絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百八十四話 攻略作戦、出動Ⅵ

 ムラサメの右足が引き抜かれたからといってもそれに乗る起動従士の足が引き抜かれたわけではない。
 しかしながら、同調が高められている今の彼女にとってそれは、自分の右足が引き抜かれた痛みと等しかった。

『ぐああああああああああああああああああ!!』
「レナ、落ち着け! 落ち着くんだ!」

 グランハルトは必死に彼女を落ち着かせようと宥める。しかし、それは焼け石に水の行動だった。

『あらあら。右足を抜いただけでこれほどまでに影響が出るなんて……「同調」しすぎるといいこともあるし悪いこともある。まさに諸刃の剣なんですね?』
「貴様……!」

 グランハルトの声は怒りに震えていた。
 そしてキーボードにコマンドを打ち込み、出撃しようとした――が。

『ああ、そうそう。今私が甚振っているのはまだ彼女たちだけになりますがそれが終わってからじっくりとあなたたちを攻撃していきますよ。そして、あなたたちが今一歩でも動けば……どうなることやら』

 グランハルトはそれを聞いて唇を噛んだ。
 通信からはレナの息遣いが聞こえてくる。彼女は痛みに耐えているのだ。気絶してはなるまい、とただただそれに耐えているのだ。
 目の前で同胞がやられているのに、どうして自分は何もできないのか。その気持ちをグランハルトは悔いた。しかし、悔やんでも何も出てこない。戦場では行動で示したものこそが勝利をいち早く掴むことができるのだから。

『……動かないか。感情さえ捨て去ってしまえば、このときの質問に対する回答など一発でイエスと答えるものの……残念な話だ。ほれ、次は右手っと』

 そう言ってまるで何事もないようにムラサメの右手を引き抜く。
 再び、グランハルトの乗るコックピットにレナの絶叫が響き渡った。

『これで利き手利き足がアウトってわけね。これで仮に生き延びたとしても、随分と不自由するんじゃない? だって、もう骨はぐちゃぐちゃになっているでしょうし……。魔法さえ使えば何とかなるかもしれないけど。まあ、あなたはここで生かすつもりなんて、毛頭ないけどね』

 そう言って、クロノスは胸部装甲と腹部装甲の段差に手をかけた。
 レナはそれを見て、クロノスが何をするのか理解した。

『いや……やめて……!』

 外部スピーカーに経由していれば、それはクロノスに届いていたかもしれない。
 しかしレナは気が動転していて、外部スピーカーに接続をしていなかった。

『命乞いをするなら、今のうち』

 そう言って、アルバスは微笑む。
 ギギギ……と装甲が軋み始める。その原因はクロノスが力をかけているからだ。胸部装甲と腹部装甲はがっちりと固定されている。しかし完璧というわけでもない。もちろん、ある程度の力がかかってしまえば『完璧』という保証ができなくなる。
 それをアルバスは知っていた。そしてレナも知っていた。
 だから、だから、だから、だから。
 レナはやめてほしいと願った。アルバスはそれを試してみたいと思った。
 科学者ですら人体をのせて同調した上での実験など人道に反するとしてやらない――そんな禁断めいた実験を、アルバスは今ここで実現したかった。

『や……やめて……ああ……痛い……痛いよ……!』

 グランハルトの耳に、レナの声が嫌というほど入ってくる。塞ぎたくても、それをふさぐことが出来ない。止めたくても、それを止めることが出来ない。彼はそんな葛藤に襲われていた。

『ほらほら。見えてきましたよ。骨が。リリーファーを構成する柱が。これを折ってしまえばどうなるでしょうね? そもそも人間の心臓にあたる部分ってどこなんでしょう? やっぱりエンジンかな?』

 狂気の沙汰。今のアルバスがやっている行為を一言で示すならそれだ。アルバスがやっていることは人道に反しているのは明らかだ。でも、この戦場においてそれを咎める者等いない。

