絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百六十六話 レティシア・バーボタージュⅡ

 結局、彼女たちの中でマーズがリーダーとして選ばれるのには、そう時間がかからなかった。その後の選考によって、彼女たちのグループは十番目ということになった。

「十番目……ね。けっこう後ろのほうよね?」
「後ろもなにも最後が十二番目だからね」

 そうマーズは苦言を呈した。なにも彼女たちが模擬戦を行うまでに起動従士がやられることなどないだろうが、それでもマーズは出来ることなら起動従士が完璧な状態であるうちに戦っておきたかった。
 起動従士の本来の実力とは如何程なのかを知りたかったからだ。
 何も起動従士を蔑んで言っているわけではない。彼女は起動従士と戦いたかったからだ。
 彼女が将来なりたいと考えている職業の人間は、いったいどれほどの実力を持っているのか知りたかったのだ。

「まぁ、いいわ。マーズ、とりあえず避けましょう。ここに居たら模擬戦の攻撃をろくに食らってしまって、場合によっては挽き肉よ」
「形が残っていれば……の話だろう? コイルガンやレールガンを撃たれたら何も残らないぞ。あぁ、強いて言うなら焼け焦げた何かは残るかもしれないがな」

 そう、マーズはニヒルな笑みを浮かべて、その場所から退避した。


 グラウンドの校庭側はシールドが張られていた。しかしそれは薄膜型のものであり、目を凝らさなくてはそれが見えないくらいのものであった。
 それほど薄いというのなら、それで学生や校舎は救えるのだろうか? ――答えはあまりにも単純過ぎたものだ。この薄膜型シールドはコイルガン及びレールガンの攻撃に耐え、場合によってはリリーファーの自爆も耐えうるものであった。

「……にしても、これほどまで強固なシールドを学校が保有している、ってのもすごい話だよね」
「ここが普通の学校ではないということを裏付けるものでもあるよね。起動従士を育てている場所は、戦争が起きたら敵としては一目散に潰しておきたい場所だろうし」

 マーズとレティシアの会話は物騒なものだったが、しかしそれは現時点な問題でもあった。彼女たちがそれを心配するのは未だ早計過ぎるようにも見えるが、そうとは限らない。
 実際に戦争で一番に狙われる場所は国王等の元首が居る住まいではなく、リリーファーの格納庫と起動従士訓練学校だ。理由はどちらも、それらを潰しておくことで戦争の時有利になるためだ。
 だからこそその二つの場所には最大限の注意を払い、最大限の防御を施す必要があるというわけだ。

「……あ、始まるわ。先ずはクラスメートたちのお手並み拝見と行きましょうか」

 マーズはそう言って、試合の様子を眺めていった。


 ◇◇◇


「何だっていうのよ、これ……」

 マーズは何戦かその様子を観戦していたが、愕然としていた。その理由は単純なものだった。あまりにもリリーファーの操縦が下手だということだ。
 リリーファーの操縦はリリーファーコントローラという丸い透明なボールを用いる。手に握れるほどのサイズだから、子供でも適性さえあれば操縦することは出来るだろう。
 リリーファーコントローラを使うには、握って強く念じるか言葉を発するかの何れかであるが、大半の起動従士はコントローラを握って操縦するタイプのリリーファーに乗ったとき、前者の手段を採用するのだという。
 操縦性を考えると後者の方が高いが、しかし利便性を考えると前者の方に軍配があがる。思考をそのまま言うのは、秘匿の意味を考えてあまり芳しくないやり方だからだ。
 とはいえ、それが悪いというわけではない。実際未だにその方法を使っている人もいるし、それで許容されていることもある。

