絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百六十三話 背徳の起動従士(前編)

 『マーク・ゼロ』に乗り込んだ起動従士マーズ・リッペンバーは、コックピットでひとり小さく溜息を吐いた。
 第一期第六世代リリーファー『マーク』。リリーファーが確認されてから百年以上の間、人類は研究に研究を重ね、漸くこの境地まで辿り着くことが出来た。
 それは、同性能リリーファーの量産である。リリーファーを量産することは難しかった。だが、このマークは容易に量産が可能であった。最終的にこのマークは第二期第一世代のモデルになり、これを基に第二期リリーファーの製造が開始されたとも言える。
 マークには初めて体温や汗、及び血圧によって起動従士の状態を把握し、その場合に応じて自動的に対応する『リリーファーコントローラ』を導入している。
 マーズはそれに触るのは初めてであったが、不思議とそれには慣れていた。

「これがリリーファーコントローラ……へぇ、こういうのがあるのね」

 士気を高めるためにリリーファーコントローラに触れてみるも、効果は今ひとつ。
 仕方ないだろう。大量虐殺の命令が下って、それを進んで実行するのは先ず精神がまともでない。特に彼女は未だ起動従士になったばかりだし、『少女』と言うべき年齢だ。
 だが、やらねばならない。実行せねばならない。それが彼女の生きる道だからだ。この場合において命令に逆らったら、軍法裁判にかけられるか、或いはその場で殺されるか――どちらにしろ、良い結果を招くことはない。

『マーク・ゼロ、これより作戦を開始する。準備万端か?』

 通信が入った。ノイズ混じりの通信だったのは、ここいらが街中だからなのかもしれない。街中には至るところには電波が発信・受信されている。電波を傍受されないためにもその周波数を避ける必要があるわけだ。
 だが、ノイズが混じっていることを考えると、この周波数も少なからず誰かが傍受している可能性がある――そういうことが考えられる。そういう可能性も考慮して、軍の通信はパッケージングされている。パスワードが無いと通信の送受信がまったく出来ないシステムだ。

「こちらマーク・ゼロ。異常無し、何の問題も無い……何時でも発進出来る」

 マーズは緊張を押さえ込み、丁寧に、かつゆっくりとそれに答える。

『了解。それでは行動を開始してくれ。健闘を祈る』

 その言葉を聞いて、マーズは頷いた。別にその頷きが誰かに見えているわけでもない。確認の意味を込めた行動ともいえよう。
 そして、彼女はゆっくりと深呼吸する。はっきり言ってそんな時間などまったく存在しないのだが、せめて直前くらい落ち着きたいものである。彼女はそう考えていた。
 そして。
 マーズはリリーファーコントローラを強く握った。
 それと同時にマーク・ゼロのメインエンジンが大きく唸りを上げる。『マーク』はリリーファーコントローラに操縦の重点を置いたシステムとなっており、リリーファーコントローラに登録された人間がそれに触れることによってリリーファーが起動する。因みに、リリーファーコントローラに登録するのは指紋と虹彩だ。コックピットに入ると前面に設置されているカメラが虹彩を確認し、さらにリリーファーコントローラに触れることで指紋を確認する。これが両方同じ登録された人間のものであることが確認されれば、初めてメインエンジンが起動するのであった。
 メインエンジンの音を聞きながら、マーズは自然と鼻歌を歌い出す。これから始まるのは通常の思考さえ持っていれば『楽しい』ことなど有り得ない。
 しかしこれが初めての任務であることを付け足すとどうなるだろうか? 訓練学校の学生が初めて起動従士になってからのミッション、即ち本物の、自分だけのリリーファーを操縦出来る機会に恵まれたのである。そう考えれば幾分気持ちが楽しいものになるのも頷けるかもしれない。
 彼女はそんな楽しさを胸に抱えながら、これから行う作戦に背徳すら持っていた。当然だろう、これから行うのは歴史的にも稀な大量虐殺である。それに対していつか批判が起こるかもしれない。いつか彼女に恨みを持つ人間が彼女に牙を剥くことだって――もちろん考えられることだった。
 だが、彼女はそれを理解していた。彼女はそれを了承していた。了承した上で、この作戦に参加しリリーファーに乗っている。
 起動従士は軍の狗――そういう言葉があるくらいだが、そもそもリリーファー自体製造こそ様々な(別に国だけに限らず)場所で生産されているのだから、起動従士は軍人であることにほかならない。
 メインエンジンが、いい感じに暖まってきた――彼女はどことなくそんなことを思った。リリーファーコントローラを握ったまま、それを前に押し出した。



 寺院に到着したヴァルトとグレイシアは、予想外の光景をここで目撃することになった。

「どういうことだよ、これって……!」

 寺院から僧が、一目散に逃げているのだった。
 ヴァルトにとって、その光景は僧に対する高尚さを瓦解させるものであった。
 逃げている僧に、果たしてかっこいいのだろうか? 逃げている僧にかっこよさなど感じるのだろうか?
 それは誰にも理解出来ないことなどではない。誰だって見ていれば、そういう考えに至るはずだ。
 ならば、どうすれば良いのだろうか?

