絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百二十話 grade promotion

 アーデルハイト・ヴェンバックの死体はシミュレートマシンに横たわるようにあった。脈拍を計り、彼女の死亡を確認した。
 シミュレートマシンから外に出た崇人は、彼女の死亡をマーズから聞いて、ひどく落ち込んだ様子だった。
 彼女の最期は、マーズたちもディスプレイを通して確認している。しかし、崇人はそれを目の前で見たのだ。ダメージは彼の方が大きいのは、もはや当然のことだといえるだろう。

「……彼女の正体に気づくことができなかったのは、完全にこっちの不手際だった。タカト……ほんとうに済まなかった」

 項垂れる崇人に、マーズは頭を下げる。

「……別にマーズは悪くないよ。俺が、僕が……彼女を止められなかった。ただ、それだけのことだ」

 崇人の話は続く。

「彼女は泣いていた。悲しんでいた。辛かったんだろう。きっと、今回のことも背水の陣だった……後がなかったに違いない。それでも、彼女はこの作戦を実行した。どうしてだろう?」

 リリーファーを批判する人間が多いことも事実で、それに隠れがちだがリリーファーを崇高な理念のもと崇拝する人間がいることもまた事実だった。
 そして彼らはこう願っていた。
 ――リリーファーに乗る起動従士は、崇拝すべき存在であり、彼らを不当に扱っていくことは神への冒涜と等しい。
 しかしながら、現に起動従士たちはそんな崇高な理念をもって行動した覚えなどなかった。ただ、自分たちの国と民を守るために、行動しているだけなのだから。

「……アーデルハイトの墓を、作ることは出来ないのか?」

 崇人の問を聞いて、彼女は我に返る。
 その質問は、彼女にとって考えていたパターンの一つでもあった。
 だから彼女は、考えていた答えの一つを導き出す。

「できないことではないと思う。だけど彼女は国家反逆罪の犯人。このまま容疑者死亡で裁判にかけられることはないとはいえ、まあ、そう簡単に彼女の墓を作ることは難しいでしょうね。なにせ、今回の事件は……四名の死者を確認しているから」

 そう。
 今回の事件に、死者が出ていないのならば仮に死んでいたとしても、彼女に対する採決は重くならなかったはずである。
 しかし、死者が出ているのは変えられようのない事実だ。それについて裁きを受けなくてはならない。もちろん、今回彼女と共にしていた赤い翼残党とみられるテロ集団についても、だ。

「それにしてもいつまでも赤い翼が出てくるのね……。まるで蛆虫みたいに。いったいどこに居城を構えているのかしら」

 その言葉を聞いて、崇人はただ頷くことしかできなかった。


 ◇◇◇


 白の部屋。
 帽子屋とハンプティ・ダンプティがモニターを眺めていた。気が付けばその周りにはチェシャ猫にバンダースナッチ、白うさぎと今まであまり関わっていない『シリーズ』が集まっていた。

「……なんというか、呆気ない最期だったね」
「ああ、死んじまったな。本当に呆気ない最期だったよ。幕引き、とでも言えばいいのかな」

 チェシャ猫の言葉に追随するように、帽子屋は言った。
 ハンプティ・ダンプティはすっかり冷め切ってしまった紅茶を一口。
 そしてティーカップをテーブルのソーサーの上に置いて、笑みを浮かべる。

「その感じからすると、流石に予想外だった……って感じかな? アリスとか言ってたし、きっと彼女が『二代目』にふさわしい存在なのだろう」

 帽子屋は「まいったな」と言って頷いた。

「ああ。そうだよ。恥ずかしい話だがね。彼女が一番『二代目』に近い存在だった。彼女こそ、二代目にすべきだと思っていたし、そもそも『アリス』が目覚めたのはきっと彼女を二代目にすべきなのだ……と思っていたからね。しかし、残念なことに、それは僕が独り善がりに思っていただけらしい。まったく残念なことだよ」

 そう言って、彼はアリスの方に目をやった。
 アリスは何かを食べていた。パンケーキだ。はちみつがほどよく染み込んだパンケーキをナイフで切って、それを口に運んでいく。きっと咀嚼とともに染み込んだはちみつが口の中に広がって美味しいのだろう。食べるたびに頬を抑えて笑みを浮かべていたからだ。

