絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百三十七話 交流会Ⅲ
次の日。
騎士道部の部室にはそれに似つかわしくないものが置かれていた。例えば冷蔵庫、例えばブルーシートなどだ。
冷蔵庫は百歩譲としてもブルーシートを使う理由が到底理解できないだろう。少なくとも今現時点で騎士道部に所属している人間しかそれは到底理解できないことであるのは事実だった。
「……時間は今日の午後。授業が終わってからね。授業は確か早く終わるはず……よね?」
「一年生はそうだろ。二年生は午後アリシエンス先生の講義があるからサボタージュは無理」
崇人の言葉を聞いてマーズはがっくりと肩を落とす。
崇人はそれを見て小さく溜め息を吐くと、
「無理なもんは無理だよ。訓練とか演習ならともかく、単なる顔合わせとそれに付随する話し合いだけだぞ。嘘でも言えば何とかなるかもしれないが、万が一後でバレれば何されるか解ったもんじゃないし、下手したらそれを教唆したってんでマーズまで何か言い種をつけられる可能性だってあるわけだな」
「まぁ、そりゃ解りきった話よ。ただ午後の自由が確定しているなら午後イチでやっちゃおっかなーって思っただけ」
「なるほどな」
崇人は頷く。それも道理だ。
「でも、そうだとしても、二年生が午後イチから参加は無理だ。まぁ、一時間しか無いし、それに『大会』云々はアリシエンス先生も知っているはずだからな。延長とかは無いだろ……きっと」
そう言って崇人は目線を横に逸らす。余談だがアリシエンスは話の大好きな人間である。リリーファーのことを話していたのに気付けば料理のレシピとか味の好みの話をしていたり……そういうのがざらにある。そのためかアリシエンスの持つ講義は基本的に二時間或いはその後が何もないところに置かれている。今までの最大は一時間の講義で授業が七週連続進まなかったことだろう。言わずもがな、その七週分は雑談で消滅している。
それを見てマーズは歩き出す。
「まぁ、いいわ。もう一時間目も始まっちゃうわよ? 遅刻して怒られるのもつまらないんじゃないかしら」
「そう言われたらマーズのことを手伝っていたから遅れました、とでも言うさ」
「いくらなんでもそれってひどくない? 責任の押し付けだよね?」
「さぁどうかな」
そう言って崇人は笑みを浮かべ、教室の外に出た。マーズもそれを見て後を追う。
「それじゃ、また授業が終わってからということで。授業が終わり次第追いかけてちょうだい。私たちは午前の授業が終わってからすぐに向かうから」
「ああ、解った」
鍵を締めたのを確認して、マーズと崇人はそこを後にした。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
午前の授業が終わったシルヴィアたちはマーズに言われたとおり、騎士道部の部室へとやってきていた。既に部屋は空いていて、中に入るとマーズが出迎えてくれた。
「やっぱり一年生は午後の授業はないってことでいいのかしら?」
マーズが訊ねると、シルヴィアは頷く。
それを見てマーズは心の中で溜息を吐いた。もしこれで一年生もダメだった……ということになればこの時間に行くことが出来ない。メリアにはこの時間からだと言っているので、今更時間変更を申し付けても何かぐちぐちと言われるに違いなかった。
「……まあ、いいわ。とりあえず荷物を持ってもらえる? これから鉄道でターム湖の方まで向かうから」
「こんなにたくさんの荷物を……どうやって?」
「それは新入生の腕の見せどころでしょう?」
それを聞いてファルバートは、一歩前に出る。
「それはどうなんでしょうか。もともとマーズさんがやろうと言い出したものです。マーズさんが何らかのことを実行しておく或いは準備しておくのが常なのではないでしょうか」
「ふむ……」
ファルバートの言葉を聞いて、マーズはなにも言えなくなってしまった。だって彼の言っていることは間違いないのだから。
「まあ、いいわ。これは私が何とかしておくからあなたたちは先に駅に行ってなさい。私も後で追うから」
そう言って新入生たちを強引に外へ引きずり出したマーズ。最初は疑問を浮かべている新入生だったが次第にことを理解し、散り散りに駅へと向かっていった。
それを見てマーズは溜息を吐く。
先ずはこの大量の荷物をどうすべきか。
さて、どうすべきだろうか?
