絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百九十八話 攻略作戦、終盤Ⅳ

 ゼウスは動いて、ちょうど兵士たちの銃撃をアルジャーノンが喰らわないようにガードした。
 それを見て、アルジャーノンは叫んだ。

「何をやっているんだ! 早く君は逃げろ……」
「ふざけるな!!」

 外部スピーカが、あまりの声の大きさにハウリングを起こした。
 フレイヤの話は続く。

「何勝手に死のうとしている! 何をそうすればそういう結論へと導かれる! 何をどうすればお前は死ぬという選択を選ぶ! 何もかも、ちゃんちゃらおかしい!」
「君は生きなくてはならない……。大きな目的を背負っているのだから」
「目的に大きいも小さいもない! 況してや、人間の命の価値の違いなどあるものか! アルジャーノン、お前の命も……私の命も凡て等価だ! 価値が違うはずがない!!」

 アルジャーノンはそれを聞いて微笑む。彼の頭からは血が流れていた。

「君は……優しいよ、フレイヤ。君は死んではならない。君は生きなくてはいけない」
「お前も一緒に生きるんだよ! 私が命令していないのに、勝手に死のうとするな!!」

 フレイヤの言葉を聞いて、アルジャーノンは目を丸くした。その言葉がとばされるのが
、彼にとって予想外だったと言いたげだったが、それをフレイヤは無視する。
 もう扉は完全に開かれている。即ち、今なら出ることは可能だ。

「さあ、出るぞ!!」

 フレイヤは、ゼウスは、アルジャーノンに手を大きく伸ばす。
 彼はそれを見て、頷くと、その手のひらに乗った。
 それを確認してフレイヤはリリーファーコントローラを強く握った。
 命令はここからの脱出。
 もう戦いをするには、彼女の体力が疲弊しているのもあるし、ゼウスが全力を出せないこともあった。
 扉から出ると、そこは街が広がっていた。そしてそれが自由都市ユースティティアだというのはもはや自明だった。
 そのユースティティアが、破壊されていた。

「これは……」

 アルジャーノンはその光景を間近に眺めて、思わず言葉を失っていた。
 彼ら法王庁の人間はユースティティアが直接攻撃されることはない――そう教えられていた。
 なぜか?
 それは、法王猊下の力がその場に働いていると考えられていたからだ。法王が放つ聖なる魔法の力によってユースティティアは守られ続けている。だから人々はユースティティアへと集まり、法王に敬意を表するのだ、と。
 だが、それも今日で終わりだ。ユースティティアへの直接攻撃が確認されたということは、法王が魔法を駆使していたなんてことはなかったということを、証明してしまったことになる。
 きっとそれを避けたかったであろう法王庁だったが、しかしもう遅かった。人々は騒いでいて、その列はクリスタルタワーに集まっているようだった。『絶対に安全だ』と言われてここにやってきたのだから、その怒りも当然であるといえるだろう。
 そして、人々は徐々に考えるはずである。



 ――この戦争の意味とは、なんだったのだろうか?



 この戦争が行われて、ここまで国力が疲弊して、果たして人々は何を得るのだろうか。その事実について、人々は考え始めることだろう。今まででは平和と自由が保証されてきた場所から高みの見物をしていたわけだから、それについて考えることもなかった。
 しかし、いざ自分たちも戦争に巻き込まれていることを自覚し始めると――人々は戦争の意義について考え始める。一応、法王は言っていた。この戦争は、穢れた世界を戻すための第一歩である、と。では、穢れた世界を清くするために、この犠牲は必要だったのだろうか? この戦争は必要なのだろうか? 人々はそんなことを考え始め、軈て疑問を抱く。
 戦争の意味など、ない。
 この戦争を続ける意味は、もう法王庁にはない。
 人々に平和と自由を保証したのに、それが保証できなくなった時点で戦争は中止すべきだ。
 それを求めて、人々はクリスタルタワーへと群がっているのだ。

