絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百五十九話 レインディア

 それを聞いたマーズは心なしか少し安心してしまった。もし仮に未だ捕まっていないとするならば、犯人は国民を襲う可能性だって充分にある。それが無くなったというだけでもそれを聞いた甲斐があるというものだ。
 セレナの話は未だ続く。

「犯人の意図、目的。そのどれもが不明ですが、これから調査していけば解ることです。……ですが、一つ問題も」
「何だ?」
「何でも聞いた話では精神に異常を来している……とのことです。その犯人を問い詰めた話によれば、『謎の人間が姿を現してきた』だの『大臣が首を斬った』など言っていますよ。……まぁ、大臣が行方不明になっているのでそれがほんとうかどうかも怪しい話ですが」
「まさか、大臣まで手にかけた可能性は……」
「大いに考えられると思います。凶器から大臣と陛下の血液がべっとりとついていることを科学調査研究所が確認しましたから」
「即ちその犯人が紛うことなき黒……ということになるのか」

 それを聞いて、セレナは小さく頷いた。
 マーズはため息をついて、目を瞑った。
 今は戦争だ。敵が多いだろうラグストリアルはいつ狙われるかも解らなかったが、まさかこんなにも呆気なく死んでいくとなると、マーズも動揺してしまうのは確かであった。

「……それ、イグアス王子には伝えたの? というか早急に王位継承者に王位を継承してもらう必要があるんじゃなくて」
「一応イグアス王子にその位を継いでもらうことになっている。だけど、そう簡単には戻ることは出来ない。戦力を割くことが出来ないからね。だからこの戦争がひと段落つくまでは、妹のレティア姫に政権を担ってもらう予定とのことよ」
「その決定は誰が?」
「『三賢人』」

 それを聞いて、マーズは納得する。三賢人のいったことならば、それに従うほうがいいだろう――そう思ったからだ。
 三賢人とはヴァリエイブルに属する団体のことである。三人しかいないわけではなく、有識者二十名によって構成される団体だ。意見を述べたり、たまに謀反を起こし王位を下ろす『王位下ろし』をする張本人でもあり、その影響力は計り知れない。
 とはいえ普段は国王、大臣、レインディアといった地位の高い権力者に指示をするだけの存在であるが、彼らに権力を任せきれない或いは任せることができなくなったときは三賢人自らが意見を述べ、政権を運営していくのである。

「……三賢人、ね。あまり好きではないのよね、彼らは。いけすかない、というかなんというか……一般人にも政治を運営させろとごねているのを建前に、自分たちも政権運営したいからって活動している連中が、本格的に政権運営に乗り出す足がかりを作ってしまったってわけになるわね」
「仕方ないことです。三賢人以外に政治の運営が出来る人間がいないのですから。今や副大臣も新たなレインディア候補も三賢人が決めていますからね。もう三賢人がなくてはこの国の運営が出来ないくらいに、共依存しているんですよ」

 共依存。
 その単語が一番合っているほどに、ヴァリエイブルの国政と『三賢人』は癒着していた。腐敗しきっていた。
 だが、彼女たちはそれに逆らうこともできないし、それをやめる意見をいう事すら出来ない。それをしてしまうことで彼女は保護から解かれてしまうからだ。
 保護がない彼女たちに待ち受けているのは――批判だ。
 リリーファーにかかる費用は年間膨れ上がっている。そして、戦争による批判も年々高まっている。
 今はリリーファーの需要があるのと、彼女たちが国政に無関係であるからWin-Winの関係でいるのだが、これが仮に崩壊してしまったとしたら、起動従士を守る大きな後ろ盾が無くなってしまうことに等しい。
 それでも、実際には起動従士がいなければリリーファーは動かないし、リリーファーが動かなかったら抗戦することも出来ないので、国としては起動従士には若干の我儘を許可しているというのが最近の現状である。

「……しかし、問題はイグアス王子をずっと我々の手で守らねばならない、ということだな。作戦と並行して考えねばなるまいし、さらには王子を守る役目も必要だ。……まったく、どうして戦場まで訪れたのか。使い物にならないではないか」

