絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百四十五話 predawn
「だって、去年のあれですら結構被害があって、国としても運営としても頭を下げる羽目になったそうよ。特に去年はペイパスのお偉いさんが来てて、ペイパスと共同でやったから尚更」
「尚更、ねえ……。まあ、流石に今年は問題も起きないでしょう。去年よりも警備は厳しくしているとのことだし」
そう言ってマーズはスマートフォンを弄る。
「だったらいいんだけどね。私としてもシミュレーションコースを作るための最終調整が佳境を迎えていてね。それが終わらない限りは手があかないという現状」
「大会でシミュレートマシンを使うってこと?」
メリアはその言葉を聞いてスマートフォンを取り出し、マーズにその画面を見せる。
メリアが少し操作すると、そこにはあるものが映し出されていた。
アスレティックコースの、その断片だった。
「これは……?」
「オフレコでお願いね」
そう言ってメリアは口の前に指を当てる。それを見てマーズも頷く。
「これは大会の競技、アンリアル・アスレティックのコース案。あくまでも案というだけだけどね」
「案、ねえ……」
それよりも彼女が気になったのは、これが大会の競技になるということだ。この競技は去年一年生だった人ならば進級試験という形でやるはずだったもの。それを大会で行おうというのだ。
「本当はあの進級試験でやるはずだったもの。それが結局ボツになってしまったからそれを元に再構成したものを使う。アスレティックとは言うけど、コースがこういうところだけでルールとかはただの障害物走になるとか聞いたよ」
「それってアスレティックというよりも」
「でもコース的にはアスレティックなんだからそれで良いだろう、ってオプティマスから手紙による通達があったからね」
マーズは唾を飲み込む。嘘だとは思いたいが、今までの付き合いからしてメリアがこんな真剣に話しているのに嘘を言うことは無いだろう。
だとしたら、メリアが言っていることはでたらめなんかじゃなくて正真正銘の真実だっていうことだった。
「……それにしても、ほんとうに今年の大会って何もかも変わるのね」
メリアが見せてくれたそれを再度見て、マーズは小さく溜め息を吐く。
メリアは肩を竦めて、
「大会のエンターテイメント性を高めるのが狙いって聞いたわね。去年のあれで観覧者が減ってしまってチケット売上が減ることを恐れたのかも」
『大会』は何もボランティアで行われているわけではない。運営するためには資金が必要だし、スポンサーとなっている各企業及びヴァリエイブル連邦王国から出される資金では足りないのが現状だ。
資金が足りない主な原因としてリリーファーの整備やスタッフの賃金などが挙げられる。リリーファーは年々世代が変わるために、幅広いリリーファーを備えておく必要があり、かつ古くなったリリーファーを変える必要があるから、毎年数台は買い換えているのだ。国から譲り受けることが出来ない理由は、国も『バックアップ』育成のために世代が古いリリーファーを使用するからである。
さらに技術スタッフは学生が最大限活躍出来るようにするため、また、リリーファーの量から必然と多くなってしまう。彼らは手に職を持った……謂わば専門職である。チケット販売を行ったり、会場でビールを売ったり、売店の管理を行うスタッフ――『大会』ではそれを一般スタッフと規定している――とは違うのである。
仕事の種類がより専門的かつ技術的な技術スタッフの賃金は自ずと高くなる。技術スタッフの賃金は今や一般スタッフの二倍近くにまで跳ね上がっているのだ。
「大会もボランティアでやってたらあんな規模で出来ないもんねぇ……。まぁ、だからその分をスポンサーとチケット売上で賄っているのだろうけど」
「それに今年はスポンサーが一つ減ったって。ほら、ユーモルド・コーポレーションってあったでしょ?」
メリアの言葉にマーズは頷く。
ユーモルド・コーポレーションは三大軍事企業の内の一つに指定されている巨大企業である。主な製品は銃であり、リリーファー用と人間用を販売している。
