絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百六十一話 説明


「今の所……ってどういうことだ? まさか幾つかパターンがあって、どちらに向かうか決めかねているとかそういう感じなのか……?」
「そうよ。一応『本当にすべきこと』は前者になんだけど、場合によっては若干のプラン変更を余儀なくされることがあるかもしれないけれど」
「つまり……つまりだな。一先ずヘヴンズ・ゲートに向かうのが第一目標だよな。それは最悪の事態が起こらない限り変わることもない、と」

 崇人の言葉にマーズは頷く。

「その通り。そして私たちはそのパターンに備えなくてはならない。このまま何事も無ければ、予定通り明日にヘヴンズ・ゲートへの侵攻を開始する予定よ」
「ヘヴンズ・ゲート、ね……。何度聞いても解らないんだが、それっていったい何なんだ?」
「ヘヴンズ・ゲートについての情報は法王庁が統制しているから、殆ど解らないのよ。かといって国内に居る教徒に聞いても、口外出来ない契約でもしているのかしらないけれど、誰も話そうとしないわ」
「……つまり、その場所についての情報は一切無い……ってことか?」
「そういう事になるわね」

 マーズはそう言って、何処か遠くを見つめた。そこには壁しか無かったわけだが、それでも彼女は遠くを見つめていた。
 崇人はその間に今まで集めた情報を、脳内でまとめ上げることにした。崇人が戦線を離脱している間に起きた出来事はあまりにも多い。それを理解するためにも、そういう時間が必要だった。
 先ず、徽章が盗まれる事件とその顛末について。途中でエルフィーとマグラスの二人が捕まってしまったが、その後『ハートの女王』消滅後に姿を現した。
 ここで崇人が感じた疑問は次の二つだ。
 先ず、どうして『ハートの女王』はわざわざ姿を現してまで徽章を盗んでいたのかということ。
 そして、もう一つある。
 どうしてエルフィーとマグラスは傷一つなく助かったのだろうか、ということだ。
 これについての解答を訊ねる前に、先ずは崇人自身で考えてみる。一つ目はどちらかといえば簡単なことだろう。これについてはマーズも言っていたし、マーズの情報端末からその事件に関する報告書を見せてもらっていた。
 ハートの女王は『シリーズ』と呼ばれるカテゴリに所属するのだという。『シリーズ』というのが団体なのか特徴なのかまたそれ以外なのかは解っていない。あくまでも『シリーズ』というのはそういうカテゴリだということしか解っていないだけだ。
 かつても『シリーズ』は世界に干渉してきたという。その解釈からすれば、シリーズという存在はこの世界に居ない存在のようにも思える。
 『シリーズ』は今でも世界に干渉を続けている。崇人が初めて《インフィニティ》以外のリリーファーに乗った時に邂逅した『ハートの女王』のように人間に攻撃的手段を用いて接触するのもいれば、人間に擬態して気付かれないうちに人間に接触するのもいる(あくまでも後者に至っては推論、或いは崇人がカーネルで出会った『帽子屋』のような存在のことを指す)。
 だから、それから崇人は一つの結論を導き出すことが出来た。


 ――『シリーズ』は人間を知ろうとしているのではないだろうか?


