絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十一話 春

 春は始まりの季節ともいう。それ以外にも出会いの季節、ということもある。
 七二一年四月七日。
 中央、と呼ばれるヴァリエイブル起動従士訓練学校は入学式を迎えていた。この日をもって、全学年は一つ繰り上がる。それは即ち、崇人たち一年生が二年生になり、一年生が新たに入ることを意味していた。
 崇人は自分の教室、その席で今までのことを思い返していた。崇人がここに来たのはもう一年前になるが、様々な出来事が起きた。
 春には、『大会』。大会では崇人、ヴィエンス、アーデルハイト、エスティが参加し、大会で戦った。しかしながら裏で暗躍していた『赤い翼』によって大会はほぼ無かったことにされ、結局それを制した崇人たちとコルネリアが騎士団として取り立てられることとなった。余談だが、あの時ヴィエンスと戦った相手は実は学生ではなかったらしく、どこに消えてしまったのかも解らなくなってしまったという。
 夏にはカーネルが独立するとして、カーネル独立を阻止するためにヴァリエイブルが立ち上がったために起きた戦争に、ハリー騎士団は初めて参加することになった。結果としてカーネルの戦力は削ぎ、戦争は終結したが、崇人の心の中には何かがぽっかりと空いてしまった。
 秋には徽章が盗まれる事件があった。生憎崇人は参加していないのだが、赤い翼の残党を騙った『シリーズ』・ハートの女王が犯人であることは、彼もマーズから聞いていた。そこでシリーズ一体を改めて撃破した。
 冬には法王庁の一派が行ったテロを出発点として大きな戦争が開幕した。結果として戦争は和平条約の締結で終了したが、両軍ともに大きな被害を被ったのもまた事実だ。
 そしてもう一つ。記憶に新しい進級試験――アーデルハイトが企てたテロについてだ。彼の目の前で首謀者であるアーデルハイトが死んでしまったのでテロは未遂で済んだのだが、彼の心の中に大きな痼を残してしまうのであった。
 そして、今。
 彼は無事に――ほんとうに無事に進級して、二年生になっている。これはある意味奇跡でもある。だって、彼は三ヶ月近くものあいだ休んでいて、授業にはまったく参加していないのだから。

「ねえ、タカト」

 リモーナは隣に座っている崇人に語りかけた。ちなみに教室を移動することはなく、卒業によって生まれた空き教室に一年生が入る仕組みになっている。
 そして、彼はリモーナのその優しく語りかけた声で我に返った。

「……どうしたの、リモーナ?」

 崇人は答える。

「どうしたの、って。今日から新年度だよ? 新しい人が入るから、私たちにも後輩が出来るってことだよ? それってすごいと思わないかしら」
「思うけど……いやあ、まあ、あまりすごいなあとは思わないというか……」

 そういうことを元の世界で経験している崇人にとってはアタリマエのことである。
 しかしリモーナと崇人の、このイベントにおける比重はまったく違っていた。

「とはいえ……授業で関わることもないわけだし、確実に絡む機会はないだろ。こっちから歩み寄ろうと思わなくちゃ、後輩側から先輩に来るのは珍しいことだしな」
「それもそうね……。先ずは食堂で声をかけてみましょうか?」
「本当にする気なのか、それ?」
「少なくとも、私は本気よ」

 そう言われてもなあ、崇人は思ったがそれは心の中だけに閉じ込めておくことにした。


 ◇◇◇


 食堂。
 食堂は一年生が入っているからかいつもより混んでいた。崇人はいつものようにうどん、リモーナはカレー、ヴィエンスは定食、ケイスは売店で買ってきたパンというそれぞれ違ったメニューを食していた。