「要は好きこそ物の上手なれ、ってことよね……」
「え、マーズ。何それ?」
「昔の言葉よ」

 レティシアの質問に、マーズは淡白に答えた。
 再び、マーズは視線を戦闘へと戻す。
 戦闘は第七グループに入っていた。因みに今までのグループの戦歴はどれもリリーファー操縦ミスによる投降――であった。それを見て先生は溜息を吐いていた。まあ、おそらくはこの授業の後、厳しいカリキュラムが組まれることになるのは間違いないだろう。
 第七グループは、少なくともほかの人間から見た限りではスマート――というより最適化された戦闘プロセスを踏んでいた。今までのグループの結果を見てから学んだものなのだろうが、案外そういうのが役立つものである。

「あのグループ……どうやらさっきよりいい雰囲気、いやこの中で一番じゃないかしら?」

 レティシアはマーズに訊ねるが、マーズはただ何かをぶつぶつと呟いているばかりで、その質問には答えない。

「ねえ、マーズ!」

 レティシアが軽く肩を揺さぶると、マーズは漸くレティシアの言葉に気が付いた。

「ん。レティシア、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。わたしの話、きちんと聞いてたの?」
「ああ、聞いていたよ。……確かにレティシアの言うとおり、このグループは今までのグループの『よかったところ』を詰め合わせた形になっている。だからあれほどまでに無駄な行動を消し去ることが出来て、いわゆる最適化ってやつをすることが出来るようになった」

 でも、とマーズはそう言って人差し指を突き出す。

「それじゃ、まだ足りない。まだまだだよ」
「……どうして?」

 マーズが褒めていたことから急に手のひらを返したので、レティシアは首を傾げた。
 それを見てマーズは微笑む。

「ま、見ていれば解る話だ」

 そうして彼女たちは、再び戦闘へと視線を戻した。
 セドニア・リーグウェイの乗るリリーファーと、訓練生の乗るリリーファーは性能の差が激しい。当たり前だ。かたや実戦で使用されるリリーファーで、かたや学校に使われる授業教材用にグレードダウンしたタイプなのだから。
 かといって、それを言い訳にしていいほどこの模擬戦は甘くない。セドニアが使用しているのは彼が戦争や作戦の時に実際に使用するリリーファーではあるが、その動きはある程度ゆっくりとしている。理由は簡単で、これが彼の行っていい最大限のハンデだからだ。
 そもそも三対一なのだから、勝つことは出来なくともある程度追い込むことはできるだろうという教師陣の考えとは裏腹に、学生たちはまったく太刀打ち出来ないのである。
 そこで考えたのがその作戦だ。明らかにスピードを落として、学生たちにもセドニアの動きを捕捉出来るようにする。それによって、学生たちの勝率がぐんと上昇した。
 ――ように思えたが。

「……解ったわ、マーズ。あなたが言いたかった意味が」

 それを聞いてレミリアは首を傾げた。

「どうして解ったのですか?」
「……普通に見れば第七グループの方が押しているようにも見える。でも、起動従士のリリーファーはずっとスピードを緩めていないわ。対して第七グループの方は幾らか疲れが出てきたのか、スピードが遅くなっている」
「手加減している、と?」
「おそらくね」

 レミリアの言葉に、レティシアは答えた。

「ほら」

 その言葉の直後に、マーズは言った。
 その声を聞いて、レティシアたちはその方角を向いた。
 そこにあったのは――第七グループのリリーファーが、白旗を掲げていた光景だった。

「どういうこと……?!」

 レミリアは訊ねる。

「簡単なことよ。彼らは起動従士を舐めきっていた。彼らと同じスピードしか出さない起動従士は、きっと自分たちにも倒すことが出来るだろうと思い込んでいた。……人間って残酷よね、自分と同じ実力しか出していなかったら、それがその人間の本来の実力であると勘違いしてしまうのだから」
「彼らは……あの様子が起動従士の本来の実力であると、勘違いした。マーズ……あなたはそう言いたいのかしら?」
「それ以外に何がある。現に彼らはスピードを落としていった。体力が、精神力が持たなかったからだ。対して起動従士の方は? まだスピードも落としていない。余力があるようにも思える。見下されているんだよ、訓練生だからそれくらい気を抜いても負けることはないだろう……ってね」

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