 ヴァルベリーは不敬ともとれる発言をしたが、今そこでそれを突っ込む人間は誰もいなかった。
 それにマーズも発言こそしなかったが、それについては同様の感想を持っていた。
 三賢人に政権を掌握させてしまうきっかけになってしまうであろう今回の決断は、彼女としても排除すべき事態であった。
 だが、今そんなことをしては国そのものが滅びかねない。ただでさえラグストリアルの訃報は世界中に既に駆け巡っているのだから。

「まあ、仕方ないことだ。私たちがそれを守らないわけにもいかない。私たちは国民を守る義務があって、それをするためには一番の方法なのだから」

 マーズは自らに確認するように言った。


 ◇◇◇


 レインディアは、王城の地下深くにある牢屋でひとり佇んでいた。
 彼女は泣いていた。
 自らの発言を信じてくれない人たちへの哀しみ。
 国王を守ることのできなかった自分への怒り。
 そのどれもが、彼女の心を押しつぶしていた。
 いや、押し潰されそうになっていた。

「……どうして、私が……」

 彼女は涙を流していた。

「どうして私は……守れなかったの……」

 国王、ラグストリアル・リグレーを守ることができなかったのは、目の前でラフターと対面していた彼女にとって最大の失態だった。
 彼女はもう、凡てを諦めたかった。
 国王に仕えている彼女として、目の前で国王が殺されていった状態を見てしまって、精神的に狂ってしまった――というより、精神的に限界を迎えていた。

「陛下……私は本当に、申し訳ない人間です。陛下を守ることが仕事であったのに、私は陛下を守ることができなかった。……最低で、最悪な人間です」
「まったくよ、ほんとそのとおり」

 声が聞こえて、レインディアは振り返る。
 そこに立っていたのはレティアだった。

「レティア……様」
「今は国王陛下よ。まあ、お兄様が戻ってくるまでのあいだ、だけれどね」
「ああ……」

 レインディアはそれを思いだし、跪く。

「いいわ、そのままで。どうせあなたは牢屋から出られないのだから、話だけ聞く形になるのだろうし」
「ありがとうございます」

 レティアから言われ、楽な姿勢をとる。

「……さて、あなたはお父様を殺してしまった罪に問われていることをご存じですよね? まあ、知っていると思います。だって、あなたが殺したのだから」

 レティアは感情を押し殺して、そう言った。
 だが、彼女は感情を完全に押し殺せてはいなかった。言葉の隙間隙間に怒りが垣間見える。それは殺した人間が目の前に立っているから、というよりも信じていた人間が父親を殺したという哀しみもあるのだろう。
 レインディアはそれを感じていた。そして、それを感じているからこそ、彼女は自分が犯人ではないことを言えなかった。
 きっとここで犯人ではないと言っても、証拠がないというのと彼女の怒りがあらわになって即座に処刑されるかもしれない。そんな可能性を彼女は考えていた。

「答えるつもりはない、そういうことですか……。まあいい。私がここに来たのは、あなたの顔を直接見たかったからです。そしてあなたに聞きたかった。どうして、父を、お父様を殺してしまったのかということを」
「私は――」

 ――殺していない。
 思わずその言葉が喉から出かかったところで、彼女はそれを止めた。感情が高ぶって、それを言おうとしてしまったのだ。
 しかし、

「あなたは殺していない……私はまだ、その可能性を信じています」

 レティアが言ったのは、レインディアが考えていることとはまた別のことであった。

「あなたはお父様にずっと忠誠を尽くしていた。だから、そんなあなたが、そう簡単にお父様を殺すはずがない。私はそう考えています。……まあ、周りの人からは『それはただのエゴだ』なんて言われてしまうんですがね。たしかにエゴです。独りよがりな考え方かもしれません。でも、その考えをしてはいけないんでしょうか? 証拠もない、証言もない。これは即ち、あなたが犯人である可能性もそうでない可能性も内包している……そう思えて仕方がないのですよ」

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