

 マーズの言葉は至極論理的であった。ティパモール内乱の出来事は未だにヴァリエイブルにも汚点であるといえる。
 その出来事を掘り起こしてしまうような、新しい事実を持っているというのならばそれを公表して欲しくないのも頷ける。
 だが、そのために話し合いをするでもなく強硬姿勢に出るヴァリエイブルはどうなのだろうか、とマーズは思った。コロシアム周辺の住民を殺戮してでもその事実を公表したくないというのだろうか。

「とにかく作戦について説明する。簡単だ、現時点において私はタカト・オーノが新たなる夜明けに捕まったのではないかと推測している」

 その一言に集まっていたハリー騎士団の一員は驚いた。予想していたのかもしれないが、それでもいざ言われると驚いてしまうものだった。

「新たなる夜明けに捕まっているとしたら、新たなる夜明けがどこにいるのかを見つけなくてはならない。……そこで私は調べた。どうやら大会会場の地下に怪しい人影が大量に出入りしているのが目撃されているらしい。それから推測するに、地下に新たなる夜明けがいるのではないかと考えられる」
「その推測からいくと新たなる夜明けは随分と前からコロシアム地下に潜伏して準備を進めていたということか……。いくらなんでも警備がザル過ぎたんじゃないのか?」
「確かにそうね……。それについてはこれが終わってから対策を考えてもらわなくちゃ」

 呟いて、マーズは紙を取り出す。それは畳められており、テーブルに広げていく。

「これはここの地図。断面図というタイプね。断面図を見ると明らかに怪しいスペースが見える。……ほら、例えばこことか」

 そう言って指差した場所にあるのは名前も書かれていない空白のスペースだった。見るからにして怪しいスペースなのに、誰も気付かなかったのだろうか。

「おかしいと思わない?」

 マーズはヴィエンスたちに訊ねる。
 ヴィエンスもコルネリアも薄々ながらその事実に気付いていた。
 もしかしたら――新たなる夜明けはヴァリエイブルとパイプが繋がっているのではないか。それはあまり考えたくない事実であり、出来ることならなっていて欲しくない事実であった。

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