絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百五話 カレー戦争(後編)

「だけど、このドロドロって感じが好きじゃないのよ。ほら、昨日はどちらかといえばサラサラだったじゃない? だから尚更『どうして今日はこんなにも』って感じになるのよね」
「……そう言われても、やっぱり手作りだからムラは出るだろ」

 リモーナの言葉に崇人は反論する。彼にとっては他愛もない言葉だったようだが、しかしリモーナにとっては彼女に火をつける発言となってしまったようで、

「なんだかその発言は聞き捨てならないわね……。それで本当に言い訳が立つと思って?」
「じゃあなんだよ」

 リモーナの喧嘩腰めいた発言に崇人も怒りを顕にする。

「あんたの言う通り、毎日一々じゃがいもを別に調理しろ、って話かよ。それは幾らなんでも注文し過ぎなんじゃないのか」
「別にああしろこうしろなんて私は一言も言ってないわよ? こうした方がいいんじゃない、って言っただけなのにあなたが突っ掛かって来たんだから」
「いーやっ、さっきの口調は明らかにそれに照らし合わせることは出来ないね。やっぱりどちらかと言えば希望よりも要望、要望よりも命令だった」

 崇人とリモーナの討論はヒートアップしていくが、一緒に食事を食べているヴィエンスはそんなことを気にせずにリモーナと同じカレーを頬張りながら、面倒臭そうにその会話を眺めていた。

「あれ、どうしたの二人とも」

 そこに、少し遅れてケイスがやって来た。ケイスは何かの定食を注文したらしい。だから少し時間がかかったのかもしれない。
 ヴィエンスはケイスの言葉を聞いて、スプーンを口に加えてふらふらとそれを揺らしていた。
 そして、数瞬の間を置いて彼は答えた。

「んー……、痴話喧嘩?」
「「痴話喧嘩じゃないっ!!」」

 ヴィエンスの言葉にリモーナと崇人は同時に、しかも同じセリフを言った。そしてお互いの言葉を聞いたあと、彼女たちは一瞬向かい合って、直ぐに顔を背けた。
 ヴィエンスはそれをニヤニヤしながら眺めていた。ケイスはやっぱり状況が飲み込めていないらしく、首を傾げた後、食事を始めた。


 ◇◇◇


 崇人が家に帰った時は、もうとっぷりと日が暮れていた。今まで彼が受けられなかった分を補填するために補習が組まれており、そのためにここまで遅い時間となってしまうのだった。

「おかえりー。やっぱ補習ってのは時間かかるのね。ご飯は今から作るんだけどね」

 家に入るとマーズはソファに足を伸ばして寛いでいた。

「……どうせレトルト食品のオンパレードだろ」

 そう彼は言うと、

「なんだ、つれないな。万が一にも私が料理を作る可能性を考えないのか?」
「寧ろ万が一しかないのかよ……」

 崇人はそう冷静に突っ込んで自分の部屋に荷物を置きにいった。
 崇人の部屋はマーズの部屋の隣にある。元々マーズの家はとても広くて空き部屋も多いのだが、『近い方が安心』という理由から部屋が隣同士になっているのだ。
 ……因みにどれくらい広いかというとハリー騎士団一人一人に部屋を割り当ててもまだ余るくらいだ。
 適当に荷物を置いて再びリビングに戻る。テーブルには既に食事が並べられていた。

「……こいつは予想外だった」

 崇人はシニカルに微笑む。なぜならそこに広げられていたのは弁当箱だったからだ。崇人の世界でいうところの、弁当屋さんに売っている弁当がそこに広げられていた。
 それに対してマーズは崇人の考えている予想を裏切ることが出来たからか、ニコニコと笑みを浮かべて席に座っていた。

「いや、どちらにしろマーズは作ってないじゃん……。お前が作るんならちっとは見直すんだがなぁ……」
「何か言った?」

 いいや何も、と崇人は言って箸で弁当箱に詰められたミートボールを口にした。
 酸味が少し強かったがレトルト食品よりはマシだ――彼はそう思いながら、食べ始めた。



 崇人は食事をしながら、マーズがメリアから聞いたアスレティックコースの概要についての説明を受けていた。マーズの説明は若干オーバーめいたものもあり、身振り手振りを使っていた。しかしながら、マーズの説明は非常に解りやすいものであり、崇人は僅か一回聞いただけで大まかな内容を理解するに至った。