「うーん……」
「どうなさいましたか、何かお困りのようですが」
その声を聞いてマーズは振り返る。気づくと扉の前にはアリシエンスが立っていた。
「あ、あれ……アリシエンス先生、午後は二年生の講義があったはずじゃあ……」
「それがね。なんでも課題に支障をきたしそうだったから、それじゃ来週もあるから、ということで自習に」
「そうだったんですか。課題というのは……」
「ああ、いや。私の教科ではありませんよ? 課題は出さない主義ですから」
そう言ってアリシエンスは鼻を鳴らす。いや、実際問題そこで偉ぶる気分にはなれないしなれるわけがないのだが。別に課題を出さずとも一定の評価基準のもと、評価を行っている先生だっている。いないわけではない。
ただ、実際には評価するのが非常に面倒であり――学生を無事進級させるための口実とはいえ、課題を出すのを渋る先生がいるのも事実である。アリシエンスもその一人で、彼女の出す小テストにより成績が決定される。
「先生の問題は難しいと評判ですよ」
そう言ってマーズは笑う。
それを聞いてアリシエンスは目を丸くして、
「あら、それは予想外でしたね。私としては随分と簡単に作ったつもりなのに」
「そりゃ、エリートで最前線を突っ走ってきたあなたと、今の世代しか解らない学生の言葉を同義と思っちゃいけませんよ。昔と今は大きく変わってしまったんですから、それを理解しなくては」
「なんだかあなたに言われるとは思わなかったわ」
アリシエンスは一歩踏み出し、部屋の中へと足を踏み入れる。
「ところで、何かお困りのようでしたが?」
そこでマーズは思い出した。そうだ、そうだった。サクラを見に行くための器材を入れる袋のようなものを探していたのだった。
それを簡略化してアリシエンスに伝える。はっきり言って今の彼女の行動は部活動中ほかならないのでほかの先生に協力を得るのはあまり好ましくない。けれど、アリシエンスはその笑顔を崩さずに、
「ははあ、なるほど。解りました。それじゃその素材はなんでも構いませんので? 魔法を使った素材でもじゅうぶんに結構である……そういうことでいいんですよね?」
その言葉はマーズが伝えたかったこと、そして今さっきマーズが伝えたことを簡単にかつ解りやすくまとめたものだった。さすが長年先生としてこの学校にいるだけあるというものだ。
アリシエンスは首を傾げる。
「えーと……ないことにはないですが」
「それは?」
「――魔導空間を利用した収納ですよ」
魔導空間。
名前のとおり魔法によって導かれた空間のことをいい、この空間では上も下も理解出来ない。それどころか重力が働いていないため、そこにいる存在は常に浮いているのだ。
その魔導空間に収納? どういうことだろうか……マーズは問おうとしたとき、アリシエンスがあるものを取り出した。
「ほんとは私のものでしたが、少しの間お貸ししましょう。別に減るものでもありませんし」
そう言ってアリシエンスが手渡したのは、がま口の財布だった。小さい財布で小銭が幾らか入ればもうその財布は満杯になってしまうだろう。そう考えるほどの小ささだった。
「……これが魔導空間と繋がっている、というんですか?」
こくり、とアリシエンスは頷いた。
騎士道部の部室にはそれに似つかわしくないものが置かれていた。例えば冷蔵庫、例えばブルーシートなどだ。
冷蔵庫は百歩譲としてもブルーシートを使う理由が到底理解できないだろう。少なくとも今現時点で騎士道部に所属している人間しかそれは到底理解できないことであるのは事実だった。
「……時間は今日の午後。授業が終わってからね。授業は確か早く終わるはず……よね?」
「一年生はそうだろ。二年生は午後アリシエンス先生の講義があるからサボタージュは無理」
崇人の言葉を聞いてマーズはがっくりと肩を落とす。
崇人はそれを見て小さく溜め息を吐くと、
「無理なもんは無理だよ。訓練とか演習ならともかく、単なる顔合わせとそれに付随する話し合いだけだぞ。嘘でも言えば何とかなるかもしれないが、万が一後でバレれば何されるか解ったもんじゃないし、下手したらそれを教唆したってんでマーズまで何か言い種をつけられる可能性だってあるわけだな」
「まぁ、そりゃ解りきった話よ。ただ午後の自由が確定しているなら午後イチでやっちゃおっかなーって思っただけ」
「なるほどな」
崇人は頷く。それも道理だ。
「でも、そうだとしても、二年生が午後イチから参加は無理だ。まぁ、一時間しか無いし、それに『大会』云々はアリシエンス先生も知っているはずだからな。延長とかは無いだろ……きっと」
そう言って崇人は目線を横に逸らす。余談だがアリシエンスは話の大好きな人間である。リリーファーのことを話していたのに気付けば料理のレシピとか味の好みの話をしていたり……そういうのがざらにある。そのためかアリシエンスの持つ講義は基本的に二時間或いはその後が何もないところに置かれている。今までの最大は一時間の講義で授業が七週連続進まなかったことだろう。言わずもがな、その七週分は雑談で消滅している。
それを見てマーズは歩き出す。
「まぁ、いいわ。もう一時間目も始まっちゃうわよ? 遅刻して怒られるのもつまらないんじゃないかしら」
「そう言われたらマーズのことを手伝っていたから遅れました、とでも言うさ」
「いくらなんでもそれってひどくない? 責任の押し付けだよね?」
