絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百四十四話 敗因

 シルヴィア・ゴーファンとファルバート・ザイデルの戦いはシルヴィア・ゴーファンの圧倒的戦力差による勝利によって終了した。
 ファルバートは帰り道、サイダーを飲みながら歩いていた。その様子はあまりにも憔悴しきっていて、とても声をかけられる様子ではなかった。

「……おい、出てこいよ。すぐそばにいるんだろ?」

 それを聞いて少女は小さく舌打ちして、外に飛び出してきた。

「バレてしまったか。……で、どうかした?」
「どうかした、じゃない。同調ができないなんて聞いたことないぞ!」
「聞いたことない、なんて言われてもなあ」

 少女は肩を竦める。

「あれは君自身とリリーファーの問題だよ? リリーファーが君に『合わなかったら』同調しようなんて思わない。よく、馬が合うなんて言うでしょ? それと一緒のこと」
「それと一緒、ねえ……。即ち、僕はリリーファーに合わないということか」
「それどころか、起動従士に向いてないかも。今からメカニックに転向する手もあるよ?」

 ファルバートにとってそれは死んでも嫌だった。起動従士になることを望んだ彼だからこそ、今この立場に居るのだ。それを無碍にしたくはなかった。
 だから、彼は首を振った。それは少女の提案を明確に拒否するものであった。

「ふうん……強情だねぇ。そこまで拘る必要もなかろうに」
「あんたに何が解る……」

 ファルバートは怒りのあまり、持っていたサイダーの缶を握り潰した。
 それを見て少女は口を隠し、クスクスと笑うと、

「そこまで怒らなくてもいいだろうに。私はあくまでも君に力をあげているんだよ? それによって君はあの戦闘を実現出来たと言っても過言ではない。だがね、君はそれでも敵わなかった。相手の実力のほうが、さらに上回っていたんだよ。君がそれを理解しているかどうかは別の話になるけど」

 それは遠回しに、ファルバート本来の力じゃシルヴィアには敵わなかった――ということを意味していた。彼もそれは実感していた。でも、受け入れたくなかった。受け入れようとは思いたくなかったのだ。
 ファルバートは舌打ちしてさらに歩くスピードを早めていく。

「そもそも少年少女はかなりの確率で起動従士になろうなんて考えているけど、はっきり言ってそれってどうなんだろうね? 起動従士という地位が、人間にとってそれほど羨ましいものだということなのかもしれないけど」
「起動従士という地位を君は理解していないようだから、ここではっきりと言っておこう。この世界においてリリーファーに乗ることが出来る……もっと言うならその資格を持っている人間はまさに『英雄』になれる。人々のためにその力を発揮することが出来る。それこそが英雄に定められた使命だ」
「……使命、ねぇ。なんというか人間らしいが、くだらないものだよね。そんなものに囚われるからこそ、人間は成長しようとしないのだから」
「君はさっきから人間に対して猜疑心を抱いているようだが……」

 ファルバートはふとここで気になったことを少女にぶつけてみた。それは、少女が人間を憎んでいるのではないか、ということだ。
 それを聞いて少女は薄らと笑みを浮かべる。

「……どうしてそう思ったのですか?」
「疑問を疑問で返すとは、知的ではないな」
「だから、何がどうしたというのですか、ファルバート? 私は別に人間に対して猜疑心など抱いては……」
「いない、と? それは神に向かってでも言えるか?」
「神」

 少女は反芻する。

「神、ね。わたし、神って存在がどうも好きじゃないの。自分が『精霊』だからかしら?」

 くるくると回りながら、少女は答える。
 精霊だから――か。ファルバートは呟くとさらに歩を進めていく。
 もう疲れてしまった彼は、そのまま帰宅して――そのまま眠りたかった。