「確かユーモルド・コーポレーションが販売した銃を『赤い翼』が使っていたんだっけ? それで企業イメージががた落ちしたからそれから避けるために今回は……ってことよね」
「たぶんそうだと思う。まぁ、しょうがない話よね。企業イメージが落ちたら企業自体傾いてしまうからね」
そう言ってマーズはココアを啜る。空になったのか、缶を振ってそれを床に置いた。
「……そういう訳で、実際問題、今年はかなり苦しいことになるでしょうね。このモデルがうまくいけば問題ないだろうけど、うまくいかなかったらさらに刷新されて……最終的に大会もろとも無くなることだって……。まぁ、考えたくないけど」
「流石に大会そのものは無くならないでしょ。だってこの大会は学生にとって試験とか卒業とか面倒臭いカリキュラムを凡てすっ飛ばして起動従士になれる登竜門に近い場所だし。無くなったら学校から批判が来るのは、もはや当然のことともいえるでしょう?」
メリアはそう言ってマーズが床に置いた缶を拾うと、屋上から出ていった。
彼女たちの対話は、そうして半ば強引に打ち切られた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その日の夜。
マーズと崇人、その食事でのこと。
「……大会がそこまで大変なことになっているなんて、まったくもって知らなかったな……」
崇人はフォークでスパゲッティを絡めとりながら、言った。
マーズはそれに頷きながら、アップルティーを一口。
「大会のルール及び競技内容が判明するのは明後日になる予定だって、メリアは言っていたわ。少なくとも三つの競技があり、それぞれ難易度は計り知れない……とのこと。まぁ、今回私たちはサポートに回るだけになるけど」
「なるほどな。それにしてもこんなタイミングで発表しても対応出来ないよなぁ……。大会の運営側は何を考えているんだ?」
「そんなこと、私が知りたいわよ」
マーズはガーリックトーストをかじり、それを掴んだ手を紙ナプキンで拭いた。
「一先ず今のところ言えるのは去年みたいなトーナメントとかそういうのではないということ、さらに会場も変わったから対策が非常に取りにくいということかしら」
「去年と会場が違うというのは痛いな……。何とかならなかったのかなぁ?」
「それを私に言われても困るわよ。現に私にはそれほど発言力が無いんだもの」
マーズの呟きに崇人は頷く。
マーズは女神と呼ばれ、起動従士の間では有名な存在だ。だが、だからといってマーズがリリーファーに対して有名だからといって、それが凡てに通用するわけでもない。
マーズの顔が利くのは起動従士で、さらにその狭い範囲でのこと……だからまったく意味の為さないことなのだった。
「ともかく、これに対して詳しい、正式な通知が来るのは明日ってこと。それだけは理解してもらえると助かる」
「理解もなにも今年は出ないからな……。理解してもらうのはどちらかといえばこっちよりも参加する選手の方じゃないのか?」
「選手については、とりあえず私の方から報告しておくからあなたが心配しておく必要はないかな」
「それは真実として受け取っておくよ」
そう言って、崇人はグラスに注がれた水を飲み干した。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「ファルバート・ザイデルの様子はどうだ?」
「大丈夫だ。きちんと命令をこなしているよ。今は、とにかく僕が入っていることを気付かれないように大会に参加しろ、とだけ言っている。それを忠実に守っているよ……。まったく人間というのは常常面白い生き物だよ」
「そういう生き物を僕たちは使っているわけだ」
「それもそうだ。……さて、次はどうする? このまま大会に向かわせるということは……何かビッグなイベントでも待ち構えているということかな」
「察しがいいね。そうだ、そういうことだよ。大会では、それこそドデカイ花火が打ち上がる。ひとつの時代の夜明けにもなりかねない、大事なことだよ」
「ふうん……。それにどう彼らをぶつけていくつもりだい?」
「そりゃあまあ、大会のルール変更だ。うまくそれに噛み合わせていくに決まっている」
「なるほど、悪いねえ君も」
「君ほどじゃないよ、ハンプティ・ダンプティ」
そして。
白の部屋での二人の会話は、静かに終了した。