「さぁどうかな」
そう言って崇人は笑みを浮かべ、教室の外に出た。マーズもそれを見て後を追う。
「それじゃ、また授業が終わってからということで。授業が終わり次第追いかけてちょうだい。私たちは午前の授業が終わってからすぐに向かうから」
「ああ、解った」
鍵を締めたのを確認して、マーズと崇人はそこを後にした。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
午前の授業が終わったシルヴィアたちはマーズに言われたとおり、騎士道部の部室へとやってきていた。既に部屋は空いていて、中に入るとマーズが出迎えてくれた。
「やっぱり一年生は午後の授業はないってことでいいのかしら?」
マーズが訊ねると、シルヴィアは頷く。
それを見てマーズは心の中で溜息を吐いた。もしこれで一年生もダメだった……ということになればこの時間に行くことが出来ない。メリアにはこの時間からだと言っているので、今更時間変更を申し付けても何かぐちぐちと言われるに違いなかった。
「……まあ、いいわ。とりあえず荷物を持ってもらえる? これから鉄道でターム湖の方まで向かうから」
「こんなにたくさんの荷物を……どうやって?」
「それは新入生の腕の見せどころでしょう?」
それを聞いてファルバートは、一歩前に出る。
「それはどうなんでしょうか。もともとマーズさんがやろうと言い出したものです。マーズさんが何らかのことを実行しておく或いは準備しておくのが常なのではないでしょうか」
「ふむ……」
ファルバートの言葉を聞いて、マーズはなにも言えなくなってしまった。だって彼の言っていることは間違いないのだから。
「まあ、いいわ。これは私が何とかしておくからあなたたちは先に駅に行ってなさい。私も後で追うから」
そう言って新入生たちを強引に外へ引きずり出したマーズ。最初は疑問を浮かべている新入生だったが次第にことを理解し、散り散りに駅へと向かっていった。
それを見てマーズは溜息を吐く。
先ずはこの大量の荷物をどうすべきか。
さて、どうすべきだろうか?
「うーん……」
「どうなさいましたか、何かお困りのようですが」
その声を聞いてマーズは振り返る。気づくと扉の前にはアリシエンスが立っていた。
「あ、あれ……アリシエンス先生、午後は二年生の講義があったはずじゃあ……」
「それがね。なんでも課題に支障をきたしそうだったから、それじゃ来週もあるから、ということで自習に」
「そうだったんですか。課題というのは……」
「ああ、いや。私の教科ではありませんよ? 課題は出さない主義ですから」
そう言ってアリシエンスは鼻を鳴らす。いや、実際問題そこで偉ぶる気分にはなれないしなれるわけがないのだが。別に課題を出さずとも一定の評価基準のもと、評価を行っている先生だっている。いないわけではない。
ただ、実際には評価するのが非常に面倒であり――学生を無事進級させるための口実とはいえ、課題を出すのを渋る先生がいるのも事実である。アリシエンスもその一人で、彼女の出す小テストにより成績が決定される。
「先生の問題は難しいと評判ですよ」
そう言ってマーズは笑う。
それを聞いてアリシエンスは目を丸くして、
「あら、それは予想外でしたね。私としては随分と簡単に作ったつもりなのに」
「そりゃ、エリートで最前線を突っ走ってきたあなたと、今の世代しか解らない学生の言葉を同義と思っちゃいけませんよ。昔と今は大きく変わってしまったんですから、それを理解しなくては」
「なんだかあなたに言われるとは思わなかったわ」
アリシエンスは一歩踏み出し、部屋の中へと足を踏み入れる。
「ところで、何かお困りのようでしたが?」
そこでマーズは思い出した。そうだ、そうだった。サクラを見に行くための器材を入れる袋のようなものを探していたのだった。
それを簡略化してアリシエンスに伝える。はっきり言って今の彼女の行動は部活動中ほかならないのでほかの先生に協力を得るのはあまり好ましくない。けれど、アリシエンスはその笑顔を崩さずに、
「ははあ、なるほど。解りました。それじゃその素材はなんでも構いませんので? 魔法を使った素材でもじゅうぶんに結構である……そういうことでいいんですよね?」
その言葉はマーズが伝えたかったこと、そして今さっきマーズが伝えたことを簡単にかつ解りやすくまとめたものだった。さすが長年先生としてこの学校にいるだけあるというものだ。
アリシエンスは首を傾げる。
「えーと……ないことにはないですが」
「それは?」
「――魔導空間を利用した収納ですよ」
魔導空間。
名前のとおり魔法によって導かれた空間のことをいい、この空間では上も下も理解出来ない。それどころか重力が働いていないため、そこにいる存在は常に浮いているのだ。
その魔導空間に収納? どういうことだろうか……マーズは問おうとしたとき、アリシエンスがあるものを取り出した。
「ほんとは私のものでしたが、少しの間お貸ししましょう。別に減るものでもありませんし」
そう言ってアリシエンスが手渡したのは、がま口の財布だった。小さい財布で小銭が幾らか入ればもうその財布は満杯になってしまうだろう。そう考えるほどの小ささだった。
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