『グラン……ハルトッ……たす……けてぇ……っ!!』

 レナの声を聞いて、グランハルトはもう――我慢できなかった。
 キーボードに瞬間的にコマンドを打ち込み、クロノスめがけて走り出す。その光景はまるでロケットめいていた。

『!』

 クロノスは一瞬こちらを見て、弾丸を撃ち放つ。
 しかし一瞬だけムラサメの方が早かった。ムラサメはクロノスに襲いかかると、クロノスを押さえつけた。

『……馬鹿な。このリリーファーにこれほどまでの力があるなんて……!』
「あんたが言ったかどうか解らないが、世の中にはこんな言葉がある。『行動できるものが、勝利を掴むのに一番近い人間だ』とな」

 そう言ってムラサメはゼロ距離でコイルガンを撃ち放った。
 それはクロノスに命中し、クロノスのコックピットにあたるだろう部分は完全に損壊した。


 コックピットにて、グランハルトの息は荒かった。
 強かった――というわけではない。寧ろ、あの兵器がなければ練習用のシミュレーションに出てくるリリーファーよりも弱い。
 要はあの兵器がネックだった。あの兵器は、撃たれた相手が動けなくなる。それについて調べる必要もあるようだ。
 グランハルトは息を整えると、外部に通信を繋いだ。
 相手は直ぐに出てきた。その声はすごく眠たそうであった。

『はいはい、もしもし』
「メリア・ヴェンダーか?」
『グランハルトか。珍しいな、そちらからかけてくるなんて。どうかしたのか?』
「リリーファーのサンプルがあるから取りに来い」
『戦場の最前線まで……か?』
「別にいいだろ」

 グランハルトは微笑む。

『嫌だね』

 しかし、メリアの回答は否定的なものだった。

「……なぜだ?」
『だって最前線ということはいつ襲いかかってくるか解らないんだろ。いくらなんでも命を賭してまでやろうとは思わないよ。なんなら、その戦闘映像でも寄越してくれ。撮影はしているんだろ?』

 それを聞いてグランハルトは心の中で舌打ちする。ほんとに何もかもお見通しのようだった。
 リリーファーにはビデオ撮影の機能が備わっている。撮影した映像を見て、次に生かすためだ。また、未知なる兵器が登場した場合はメリアやカーネルにその映像を明け渡してこれに対抗した兵器を作成してもらうのである。

『……まあ、あとはあれだ。私はもうリリーファーの兵器はメインとしていない。今のメインはシミュレーションだけだ』
「でも『作っていない』わけではないんだろ?」
『……言葉の綾だ』
「それでも構わない。映像はあとで落ち着いたら送ることにするよ」

 そう言って、グランハルトは通信を切った。

『……すまなかったな、グランハルト』

 次に通信が入ったのはレナからだった。
 グランハルトは微笑むと、答える。

「こんな時は『済まなかった』みたいな言葉じゃないと思うんだけどな」

 それを聞いたレナは動揺したように見えた。
 レナは一つ咳払いして、言った。

『ありがとう、グランハルト』
「どういたしまして、レナ」

 そうして、二人の通信は終了した。


 結果として今回の戦闘において、死傷者はゼロだった。
 レナは負傷してしまったため、ここで戦場を離れる必要があった。

「本当は離れるべきではないと思うんだがな……。私はあくまでもリーダーだ」
『そんなリーダーが、ほかのメンバーの迷惑をかけるわけにはいかないでしょう?』
「……それもそうだが」
『だったら今はしっかりと体調を整えたほうがいい。怪我も治すべきだ。そしてまた、リリーファーを操縦する君の姿を見せてくれよ』

 グランハルトがそう言ったのを聞いて、レナは頷かざるを得なかった。







 ――かくして、法王庁自治領自由都市ユースティティアを目指すためガルタス基地を出動した『バックアップ』及びヘヴンズ・ゲート破壊のためにヘヴンズ・ゲート自治区レパルギュア港(現在はヴァリエイブルの仮拠点としている)を出動したハリー騎士団・メルキオール騎士団による合同騎士団はそれぞれの目的地へと向かうため、再び前へと進んだ。

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