絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十九話 精神論

 マーズの話はまだまだ続く。学生の一部には眠気を催しているのか欠伸をしていたり、既に机に突っ伏しているのもいる。しかしマーズはそれを気にすることなく、まだ話を続けていく。

「私がまだ起動従士になったばかりの頃、二人の人間に別々の言葉を言われました。どちらも反対な意見を口にしたのです。片方は、先輩の起動従士……今はもう引退してしまいましたが、彼はこう言いました。『精神論なんてくそくらえだ』と。私はその意味を理解できず訊ねました。……ところで、精神論と聞くと何が思い浮かびます? はい、そこの居眠りしている学生。ちょっと申し訳ないけど後ろの人起こしてねー」

 突然呼びかけられた学生は仕方なく前にいる学生の肩を小突く。学生は何があったんだという気持ちでゆっくりと起き上がる。まだ状況を理解できていない様子だったが、マーズはにっこりと微笑んで、

「はい、それじゃあなたに改めて質問です。『精神論』とはいったいどういう状況を指すと思います?」
「精神論……精神さえ良ければなんでも出来る、とかそういう感じですか」
「まあ、正しいっちゃ正しいですね。つまりはそういうことです。いくら肉体を鍛えていても、いくら技術を覚えていても、精神がダメになってしまえばなにも出来なくなる……よく聞いたことあるでしょう。『もう少し精神的に押していれば勝っていた』だの気合負けだの、根性論と真逆のことを言うわね。つまり、人間の精神力が物質的な劣勢を跳ね除けることが出来るという考えよ」

 マーズは言った。
 精神論。崇人は聞いて、確かにそうだと思った。精神論は間違っている。が、精神がやられてしまえばそもそも物質的に勝つことなんて不可能だ――崇人はそれを身をもって知っていた。
 マーズの話はさらに続く。

「だから、兵士にこう言われたときは驚いたわ。『起動従士なんて精神論で突っ走ればなんとかなるだろ。俺たちみたいなのとは違うんだから』って。何を言っているのかまったく解らなかった。つまり、一般兵士から見た起動従士なんてそんなものなの。起動従士はほかの兵士と違う。だから、起動従士には一般兵士以上の強い精神を持っているはずだ。強い肉体を持っているはずだと勝手に位置づけてしまう。一部はそれで正しい人間がいるかもしれない。でも、大半はそうじゃない。精神が弱い起動従士もいれば、肉体が弱い起動従士だっている。そういう人間はフルで出動しないから、知らないだけ。そして私みたいに元気な起動従士であればあるほど、メディアでの露出があった時に注目されやすくなる。だから、国としても元気で活発な精神と肉体を持った起動従士をよく登用する。だからこそ、そういう起動従士が減ってしまう。例え、私よりも強くても精神が弱かったら負けてしまうんじゃないか、と思っている弱腰の『上』はね」

 ちょうどチャイムが鳴ったのは、そんなタイミングのことだった。外から轟音が聞こえる。よく見れば外は豪雨になっていた。

「おっと、もうこんな時間ね……。それじゃ、今回はこのへんで。もし私に何か聞きたいことがある学生は非常勤教師詰め室……ってわかるかなあ。この学舎の二階にある小部屋で、図書館の隣にあるんだけど、そこにいるから。あと昼食はハリー騎士団のみんなで食べようと思っているからそのタイミングでもいいわ」
 そう言って、つかつかとマーズは去っていった。
 それをただ崇人たちは、見送ることしかできなかった。


◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇


「おい、タカト。なんだよあれ」

 ヴィエンスから言われた崇人は、口をへの字に曲げて答える。

「僕だって知らねえよ。言われたのは昨日の話だぞ? それにどういう役職に就くのかも、だ。そんなタイミングでお前たちに報告するのが最速で今日の朝。だったら言わないでおいたほうがいいだろ」
「……なんというかなあ。あの『女神』サマが考えていることはまったく解らん」