ゆっくりと、ゆっくりと、時間が動き出す。
夜明けが、すぐそこまで迫ってきていた。
「尚更、ねえ……。まあ、流石に今年は問題も起きないでしょう。去年よりも警備は厳しくしているとのことだし」
そう言ってマーズはスマートフォンを弄る。
「だったらいいんだけどね。私としてもシミュレーションコースを作るための最終調整が佳境を迎えていてね。それが終わらない限りは手があかないという現状」
「大会でシミュレートマシンを使うってこと?」
メリアはその言葉を聞いてスマートフォンを取り出し、マーズにその画面を見せる。
メリアが少し操作すると、そこにはあるものが映し出されていた。
アスレティックコースの、その断片だった。
「これは……?」
「オフレコでお願いね」
そう言ってメリアは口の前に指を当てる。それを見てマーズも頷く。
「これは大会の競技、アンリアル・アスレティックのコース案。あくまでも案というだけだけどね」
「案、ねえ……」
それよりも彼女が気になったのは、これが大会の競技になるということだ。この競技は去年一年生だった人ならば進級試験という形でやるはずだったもの。それを大会で行おうというのだ。
「本当はあの進級試験でやるはずだったもの。それが結局ボツになってしまったからそれを元に再構成したものを使う。アスレティックとは言うけど、コースがこういうところだけでルールとかはただの障害物走になるとか聞いたよ」
「それってアスレティックというよりも」
「でもコース的にはアスレティックなんだからそれで良いだろう、ってオプティマスから手紙による通達があったからね」
マーズは唾を飲み込む。嘘だとは思いたいが、今までの付き合いからしてメリアがこんな真剣に話しているのに嘘を言うことは無いだろう。
だとしたら、メリアが言っていることはでたらめなんかじゃなくて正真正銘の真実だっていうことだった。
「……それにしても、ほんとうに今年の大会って何もかも変わるのね」
メリアが見せてくれたそれを再度見て、マーズは小さく溜め息を吐く。
メリアは肩を竦めて、
「大会のエンターテイメント性を高めるのが狙いって聞いたわね。去年のあれで観覧者が減ってしまってチケット売上が減ることを恐れたのかも」
『大会』は何もボランティアで行われているわけではない。運営するためには資金が必要だし、スポンサーとなっている各企業及びヴァリエイブル連邦王国から出される資金では足りないのが現状だ。
資金が足りない主な原因としてリリーファーの整備やスタッフの賃金などが挙げられる。リリーファーは年々世代が変わるために、幅広いリリーファーを備えておく必要があり、かつ古くなったリリーファーを変える必要があるから、毎年数台は買い換えているのだ。国から譲り受けることが出来ない理由は、国も『バックアップ』育成のために世代が古いリリーファーを使用するからである。
さらに技術スタッフは学生が最大限活躍出来るようにするため、また、リリーファーの量から必然と多くなってしまう。彼らは手に職を持った……謂わば専門職である。チケット販売を行ったり、会場でビールを売ったり、売店の管理を行うスタッフ――『大会』ではそれを一般スタッフと規定している――とは違うのである。
仕事の種類がより専門的かつ技術的な技術スタッフの賃金は自ずと高くなる。技術スタッフの賃金は今や一般スタッフの二倍近くにまで跳ね上がっているのだ。
「大会もボランティアでやってたらあんな規模で出来ないもんねぇ……。まぁ、だからその分をスポンサーとチケット売上で賄っているのだろうけど」
「それに今年はスポンサーが一つ減ったって。ほら、ユーモルド・コーポレーションってあったでしょ?」
メリアの言葉にマーズは頷く。
ユーモルド・コーポレーションは三大軍事企業の内の一つに指定されている巨大企業である。主な製品は銃であり、リリーファー用と人間用を販売している。
「確かユーモルド・コーポレーションが販売した銃を『赤い翼』が使っていたんだっけ? それで企業イメージががた落ちしたからそれから避けるために今回は……ってことよね」
「たぶんそうだと思う。まぁ、しょうがない話よね。企業イメージが落ちたら企業自体傾いてしまうからね」