 その結論は少し突拍子にも思えるが、『シリーズ』の今までの行動からすればそういう結論が容易に導き出せる。
 では、二つ目はどうだろうか。二つ目はエルフィーとマグラスのことについてだ。
 彼らは元々『赤い翼』から分かれた組織である『新たなる夜明け』の一員であった。現在でも組織とは関わりを持っているが、組織の方から手を引き始めている……マーズはそう語っていた。
 理由については語ってくれなかった、とマーズは言っていたが、崇人には何と無くそれが理解出来た。
 『新たなる夜明け』はテロ集団ではないにしろ日陰者に近い。即ち外に出て大々的に立ち回ることは出来ない。
 それでもエルフィーとマグラスは組織に居続けた。今ここを離れればその日の食事もままらない程の極貧生活になってしまう。彼女たちにとって、それだけは避けたかった。
 一方、『新たなる夜明け』のリーダーは彼女たちの処遇をどうするか決めかねていた。組織が守ると決めた地――ティパモールには拘らず、組織を解体しようと考えていた。
 カーネルでの戦いが終わった直後、『新たなる夜明け』をヴァリエイブルの隠密部隊として引き取る旨がやって来た時は、あまりにも突拍子過ぎた事実にあわてふためいてしまった。
 さらにエルフィーとマグラスを『補欠』の形ではあるがハリー騎士団に入団させる旨連絡が来た時は迷うことなくそれに了承した。もう彼女たち二人に、ティパモールの持つ深い闇を背負い込まなくてもいいように。
 エルフィーとマグラスはそれを聞いて、思わず自分の耳を疑った。聞こえていいものが全く聞こえなくて、聞こえなくてもいいものが聞こえる――そんなあべこべな耳になってしまったのかなどと考えてしまう程であった。
 だが、それは紛れもない真実だった。机上の空論などではなく、れっきとしたものだった。
 そうして彼女たちは騎士団に入り、その実力を発揮していった――。
 徽章を盗んだ人間は、はじめ『赤い翼』の残党ではないかと考えられていた。噂されていたということもあったが、犯行現場での証言も『赤い翼』と思しき証言が相次いだためだ。
 そして彼女たちも元を質せば『赤い翼』に所属している人間だ。だから彼女たちが疑われるのも、仕方ないことだが、頷ける話だ。
 しかし、実際には徽章を盗んだのは『シリーズ』であると判明した。だから、彼女たちはどうにかこうにか堪え忍んだのだろう。それでも、無傷で戻って来れた理由については、説明がつかないのだが。

「……タカト」

 と、そこまで考えていたところで崇人はマーズの声を聞いて、呼び戻された。

「ん? どうかしたか」
「ぼんやりとしていたから。また何かあったんじゃ……って思ったのよ」

 崇人はずっと眠っていて、未だ身体が鈍っていると思うのも当然のことだろう。
 だが、崇人は思った以上に頭がすっきりしていた。様々な考えを巡らせることが出来た。

「いや、大丈夫だ。問題ない。……ともかく、一先ず休ませてくれないか。久しぶりにインフィニティに乗ったからか、疲れてしまったもんで」
「え、ええ。いいわよ。場所はわかる?」
「隣りが寝る部屋なんだろ、それだけは知ってる」

 そう言って、崇人はドアノブをひねり、ドアを開けて、そこへ入っていった。
 崇人が居なくなって、マーズは漸くため息を一つついた。

「タカトは優しすぎる」

 一言目に、崇人にとってあまりにも厳しすぎる評価を下した。
 優しすぎるからこそ、甘い。
 マーズ・リッペンバーは崇人のことをこう評価していた。

「インフィニティにのってあんなことになったから、少し位は変わったかと思ったけれど……。どうやら、そういうこともなかったようね。まあ、あんなことがあってからここまで復活できただけでもすごいのかもしれないけれど」

 そう言ってマーズはスマートフォンを操作する。
 ある人間に連絡を取るためだ。
 そして、その電話はすぐに繋がった。

「もしもし、メリア? マーズだけれど」
『……うい、マーズか。どうかしたの?』

 メリアは寝起きだったのか、少しだけ声が低い。

「なに、あんた寝起き?」
『時間を考えろ。今何時だと思っているんだ。朝の七時だぞ』
「もういい時間よ。さっさと起きて。あることを頼みたいのよ」
『……あること?』
「インフィニティの人工知能プログラムのコード、あなたなら既に読み解いたのでしょう? それの結果を教えて欲しいのよ」
『……あなた、どうしてそれを知っているのよ』
「メリアの今までの行動から推測しただけに過ぎないわ。で、どうなの? あるの? ないの?」
『あるわ、どうする? メールで送ったほうがいいかしら』
「そうね、それがいいわ」
『なら、直ぐに送る。少し待っていてくれ』

 そう言って、メリアは電話を切った。

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