「……やっぱ混んでんなあ……。いつもの人たちが入れなくて、並んでるっぽいし」
「しょうがないよな。先ずは食堂を試してみて、それから……ってのはよくある話だ」

 ケイスはパンを頬張りながら、言った。

「まあ、そう簡単にやってくる一年生なんて」

 ――いるわけないもんな、と崇人が言おうとしたちょうどその時だった。

「タカト・オーノさんですかっ?」

 少し上擦った声だったが、基本的に凛々しい声であった。それを聞いて崇人は振り返る。
 そこに立っていたのは少女だった。ジト目という感じだろうか、目は崇人をしっかりと見ていた。ショートカットの髪は元気で明るい人間であることをなんとなく想起させる。そして彼女の笑顔はとても輝いていた。

「……ああ、そうだが」

 崇人は首肯する。それを見た少女はさらに目を輝かせた。

「わあ~! まさか本物にこう簡単に出会えるなんて! 光栄です!」
「……君は、一年生かい?」
「ええ、そうです! 私はシルヴィア・ゴーファンといいます! 起動従士になるために、ここにやってきました!」

 彼女の声は凛々しいものだったが、基本的に明るい声であったのもまた事実だった。トーンが高いからかその声は食堂に響く。即ち、今崇人は――群衆の視線を浴びていたのであった。

「……少し、声のトーンを下げてくれないか。君が喜ぶ気持ちも解らなくはないが、注目を集めると話しづらい」
「あっ……、すいません。以後、気をつけますっ」

 崇人はそう言うが、対してヴィエンスの表情は曇っていた。彼は、シルヴィアの苗字であるゴーファンに気になっていたようだった。

「なあ、ゴーファンってまさか……あの?」

 それを聞いてシルヴィアはヴィエンスの方を向いて頷いた。

「はい、そうです。私はスロバシュ・ゴーファンの娘になります。もっとも、私はその双子の姉……ということになりますが」

 それを聞いてヴィエンスの胸が高鳴った。

「なあ、ケイス。スロバシュ・ゴーファンとはどういう人間だ?」

 ケイスは崇人の質問を聞いて失笑し、肩を竦めた。

「崇人の『世間知らず』もここまで来ると病的だよ。いいかい? スロバシュ・ゴーファンって人は、稀代の起動従士だ。昔、起動従士としてその名前を轟かせた彼は、今のヴァリエイブルをここまで屈強なものにさせたひとりだと言われている。……そんな人さ」
「お父さんはそうでしたけど、私はお父さんに比べれば凡庸な人間ですよ」
「でも聞いた話によれば、今年の入学試験の順位はゴーファン家の二人がトップ2を独占したと聞いたぞ?」

 ケイスの言葉にシルヴィアは首を振った。

「確かにそう言われていますけど、それはそれです。私は努力をしてここまできた……それだけのことですよ」
「それでも、ここまで来れたのはすごいことなんじゃないのか?」

 崇人はうどんを啜りながら言った。
 シルヴィアは「そうですね、そうかもしれません……」と謙虚に答える。

「おー、シルヴィア! こんなところにいたのかー!」

 その甲高い声を聞いて、崇人たちはそちらを見た。
 そこには、その甲高い声にふさわしい小柄の少女が立っていた。黒髪のツインテール。まさに元気の象徴とも言えるような少女だ。
 シルヴィアは彼女の声を聞いて、答える。

「そうよ、メル。今、こちらにいる先輩方と話をしていたの」

 それを聞いて、メルと呼ばれた少女は「ふーん」と言った。
 まるで、そんなことはどうでもいいとでも言いたげに。

「メル……もしかして君がメル・ゴーファンか。シルヴィア・ゴーファンとともにトップを飾ったという」

 ケイスの言葉にメルはえへへといって笑う。照れているらしく、頬は紅潮していた。

「まあ、そんな褒めてもらえるようなことでもないけどなー! 私とシルヴィアなら、そんなのは当然、できるってもんよー!」
「ちょ、ちょっとメル、先輩の前よ。敬語とかきちんとしないと……」
「いや、別に構わないよ。敬語みたいなものはあんまり好かないからね。ほんとは教育上先輩後輩間できちんと敬語なりなんなりを使わないといけないんだろうけど……少なくとも僕の前では構わない」

 その言葉にメルは軽く目を見開いた。怒られてしまう――とでも思ったのだろうか。

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