「……しかし聞いた限りだと非常に難しそうな構造になっているな。市街地といい海といい迷宮といい……」

 崇人はマーズから聞いたアスレティックコースの概要を理解した上でそう言った。そして、その言葉はマーズにも理解出来ることだった。
 アスレティック……とは言っていたが、一概に障害物をクリアするだけでもないようである。それもそうだ、競技を行うのはリリーファーであって人間ではない。リリーファーだけが出来ることが組み込まれていたとしても自然である。

「でも……リリーファーは水中駆動は苦手なんだろ? さすがにインフィニティなら出来ないことはないだろうが」

 かといってシミュレートマシンで使える仮想リリーファーのスペックがインフィニティ並みなのかと言われれば、その可能性は低いだろう。
 ならば、どうすれば良いのだろうか? 仮想空間でのことだから、まさか仮想空間で死んだら現実空間で死ぬなんてことは有り得ないだろう。

「……リリーファーは水中駆動に不向き。それは昔から……ええ、大分昔から言われていることになるわね。だからシミュレートマシンでもそのようなパターンが組み込まれることは無かった……。だからこそ、気になるのよ。このタイミングで海を入れた訳を」
「この前の戦争の、水中戦が影響しているんじゃないのか? 水中戦を間近に見た訳ではないけど、あまり良い結果では無かった……そう聞いているぞ」

 崇人が言ったその言葉はマーズからすれば耳が痛い発言だった。確かに彼の言う通り、水中戦は勝ったものの苦戦を強いられたのは事実だ。それも『敵が水中駆動に適した型だったから』という理由からだといえるだろうが、そんなことはただの言い訳にしか聞こえない人間が大半だった。
 そんなことを言う人間は、大抵リリーファーに乗れやしない、ただの凡人だということもマーズは解っていた。
 だからこそ、だからこそ、だからこそ……嫌だった。自分が守るべき存在に、自分が慕うべき存在に、見捨てられるのが嫌だったのだ。

「……どうした、マーズ?」

 崇人の声を聞いて、マーズは我に返った。見ると崇人はじっとマーズを見ている。彼なりに心配しているのだ。
 マーズはフォークでまとめかけだったスパゲッティを口の中に入れた。

「それはそれとして……どう、タカト。コースの概要を聞いた、ファーストインプレッションは?」
「面倒臭そう、というのが最初の感想かな。まさかここまで凝ったコースになるとは考えてもみなかったからな」

 それを聞いたマーズは頷く。彼の言う通り、このコースは学生の進級試験用に作られた……なんて一言も言わなければ、殆どの人間が軍の演習のコースだとかそんなことを思い浮かべるに違いないだろう。
 そのコースはそう言わしめるくらい難易度が高いコースになっていた。マーズはあわよくばコースを試しにやっとみようかと考えてもみたが、流石にそれはメリアに止められた。メリアがマーズに言ったことですら機密漏洩に近いというのに、そんなことを許可してしまっては今度こそ彼女の首が飛ぶ――メリアはそう思ったのだろう。そして、マーズはそれを聞かなくとも理解した。

「彼女からコースの立体図を見せてもらっただけでも随分とブラックなのに、コースに乗ったらそれこそ戻るところまで戻れなくなる……メリアはきっと、そう思ったでしょうね」
「……確かに、俺もまさかここまでの情報が手に入るなんて思いもしなかったな」

 そう言って崇人は切り分けたハンバーグの一切れを口に放り込んだ。直ぐに彼の口の中には肉汁が溢れだし、ぎっしりと凝縮されたエキスが彼の味蕾を刺激した。さらにそれに混ざるのは誰がどう味わっても醤油ベースの和風ソースだった。マーズ曰く『マキヤソース』なるものを使っているらしく、それが醤油めいた味を表現しているのだという。
 そんな理屈は抜きにして、彼の目の前にあるハンバーグ弁当は彼の胃袋を満足する出来であったことは、彼にとって自明だった。

「……美味い。本当に美味いな。レトルト食品の比じゃないぞ」
「そりゃそうよ。これは私が良く使う弁当屋さんの中でも一番なんだから」

 そう言って彼女は慎ましい胸を張った。


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