絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十三話 三人目

「あいつ、もしかして……」

 それに反応したのは、やはりケイスであった。ケイスはその男の顔をじろじろと覗き込むように見ていた。
 その男がやって来てから明らかに表情を変えたのは、何もケイスだけではない。シルヴィアとメルも――どちらかといえば敵意を持った目でその男を睨み付けていた。

「おいおい、どうしたんだ皆?」

 違和に気付いた崇人は再び座り直す。

「あいつの名前はファルバート・ザイデルだよ。彼女たちゴーファン家の双子がトップツーだって話はさっきしただろ?」
「あぁ」
「あいつが三位だよ。しかも、一位から三位までの差は僅か二点。一位から二位の差は一点だ。これが何を意味するか、解るか?」
「……三人はほぼ同程度の実力だってことか」

 正確には同程度の実力だということが『ペーパーテスト』というシステムで証明出来ただけに過ぎない。ペーパーテストというシステムは、ただ単に勉強さえすればそれなりに点数を獲得出来る。極端な話、前日に凡て詰め込みの勉強をする――いわゆる一夜漬けをすれば本来の実力以上の成績が出るなんてのは良くあることだ。
 だから、ペーパーテストは実力をひとつの物差しで測れたように思えるが、そういうことを考慮すれば、そう簡単に測ることが出来ないというわけだ。

「……しかし、どうしてあいつそこまで人気なんだ? 確かに美形なのかもしれないが、今日はまだ初日だろ。殆ど相手のことを知らない状態でああいう感じに黄色い声援を送っているってこと……なら、何だか悲しくなんないか?」
「あいつがただの頭のいい美形ならな」

 崇人の疑問にケイスは含みを持たせた返事をする。

「……それってどういうことだ? まさかここにいるシルヴィアとメルみたく親が有名な起動従士だったりするのか?」
「シルヴィアたちの父親よりは有名ではないかな。はっきりと比べるようで申し訳無いがね」
「ふうん……やっぱり世襲というか、親から子に引き継がれていくものなんだな……」

 崇人は独りごちって今度こそ立ち上がる。それにつられてヴィエンスとリモーナも立った。
 ちょうど、その時だった。

「あなたが、タカト・オーノさんですね」

 ファルバート・ザイデルが崇人の横に立っていた。彼は崇人を見下ろすように、高圧的な態度を露にしていた。
 取り巻きも一緒にファルバートとともについてきていたので、それも合わさって崇人たちの周りにはギャラリーが出来上がっていた。
 溜め息をついて横に首を振るその光景は、正直先輩に取るべき態度には見えない。
 ファルバートの話は続く。

「……もう一度だけ言います。あなたが、タカト・オーノさんで間違いありませんね」
「あぁ」

 高圧的な態度を取っていたファルバートに、少々怒りを募らせていた崇人だったが、敢えてそれを顔に出すことはしない。
 ファルバートはそれを見て、微笑む。

「あなたは最強のリリーファー、『インフィニティ』の起動従士ですよね」

 ゆっくりと崇人の外堀を埋めていく。
 崇人の表情が誰から見ても嫌悪感を露にしつつあった。

「……何が言いたいんだ、さっきから。回りくどい言い方をしないでさっさと本題を言ったらどうだ」
「あぁ、そうですね。苛々しているようですし、ならばさっさと言うべきでしょう。……タカト・オーノ、あなたはインフィニティに乗るべき人間じゃない。乗る資格を持っていないのに『最強』に乗る、紛い物の人間だよ」

 唐突に、告げられた。
 唐突に告げられたからこそ、崇人は何を言われたのか理解出来なかった。
 それを見て、ファルバートは笑みを浮かべる。

「動揺してますね。……どうしてでしょうか? あなたがインフィニティの起動従士として絶対的自信を持っているならばそんなことないはずでしょうに?」
「……おい、おまえ。言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 崇人の代わりに答えたのはヴィエンスだった。ヴィエンスの声から、表情から怒りが滲み出てくる。
 対してファルバートは、それを鼻で笑った。

