絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百八十八話 攻略作戦、中盤Ⅳ

 次にマーズが意識を取り戻したのは敵のリリーファーと向かい合っているところであった。アレスのコックピットに座っていた彼女は、はじめここは本当に先程までいた場所だったのかと疑うレベルであった。
 そしてそれはほかの人間もそうだった。崇人は彼の目の前でアレスが串刺しにされたのを見たにもかかわらず、気が付けばアレスは敵のリリーファーと対面していて、そんなことがまるでなかったかのように動いていた。

「おい、マーズ。お前確かに刺されたはずじゃあ……」
『ええ。わたしもそうかもしれないと思ったけれど、生き残っているわ。面白いものね』

 マーズはそう言って微笑んだ。それを聞いて崇人は疑問符を浮かべたが、直ぐにそれを流した。
 アレスと敵のリリーファーの間合いはそう簡単に詰めることは出来なかった。マーズからすれば、あの槍がどうすれば向かって来ないかを考えているからであって、また、敵のリリーファーからすれば、確実に絶命せしめたはずなのに何故生きているのか解らなかったことに対する不安だ。両者はそれぞれ不安要素を持っていたからこそ、そう簡単に間合いを詰めることなんて出来ないのだった。
 だが、先に痺れを切らしたのは敵のリリーファーであった。敵のリリーファーは槍で空気を突いて、そのポーズのまま突進する。
 しかしながら、そんな簡単な攻撃を受けるほど彼女の戦歴は短くはない。
 アレスはリリーファーが持っていた槍を掴んで、それごとリリーファーを持ち上げた。それはその戦場にいたどの人間も想定外のことだった。
 だが、一番驚いていたのは他でもない、敵のリリーファーに乗り込んでいる起動従士だ。そして、そのリリーファーは抗うことも出来ないまま、地面に崩れ落ちた。叩き付けられた、といった方が正しいのかもしれない。
 どちらにしろ、敵のリリーファーは地面に大きく叩き付けられたことで、中に入っている起動従士がダメージを受けたのもまた事実だ。リリーファーのコックピットはある程度の揺れならば中和出来るようになっている。しかし、それはある意味諸刃の剣であった。どういうことかといえば、もともと起動従士が受けている衝撃をリリーファーが感知して逆方向に力を加える。その力はほぼ衝撃と等しく出来ているので、見かけ上それを中和したようになる。
 しかし、両方向から力がかかっていることを考えると、その中和という単語が非常に怪しく見えてくるのである。
 例えばの話をしよう。リリーファーが倒れてしまうほどの衝撃を受けたとする。しかしそのリリーファーのコックピットの中では一瞬だけそれを中和しようとする。ただし、これはほんの一瞬の事であって、直ぐに状態が倒れた状態に書き換えられる。
 ――それが意味することは。
 起動従士の気が持たない。そんな結果を導き出すということであった。

「相変わらずというかなんというか……リリーファーには欠陥が多すぎる。そういう機能はさっさと無くしてしまえばいいのに」

 呟いて、マーズはリリーファーコントローラを握る手を弱めた。直ぐにアレスから少し離れたところにいたクラインが火炎放射器を用いて倒したリリーファーの周りを炎で覆った。リリーファーはこんなものでは壊れないがリリーファーの換気機能と起動従士はそんなに頑丈ではない。長く熱に当てていれば蒸し風呂に近い状態となるだろう。
 マーズは小さく溜め息を吐いて、先程のことを思い返した。『帽子屋』と自らを名乗った存在がマーズに埋め込んだとされるバンダースナッチの魂。果たしてそれはどういう意味を担っているというのだろうか。

「んっ……」

 マーズは小さく嗚咽を漏らす。帽子屋とマーズの先程のやり取りを思い出したのだろう。途端に身体が火照り、動悸が激しくなっていく。
 彼女はあの時の苦痛をもはや快楽となっていたのだ。彼女自身は認めたくなかったようだが、身体は正直だったのだ。