 ヴィエンスは皮肉混じりに、あえて彼女の愛称で言った。

「ねえねえ、私マーズさんの話聞いてすごいかっこいいなあって改めて思っちゃった! 前会った時もすごかったけど……今の方も断然良かったよ!」

 気分が高揚しているのか、少し声のトーンが高くなっているリモーナが会話に割り入ってきた。

「そうかなあ……。いつも一緒にいるから良さがイマイチ理解出来ないだけなのかもしれないだけかな」
「そうかもしれないよ? ほら、よく言うでしょ。あまりにもすごい人と一緒に過ごしていると自分の感性というか基準がおかしくなって、その人のすごさがイマイチピンと来なくなっちゃうって」
「うーん……まあ、そうなのかもしれないな」

 崇人はぎこちなく答えた。
 崇人はここで忘れていた。マーズが最後に言った、あの言葉を。


 ――昼食はハリー騎士団と取る


 それを必然と理解するのは、それから数時間後のことであった。



 昼食。いつもの通り食堂でカレーうどんを注文する崇人、カレーを注文するヴィエンス、なんだかよくわからない定食を注文するリモーナとケイス、そして――。
 ――カレーうどんを注文し、崇人の隣でうどんをすすっているマーズ・リッペンバー。

「いやいや、おかしいだろ!?」

 崇人がうどんを啜るのをやめ、この状況につっこみを入れた。それを聞いたマーズは驚いてうどんを啜るのをやめる。

「ど、どうした……? 何か悪いことでもあったか……?」
「そういうことじゃなくて! どうして俺たちと一緒に食べているんだ、って話!」
「別にいいじゃんかタカト。僕だって光栄だよ? 『女神』マーズ・リッペンバーと食事が出来るなんて」

 そう言ったのはケイスだった。
 さらに、ほかの反応。

「別に一緒に食べるもなにも変わらないだろ。そもそも俺たちは同じ騎士団なのだから」とヴィエンス。
「そうですよ。私は別に同じ騎士団とかそういう高尚なアレではないですけど……それでもマーズさんを仲間はずれにするのはよくありません!」とリモーナ。

 とどのつまり。
 崇人の意見に味方する存在など、今この時点において居なかったのである。
 仕方なく崇人は再びうどんをすすり始める。もうこれ以上抵抗しても仕方ないことだ――そう思ったからだ。

「そういえば、ほんとうにどうしてマーズはここに来ることになったんだよ。何か理由でもあるんじゃないのか?」

 崇人は昨晩言った内容を再び彼女に訊ねる。
 対してマーズはうどんを啜ったあと、

「まだ言えないんだよねえ……。部活動ってもう完全に決定したらしいし、部室でさわりだけなら話してもいいけどさ」
「部室で? というかなんでお前が完全に部活動の許可が下りたことを知っているんだよ」

 崇人の言葉と同時にマーズは崇人にある紙をつきつけた。
 それにはこう書かれていた。
 ――マーズ・リッペンバー特別教師を『騎士道部』の顧問に任命する。
 短く、そう書かれていた。

「……は?」

 崇人はそれを見て言葉を失う。
 マーズはその表情を見て鼻で笑った。

「つまりそういうこと。私がしばらくのあいだあの『騎士道部』の顧問になるってわけ。たぶん大会が終わっても私はこっちの顧問でいると思う。あの国王、前と変わって結構積極的に後進を育てているのよねー。まあ、それはけっこうなことなんだけど。それで私たち『先輩』がだいぶ逼迫した状況になるってのはちょっと勘弁願いたいけどね」

 そう言ってマーズは残りのうどんを啜った。

「遅れました」
「メルがいろいろ手間取りまして」

 シルヴィアとメルがやってきたのはちょうどその時だった。お昼休みも三分の一が経過しているためか、彼女たちは手っ取り早く食べることの出来るうどんを注文していた。
 はじめ彼女たちはマーズの存在に気づかなかったらしいが、シルヴィアが何かに気がついたらしく、メルの肩を叩く。

「どうしたのシルヴィア。そんなに驚いて……え」

 メルはうんざりしながらシルヴィアの方を見て、さらにシルヴィアが差した方向を見て、彼女は目を丸くした。
 シルヴィアとメルの視線を受けているマーズは彼女たちの方を見て、小さく笑みを浮かべた。

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