「おやおや、確かあなたはヴィエンスさんではないですか? 同じハリー騎士団で精鋭の中に居ながらも、埋もれてしまって実際には何も出来ないハリー騎士団のお荷物が、僕に何の御用でしょう」
「てめぇ……」

 ヴィエンスは拳を構え、ファルバートに殴りかかった。

「やめろ!」

 しかし、その拳はファルバートの身体に当たることはなかった。すんでのところで崇人がその場を制したからであった。
 崇人は二人を言葉で制したが、続けて何かを言うことはなかった。言えなかったのだ。
 それを見てファルバートは言った。

「今回はこれだけとしましょう。ですがいつか……私はインフィニティを自分のものとする。私こそが、あの『最強』に乗るに相応しい人間なのだから」

 そしてファルバートは踵を返すと、その場から立ち去った。



 その後のことは正直崇人は何も覚えていなかった。ただ帰って直ぐベッドに倒れ込むように沈み、そして眠っていた――というのは扉からそうっと崇人の部屋を覗いていたマーズの証言である。
 目を覚ますと、辺りはすっかりと暗くなっていた。
 急いで起き上がりリビングに向かうと、マーズがちょうどフライパンに油を敷いているところだった。テーブルを見ると幾つかのおかずは既に完成していた。
 マーズはエプロン姿で立っている。肌着の下にエプロンという、男の夢を一部具現化したような、そんな格好だった。

「やぁ、タカト。すっかり眠っていたみたいだな。私も疲れていてな、今さっき帰ったところなんだ。とりあえずそこにあるおかずは全部レトルト、今から冷凍食品のナポリタンを暖めるところだから……済まないがもう少し待ってくれないか?」

 それを聞いて崇人は心の中でほっと一つ溜め息を吐いた。何故ならマーズは極端な料理音痴だからだ。そんなマーズがあれほど豪華な料理を作れるはずがない……崇人はこの一年でそれを学んだからだ。
 この世界のレトルト食品の発展はあまりに著しく、人間が食事を作らなくなるのではないかと危惧されるほどだ。実際のところ『完全に食事を作ることが出来ない』層の増加は見込まれなかったため、その発言はただのネガティブキャンペーンという形で幕を下ろしてしまった。
 まぁ、マーズが食事を修行しているのではないか、という淡い期待が確りと打ち砕かれたところで彼はリビングのテーブルに面する椅子に腰掛ける。テーブルの上には三皿のメインディッシュが並べられていた。ごってりとした赤茶色のソースが肉団子にかかった料理に、各々に分けられたハンバーグだ。ハンバーグにはデミグラスソースがかかっている。付け合わせはフライドポテトにコーンだ。そしてそれに付随するようにパンとバターが置かれている。

「いつもこんなに豪華だったっけ……」

 崇人は呟きながら、汲んできた水を一口。

「今日から二年生、だからね。その記念にだよ」

 返事はナポリタンが盛り付けられた皿を持ってきたマーズからたった。

「二年生でこれなら三年はどうなるんだよ?」
「来年のことを今考えちゃ仕方ない。鬼が笑うよ!」
「そんな言い回し、今日日聞かないよ」

 崇人は笑みを溢す。マーズはナポリタンの皿を置いて、崇人の向かいの席に腰掛けて、手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

 この言葉を合図として、彼らの食事は始まるのだった。
 崇人はナイフとフォークを操り、ハンバーグを切り分けていく。こぶし大のそれはあっという間に八分割され、食べやすい形に姿を変える。ナイフで切れ目を入れるたびに断面から肉汁が溢れ出る。
 切り分けた一つにデミグラスソースをたっぷりとつけて、それを口に放り込む。直ぐにデミグラスソースの芳醇な香りが口の中を支配した。

「このハンバーグ旨いな……ほんと、レトルトも馬鹿に出来ないな」

 独り言めいて彼は感想を告げる。


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