『マーズ、大丈夫か?』

 崇人からの通信が入って、マーズは慌てて通信のスイッチを入れる。

「え、ええ……大丈夫。大丈夫よ」
『そうか。ならいい。……ところでこのあとはどうするつもりだ? とりあえずこちら側もリリーファーを排除した』
「あ……え、えーと……これからは殆どがクラインによる出撃に変わるわね。彼らが洞窟に入り、ヘヴンズ・ゲートを発見して正確な位置をこちらに送信する。それを受信した私たちはその上で破壊を行う。たしかそういう流れだったと記憶しているわ」
『どうした、マーズ。本当に大丈夫か?』

 さらに崇人に訊ねられ、マーズは一瞬たじろいだ。

「……ど、どうしてかしら? 私は特に何もおかしなところなんてないはずよ」
『そうか……。そうだよな。すまない、へんなことを聞いてしまって。忘れてくれ』

 崇人はそれだけを言って通信を切った。
 ただ、それだけのことであった。


 ◇◇◇


 その頃、リーダーであったレナが外れて九人となった『バックアップ』は新たにグランハルトがリーダーに昇格し、リミシアが副リーダーになることで全員が合意していた。

「というわけでリミシア。お前が副リーダーだ。僕が何か間違っているようなことを言っていたら直ぐに意見を述べてくれ。いいな?」
『解りました、リーダー』

 リミシアはそう言って頷いた。
 コックピットに置かれているうさぎのぬいぐるみ、クーチカを抱きながら、彼女は再び頷いた。
 この機会は偶然ではなく、彼女の行いによる必然であると考えていたからだ。リーダーであったレナには悪いと思っているが、それとこれは別である。レナが早く第一起動従士になりたいのと同じように、バックアップのほかの起動従士も第一起動従士になりたいと思っているわけだ。
 そしてそれは役職に就いていればなれる可能性は高まる。だから、彼女は今回の副リーダーという職についてとても喜んでいた。これによって第一起動従士になれる確率が高まったということは彼女の中で大きな自信にも繋がったというわけだ。

「さあ、クーチカ」

 彼女は呟く。すでに通信を切っているため、その独り言がほかの人に聞こえることはない。

「頑張るよ、私。見守っていてね、クーチカ」

 クーチカが頷いたかどうかは、彼女にしか解らないことであった。

 
 対して、グランハルトもリミシアに対して一抹の不安を抱えていた。
 別にリミシアが弱いというわけではない。確かにレナに比べればその戦力は劣ってしまうが、だからといってバックアップの中で強い立場に彼女はいるのだ。
 だからそれについては非の打ち所が無い。
 問題は彼女の性格、或いは精神についてだ。彼女が起動従士として優秀であっても第一起動従士になかなかなれないのは、どちらかといえばそういう理由に帰着する。
 リミシアは精神を病んでいた。そして、彼女はいつしかリリーファーを『自分が還るべき場所』であると位置づけ、リリーファーに乗ることを夢見た。
 そしてその目的通り、彼女は起動従士になることが出来た。しかし彼女の精神状態がネックになっていた。それがある限り、極限の状態に置かれている戦場に出すことは出来ない――それが一般兵士たちの所属する軍上層部の意見であった。
 当時の国王であるラグストリアルもそれには逆らうことは出来なかった。彼も心の中では軍を恐れていたのだ。人間だけで構成される、戦場ではちっぽけで弱い軍を恐れていた。確かに戦場ならば弱い存在であるが、平和な都市では軍は大きな脅威へとつながる。リリーファーが充分に出せない都市で、縦横無尽に駆け回ることが出来るのは人間だけだ。
 だからラグストリアルはそれを恐れていて、結果リミシアを第一起動従士に任命することはせず、リリーファーが固定されない『バックアップ』に回されることとなったのだ。

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