「ヴァルト! 何しているの!」

 しかしその思考はグレイシアの呼び掛けによって強制的に遮断された。

「急いで行かないと……未だ兄さんの姿は見ていないから、中に居るはずよ!」
「確かに……」

 彼は何か話を続けようとしたが、それを止めてグレイシアとともに寺院の中へと入っていった。
 寺院の中はとても暗かった。いつも多くいる僧がまったく居ないからなのかもしれないが、静かだった。その静かな雰囲気がとても恐ろしく感じられた。

「……ここがほんとうにあの寺院なの? まるで別世界みたい……」
「確かにここは寺院だよ。今は僧の人がみんな居なくなってしまったから、これほどまでに静かになっているんだと思う」

 そう言いながらヴァルトはゆっくりと進んでいく。
 背後から何かが聞こえてくる。それは足音だった。足音はひとつではない。二つ、三つ、四つ……いや、それ以上だ。少なくとも十以上のそれが聞こえてくる。

「……何よ?」
「もしかして、もう兵隊がやってきたのか!?」

 ヴァルトは言うと、グレイシアの手を強く握る。

「走るよ!」

 そして二人は駆け出す。後ろから迫ってくる兵隊に見つかったが最後、殺されてしまうだろう。それだけは絶対に嫌だった。何が何でも逃げて、何が何でもこれをヴァリエイブルに報復してやる――それが彼の考えだった。当然だろう。突然にして住むところを破壊され、今まで仲の良かった人間を凡て殺されてしまったのだから。

「俺たちが何をしたって言うんだよ……!」
「ほんとうね。私たちがどんな罪を犯したというの。母さんと父さんはあくまで主権を主張しただけなのに。権利を主張しただけなのに。それだけで殺されて、内乱へと発展していった。そしてその内乱を止めるために、ヴァリエイブルは全力をかけてこのティパモールを潰そうとしている……。いったいどうして? 私たちがそれほどまでに罪を犯したというの? ティパ神様はなにも答えてくれない……。何も言ってくれない……」

 二人はそんな会話を交わしながら、中庭へとやってきた。
 中庭はとても静かだった。どうやら兵隊をどうにか振り払ったようだった。

「……ここまで来れば、大丈夫……?」
「ヴァルト、グレイシア!」

 声が聞こえた。
 その声を聞いて二人は肩を震わせたが、直ぐにその声が誰のものかを理解した。

「……兄さん!」

 二人はそちらを見た。そこに立っていたのはブレイブだった。
 ブレイブの方に駆け寄ると、グレイシアとヴァルトを抱き寄せた。

「二人共無事だったか……! それだけで良かった……」
「兄さんは大丈夫?」
「ああ」

 ブレイブは頷く。

「とりあえず、ここから逃げよう。脱出経路は既に確保してある。あとはここから――」
「隠し通路?」
「そうだ。ここから出るとサラエナの南……アースガルズの国境付近に出る。そこで師匠の知り合いがいるらしいから、そこで待ち合わせている。師匠にはほんとうに頭が上がらない」
「その師匠は?」
「師匠はティパ神様とともに……この寺院を最後まで見守るそうだ。ほんとうは俺もどうにかしようと思ったが……、師匠にこっぴどく叱られてしまった。家族がいるのだから、家族を大事にしろ……とね」
「……それじゃ、この通路を通ればいいんだな。先ずは姉貴、通りなよ」

 ヴァルトの言葉にグレイシアは首を振る。

「先ずは一番下のあなたでしょ、ヴァルト。あなたが入って、次に兄さん。最後に私が入ればいいわ」
「でも俺が一番上……」
「さっさと入らないと、もう寺院に兵隊が入ってきているのよ。何が起きるか解らないのに、ここでもたもたしていたら全員が死んでしまう。さあ、早く入って」

 それを聞いてヴァルトは仕方なく、穴の中へ入っていった。
 その穴はとても狭かったが、まったく進めることが出来ないわけでもなかった。狭いのは最初だけであとは普通に排水路とつながっているようだった。

「いいよー」

 穴の奥から声が聞こえて、次にブレイブが入る。

「私はここを見ているから」

 グレイシアはそう言って、笑みを浮かべる。
 ブレイブはそれに何の違和も抱くことなく、穴の中へ入っていった。
 ブレイブが穴に入り、グレイシアに入ってくるよう言おうとした――その時だった。
 無慈悲にも、一発の銃声が聞こえた。
 それから一瞬遅れてドサリ、と何か重たいものが倒れる音がした。

「……姉貴?」

 ヴァルトは訊ねる。しかしグレイシアの返事はない。
 そこでブレイブは察した。少し遅れてヴァルトも察し、急いで穴へと向かっていく。
 しかしそれはブレイブによって制された。

「兄さん、どうして!?」
「お前も穴に戻ったら殺されるだろう!! グレイシアはきっとそれを思ったんだ……。だから俺を最後じゃなくて、グレイシアを最後にしたんだ……!」
「でも……でも……!」
「俺だって辛いよ……。だが……、このまま出て行ってどうする? みすみす殺されに行くか?」
「じゃあ!」
「生きるしか、ないんだよ」

 ブレイブはヴァルトの肩を持って、言った。
 ブレイブの話は続く。

「生きるしかない。生きて、生き抜くんだ。そして何れ……俺やヴァルトが成長して、大人になったら世界に見せつけてやればいい。今はこうなってしまった。世界の凡てが敵になってしまうかもしれない。だが、俺たちだけは味方だ。だろ?」

 その言葉にヴァルトは頷く。彼は涙を堪えながら、何度も何度も頷く。
 それを見てブレイブは笑いながら彼の頭を撫でた。

「おいおい、泣くなよ。男だろ? きっとグレイシアもそう言うぞ?」
「……兄さん、行こう」

 ヴァルトは涙を拭って、言った。
 ブレイブは無言で頷いた。
 ヴァルトは気付かなかった。ブレイブはヴァルトに泣くなと言っておきながら、彼が一番最初に涙を流していたということに。
 そして彼らは排水路を進む。
 彼らの目には、一筋の光が見えていた。

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