そう言ってマーズはココアを啜る。空になったのか、缶を振ってそれを床に置いた。
「……そういう訳で、実際問題、今年はかなり苦しいことになるでしょうね。このモデルがうまくいけば問題ないだろうけど、うまくいかなかったらさらに刷新されて……最終的に大会もろとも無くなることだって……。まぁ、考えたくないけど」
「流石に大会そのものは無くならないでしょ。だってこの大会は学生にとって試験とか卒業とか面倒臭いカリキュラムを凡てすっ飛ばして起動従士になれる登竜門に近い場所だし。無くなったら学校から批判が来るのは、もはや当然のことともいえるでしょう?」
メリアはそう言ってマーズが床に置いた缶を拾うと、屋上から出ていった。
彼女たちの対話は、そうして半ば強引に打ち切られた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その日の夜。
マーズと崇人、その食事でのこと。
「……大会がそこまで大変なことになっているなんて、まったくもって知らなかったな……」
崇人はフォークでスパゲッティを絡めとりながら、言った。
マーズはそれに頷きながら、アップルティーを一口。
「大会のルール及び競技内容が判明するのは明後日になる予定だって、メリアは言っていたわ。少なくとも三つの競技があり、それぞれ難易度は計り知れない……とのこと。まぁ、今回私たちはサポートに回るだけになるけど」
「なるほどな。それにしてもこんなタイミングで発表しても対応出来ないよなぁ……。大会の運営側は何を考えているんだ?」
「そんなこと、私が知りたいわよ」
マーズはガーリックトーストをかじり、それを掴んだ手を紙ナプキンで拭いた。
「一先ず今のところ言えるのは去年みたいなトーナメントとかそういうのではないということ、さらに会場も変わったから対策が非常に取りにくいということかしら」
「去年と会場が違うというのは痛いな……。何とかならなかったのかなぁ?」
「それを私に言われても困るわよ。現に私にはそれほど発言力が無いんだもの」
マーズの呟きに崇人は頷く。
マーズは女神と呼ばれ、起動従士の間では有名な存在だ。だが、だからといってマーズがリリーファーに対して有名だからといって、それが凡てに通用するわけでもない。
マーズの顔が利くのは起動従士で、さらにその狭い範囲でのこと……だからまったく意味の為さないことなのだった。
「ともかく、これに対して詳しい、正式な通知が来るのは明日ってこと。それだけは理解してもらえると助かる」
「理解もなにも今年は出ないからな……。理解してもらうのはどちらかといえばこっちよりも参加する選手の方じゃないのか?」
「選手については、とりあえず私の方から報告しておくからあなたが心配しておく必要はないかな」
「それは真実として受け取っておくよ」
そう言って、崇人はグラスに注がれた水を飲み干した。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「ファルバート・ザイデルの様子はどうだ?」
「大丈夫だ。きちんと命令をこなしているよ。今は、とにかく僕が入っていることを気付かれないように大会に参加しろ、とだけ言っている。それを忠実に守っているよ……。まったく人間というのは常常面白い生き物だよ」
「そういう生き物を僕たちは使っているわけだ」
「それもそうだ。……さて、次はどうする? このまま大会に向かわせるということは……何かビッグなイベントでも待ち構えているということかな」
「察しがいいね。そうだ、そういうことだよ。大会では、それこそドデカイ花火が打ち上がる。ひとつの時代の夜明けにもなりかねない、大事なことだよ」
「ふうん……。それにどう彼らをぶつけていくつもりだい?」
「そりゃあまあ、大会のルール変更だ。うまくそれに噛み合わせていくに決まっている」
「なるほど、悪いねえ君も」
「君ほどじゃないよ、ハンプティ・ダンプティ」
そして。
白の部屋での二人の会話は、静かに終了した。
ゆっくりと、ゆっくりと、時間が動き出す。
夜明けが、すぐそこまで迫ってきていた。
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