「アリス。君はどう思う。二代目候補が死んでしまった事態について」
「私は別にどうとも思わない」

 アリスはパンケーキを食べる手を止めることなく、話を続ける。

「というか二代目候補なんてそれこそ腐るほどいる。その中で最有力だと言われていた『彼女』が死んだだけ。優先順位が一つ繰り上がるだけだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……それじゃ、君は次に『二代目』にとってかわる存在を知っているのか?」

 そこで漸くアリスはパンケーキを食べる手を止めた。
 悪戯めいた笑みを浮かべて、アリスはこちらを向いた。

「……知っているとしたら、どうする?」


 ◇◇◇


 崇人たち一年生は全員無条件で進級することになった。あれほどの事件が起きたのだから、進級試験は中止になってこのような結果になるのはもはや当然のことであるともいえる。
 終業式には、クラス四十六名が出席し、それぞれ祝福した。そして、死んでしまった四名に、立派な起動従士になることを誓った。



「タカト」

 マーズに呼びかけられて、彼は我に返る。
 彼は終業式を終え、家に戻っていたのだ。
 アーデルハイトについては、死亡のままで裁判をかけ、死体は墓所を作るのも好きにして良いということになった。
 だから、今日はそこに行く日だった。

「……疲れているなら、あとから行ってもいいんだよ?」
「いいや。今日いくさ。今日でなければならない」

 そう言って、彼は重い腰をあげた。



 墓所は高台にあった。ヴァリス王国の首都を一望できる、絶景スポットだ。
 墓石に名前は書かない。死んでしまった学生の親が何かしてしまうのを恐れたからだ。
 崇人は考える。
 確かに彼女は悪いことをしてしまった。でも、彼女はそれでも人間だ。然るべき場所に墓所を作り、弔うべきだと考えていた。
 そして、今崇人は目を瞑って彼女の墓所を前にしていた。

「……なあ、アーデルハイト」

 彼は墓石を前にして、言う。

「お前が望んだ世界って……ほんとうにそれでみんな幸せになるんだろうか?」

 しかし墓石が答えることもアーデルハイトが答えることも、況してやマーズが答えることもない。
 崇人の話は続く。

「なあ、仮にお前の言った世界、リリーファーを崇拝すべき世界が完成したとして、さ。お前はそれで満足したのかよ。お前はそれで良かったのかよ。……その世界が完成していたとしても、俺は納得できなかった。それをはっきりと言ってしまったのは……間違いだったんだろうか? なあ、解らないんだよ……」

 崇人の目からは涙がこぼれ落ちていた。その涙が一滴一滴、アーデルハイトの墓所に落ちていく。
 マーズも、崇人の方からは見えなかったが泣いているように見える。彼女もまた、アーデルハイトとともに戦ったことのある人間だ。身近な存在の死に涙を浮かべるのは、起動従士であっても当然のことだといえるだろう。

「……ここにいたか」

 声を聞いて、崇人とマーズは振り返る。そこに立っていたのはヴィエンスだった。ヴィエンスは花束を持っていた。

「……どうしてここが」

 マーズは泣き腫らした目で、ヴィエンスを見つめる。
 対して、ヴィエンスは済ました顔で、

「俺を咎めようとしているようにも見えるが、泣いたあとの表情でそんなことしても効果はないぞ。……メリアさんから聞いたんだよ」

 マーズはそれを聞いてなるほどと答える。メリアには今回の墓所の選定をしてもらった。
いくら友達のよしみとはいえほんとうはしたくないんだけどね、などと言いながらもやってくれたのだ。
 ヴィエンスは花束を置いて、一歩下がる。

「ばかやろー」

 ヴィエンスは墓石を殴った。しかし、力ない一撃は墓石に何のダメージを与えることもない。
 ヴィエンスは涙を流しながら、言った。

「あんたのこと、いいやつだと思っていたんだ。なのに、今回のこと……ふざけんなよぉ!!」








 こうして、一つの事件は終わった。
 季節と年度は変わり、春――。
 二年生へと進級する彼らに、これからも様々なことが降りかかるということは、誰ひとりとして予想しなかった。出来ることなら、平穏な日々を過ごしたい――崇人の考えもあったが、そんな考えなど、起動従士になった時点で捨てるべき考えであったということを、彼はその後後悔することになる。

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