 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


「……なによあいつ。ぶつぶつと独り言をぶーたれて。なんというか不気味なやつね」

 リリーファーシミュレートセンターの屋上。双眼鏡を覗いているマーズ・リッペンバーの姿があった。
 なぜ彼女がファルバートを監視しているかといえば、それは簡単だ。彼女がファルバートの行動に疑問を抱いていたからである。ファルバートは途中まったく動かなくなってしまっていた。あれは未だに彼が手を抜いたから――マーズはそう考えていたが、しかし彼女はファルバートが退出するとき、あるものを見逃さなかった。
 それは微小な口の動きだ。ほんとうにわずかなものであったが、しかしそれは確実にマーズに違和を抱かせるには充分な証拠にもなった。

「……幻聴に答えている。いや、そういうわけでも無さそうね……。うーん、姿が見えないから今のところは『幻聴』で処理するしかないのだろうけれど」

 マーズにはファルバートの話し相手が誰であるか見えなかった。少女は可視化していないから当然のことでも言えるのだろうが、それがマーズの疑問をさらに深めていった。

「結局……何と話しているんだ、あいつは? 理解が出来ない。見えないものを理解しようなんて無茶な話だが……ひゃんっ!」

 言葉の最後にマーズがそんな呆気ない反応を示したのは、頬に冷たい何かが当たったからである。
 そちらの方を見るとそこには冷たい缶コーヒーを二つ持ったメリアの姿があった。

「……メリア。驚いたわよ、急にそんなことして」
「べっつにー。何かマーズが面白そうなことをしているから、ちょっとちょっかい出してみようかなーと思っただけです」
「タチが悪いわね、ほんと」

 そう言ってマーズは再び双眼鏡を覗く。もうそこにはファルバートの姿は写っていなかった。見失ったということだ。そう思い、彼女は小さく溜息を吐いて、メリアと向き合った。
 缶コーヒーのタブを起こすと、プシュと空気が抜ける音がした。そしてタブを元に戻し、マーズはそれを一口啜った。

「……苦い」
「あれ? あんたまだコーヒー飲めなかったっけ?」

 悪戯っぽくメリアが微笑む。わざとだ――マーズはすぐにそう思うと、もう一口飲んでやった。

「苦い、苦いぃ……!」

 マーズはそう言って咳き込んだ。どこかにコーヒーが入ったわけではなく、あまりの苦さに……ということだろう。余談だが、このコーヒーはカカオ豆がたくさん入っているとかそういうのではなく、ごくごく一般的に販売されているコーヒーである。
 メリアは笑うと、マーズに別のものを差し出す。
 それはココアだった。ココアとホット・チョコレートはそれぞれ似たような飲料であるが、だからといってそれが等しいものではない。ココアはカカオ豆から油脂ココアバターを減らしたものをパウター化したものから作られ、それ以外を溶かして作るのをホット・チョコレートだという。よってココアとホット・チョコレートは同義ではなく、まったく別物の飲料であるのだが、時折それを誤用して、同義であるとする場所もある。ちなみにマーズに手渡したのは、列記としたココアである。
 マーズはココアが大好きだ。だからそれを手に取ると、鼻歌を歌いながらタブを開け一口啜る。すぐに口の中に濃厚な甘味が広がった。

「……ほんと、あんたって子供っぽいものが好きよね……。『女神』を信仰している人たちから見ればどう映るのかしら」
「あら? きっとこういうのも新鮮だとか言ってこれも含めて信仰してくれるわよ。というか、別に信仰してくれと言って信仰してもらっているわけじゃないのだから、好き勝手しても自由だとは思わない?」

 メリアはマーズから半ば強引に渡されたコーヒーを啜る。

「……まあ、そういう苦労もあるのよね。起動従士って。大変ちゃあ大変か」
「そうよ。それに今は騎士道部という部活の顧問もやっているし、しかも大会の顧問もやらなくちゃならないわけ。アリシエンス先生が一応大会に来てくれるから、私は補佐という役割で収まりそうな感じはするけれど……それでも大会時に何かあった時にすぐに駆けつけられなくなるんじゃないか、って心配はあるわね」
「そんな縁起でもないことを言わないでよ。去年のアレですら、大会の運営を辞めるべきだって声が出てきたんだから。今年もあったらそれこそ運営形式を変える必要がある……なんてことを言われているくらいなのに」
「あら、そうなの? それは初耳」

 マーズは目を丸くして、ココアを啜った。

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