『もう人々は気がついたんだ。この戦争の意味を。この戦争は要らないのではないか、ということに』

 フレイヤは囁くように言った。アルジャーノンはそれを聞いて小さく頷く。

「そうだ。そうに違いない。今まで僕たちも、何の疑問も抱かずに戦争を続けていた。確かに、戦争には原因があった。一派によるテロ活動という立派な理由が……ね。だけれど法王庁はそれを隠蔽しようとした。平和な世界を作り出すためには戦争は必要ない……そんなことを思っている一派が画策したんだろう。だけれど、戦争への波をそれだけで止めることなんて出来なかった。この世界の『話し合い』がいわゆる戦争になっているのだから、それを押しとどめることなんて、無理な話だったんだ」

 アルジャーノンは下界を眺める。
 人々の群れを見て、彼は俯く。
 彼の首元にかかっているロザリオを持って、彼は祈った。
 祈る相手は、今までのように法王にではなく――本物の『神』に、だ。

「神よ。もし、あなたがいるというのなら。もしあなたがこの状況を見ているというのなら。この争いを、この醜い争いを、止めていただけないでしょうか……!」

 アルジャーノンは涙を流して、ただ祈った。
 それを見たフレイヤも心の中で小さく祈った。
 その、二人の祈りが届いたかどうかは解らない。
 だが、それをするだけで、なぜだか二人の心の中にあった突っ掛りが、少しだけ取れたような気がした。


 ◇◇◇


「和平交渉を結べ、だと?」

 対して、クリスタルタワーにある法王の部屋では、再び帽子屋と法王が会話をしていた。
 法王の言葉を聞いて、彼は頷く。

「うん。是非お願いしたいんだよ。もうこれ以上戦いをする必要も、正直なところないだろうしね」
「何を言っている……。今は我々が優勢なんだぞ! ヴァリエイブルはほとんどの騎士団を失い、しかもその残りの騎士団は我々が誇る最強の聖騎士団が戦っている。インフィニティくらいは残ってしまうかもしれないが、それ以外は絶対に負けることはない。そして残ったインフィニティはこちらに連れてきて解体でもなんでもすればいい。どうだ、最強のシナリオが、もう出来ているではないか! しかもペイパスも我が法王庁の味方をしている! この状況で和平交渉をする方がおかしいとは思わないか」
「ペイパスは和平交渉をするよ。すでに書簡はヴァリエイブルに届いているはずだ」

 法王が考えた完璧なシナリオは、帽子屋が放ったその一言により粉々に破壊された。
 それを聞いて、法王は溜息を吐く。

「……貴様が嘘を吐くとも思えんしな。その事実、本当なのだろうな?」
「ほんとうさ。そして、きっとヴァリエイブルはそれに応じる。苦しい状況なのは、あなたが言ったとおりだからね。どういう条約を結ぶのかは知らないけれど……これによってペイパスはヴァリエイブルと戦うことは国際条約上出来なくなる」
「……仮にペイパスがそうなったとしても! 我々だけの力でヴァリエイブルを大きく圧倒しているではないか!」
「ヘヴンズ・ゲートのこと、知っているかい?」

 それを聞かれて、法王は頷く。
 帽子屋の話は続く。

「あのね、そのヘヴンズ・ゲート。君たちは勘違いしているようだから言わせてもらうけれど……あそこはもともと僕たちの管理下にあった空間だったんだよ。だけど、人間に管理させたほうが都合がいいから、君たちの言う『初代法王』とやらに管理を移譲したのさ。彼女が目覚めるのは、大分後のことになるだろうって解っていたからね」
「彼女……?」
「アリスのことだよ」

 法王の言葉に、帽子屋はニヒルな笑みを浮かべて答えた。

「アリス、とはいっても初代のことだけどね。今はいない。二代目の選出作業に入っている段階だ。そして初代の『合意』を得なくてはいけない。これがわりかし厄介でね……。そして、もう彼女は目を覚ました。これは即ち、二代目が見つかる可能性が高いってことを意味しているんだよ」

 法王は帽子屋が言っていることをイマイチ理解できなかった。専門用語もたくさんあったし、そもそもそこそこ早口で言ったから聞き取りづらい場面もあった。だが、二回目を言ってくれる気配もないので、法王はある程度聞こえなかった部分は補完する形で理解せざるを得なかった。

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