絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百五十八話 ラグストリアル・リグレー

 ラフターはそう言った目的は、やはりレインディアを動揺させて正しい思考が出来ないようにするためだろう――ラフターに命を消されようとしていたラグストリアルは、こんな状況であるにもかかわらず冷静にその場を分析していた。
 いや、寧ろこのような場においても冷静でなくては王というのは務まらないのかもしれない。暗殺の危険と隣り合わせであるからこそ、人々を信頼し、手厚く歓迎するラグストリアルのやり方も、こういうことを見越してのことだった。

「ラフター、お主は心が狭い人間だ」

 ラグストリアルは息を吐くように、そう言った。

「……なに?」

 対してラフターは、ラグストリアルが放った言葉の意味が理解出来なかった。
 いや、そのままの意味で捉えれば間違いは無いのだろうが、かといってそのままで捉えるとおかしいことになる。

「いけません、陛下! この男はもはや狂っております、陛下の知るラフター・エンデバイロンではありません! この男にどんな言葉を投げ掛けても……!」
「レインディア、お前は黙っていろ。……大丈夫だ、ほんの少しだけ話す。ただ、それだけだ」

 レインディアが言い放った警告をラグストリアルは優しく流した。
 それを聞いたラフターはニヒルな笑みを浮かべる。

「本当にラグストリアル、お前は優しい。優しすぎるよ。だが、その優しさがこの国に隙を与えている」
「確かに騎士団の一つと大臣にスパイを擁していたくらいだったからな。まったく気が付かなかった」

 だが。

「私はそれが、『平和』なのではないか……そう思うよ。たとえ反対する人間が居たとしても、敵がそのまま自分の国に居たとしても、そんなことは関係ない」
「堪え忍ぶことが、貴様にとっての『平和』ということか」
「……そうなるだろうな」

 くだらなかった。
 敵だったとはいえ長い間大臣としてラグストリアルの直ぐ傍に寄り添っていたラフターは思わず失笑した。

「私は、こんなくだらない希望論を言う爺を相手にしていたというのか」
「くだらないかどうかは、後の歴史が決めてくれるだろう。いつだってそうだったじゃないか」

 ラグストリアルは言った。
 ラフターはそれを聞いて、ナイフを持つ手の力を強めた。ナイフが首に押し付けられ、一滴また一滴と赤い血が垂れていく。

「陛下っ!!」

 レインディアは直ぐにでもラフターの首を消し飛ばそうと杖に力を込めた。
 しかし、

「手出しをするでない、レインディア」
「ですが陛下、このままではラフターの意のままです!」
「上司が手を出すなと言ったんだ。部下は黙っていろ」

 ラフターの言葉を聞いて、レインディアは杖から力を抜いた。王の命令には誰も逆らえないし、逆らうことを許されない。だから彼女は、その命令に従うしかなかった。

「ラグストリアル、何の自信があってまだ堪え忍ぶのかは解らないが、それは無駄だ。私が心を入れ替えるはずもなければこれ以上物事が良くなることは有り得ない」
「……お主も人を殺したことがないのだろう? 或いは、最後に人を殺したのは随分と昔のことなのではないか?」

 対して、ラグストリアルは質問を投げ掛ける。

「何が言いたい」
「言葉通りの意味だ。そしてもう一度言おう、ラフター。お前は人を殺したことはない。或いは最後にその行為に及んだのがあまりにも昔過ぎて感覚が鈍ってしまっているのではないか?」
「……笑止! 何を言うかと思っていたが、血迷ったかラグストリアル! まったくもって、阿呆らしい! そんな戯言で私が心変わりするとでも思ったか!」
「何もそう簡単に心変わりするとは思っていない。寧ろ話を聞いて欲しいだけだ。老人の戯言とでも思って聞いてはくれないか」

 ラグストリアルの言葉に、ラフターは鼻で笑った。
 そしてナイフを首から遠ざけた。

「そんな戯言聞くはずないだろう馬鹿が」

 しかし遠ざけたのは僅か一瞬のことであった。勢い良くナイフを掲げ、首を叩き斬った。ナイフに魔法でもかかっているのか、あまりにも簡単にナイフは首を貫通した。
 簡単に斬れてしまったラグストリアルの首をラフターは持ち上げる。ラグストリアルの首があった場所から噴水めいた勢いで血飛沫が飛び散った。

「…………ぇ」

 レインディアはその光景に、何も言うことは出来なかった。
 今まで、ついさっきまでそこには、ラグストリアル・リグレーという人間が生きていた。
 しかし、ラグストリアルはあっさりと、まるで人間が虫を捻り潰すかのように、死んでしまったのだ。
 それを彼女は信じることが出来なかった。

「どう――して」
「どうした、とはこっちのセリフだ。レインディア。どうした? まぁさか、王が死んだだけでそこまで取り乱すほどの人間だったのか。だとしたら私は、お前を随分に過小評価しすぎていたようだな」
「……どうして、殺した!」
「どうして殺した? 当たり前だ。『計画』には邪魔な存在だからだよ。ラグストリアル・リグレーがずっとヴァリエイブルの王として君臨してもらっちゃ、困るんだよ」
「困る困らない……そんなパラメータで殺した、とでも言うつもりか!!」

 杖にかける力が強まる。
 それを見て、ラフターは微笑んだ。

「ああ、そうだ。そんなパラメータ……とは言うが私にとってみれば重大だ。計画が実行できるか否かの問題なのだから。そしてそういう問題は極力排除していかねばならない。そうするのが私の仕事であり、今回ここにきた目的だ」

 まるで、何者かにそれを命じられているのだ――ラフターはそう明言しているようにも思えた。
 ラフターの話は続く。

「君が思っている通りに、物語は進んでいくわけではない。様々な人間の様々な思惑によって、世界は歪められ、或いは逼迫していき、或いは澱んでいく。そのままいけば世界がどうなってしまうのかは……世界を客観的に見ることの出来る、世界の外から物事を見ることの出来る『彼ら』にしか解らない。そして我々は彼らのパペットに過ぎないのだよ」
「彼ら……?」
「まあ、それを知るのはまだ大分先のことになるだろうがね。物語の『計画』を知らない人間からすれば、途方もない出来事であることには変わりない」

 小さく呟き、ラグストリアルの首を床に投げ捨てた。

「動くな。こっから逃げられるとでも思っているのか!」

 レインディアは呟く。
 ラフターは首を傾げる。

「逃げる? ああ、そうだね。大変だね。でも……」
「もう『ひとり』、ほかに味方がいるとすれば?」

 レインディアはそこで背後に迫る気配に気が付いた。
 だが、その時にはもう遅かった。
 ポン、とレインディアは軽く首の裏を叩かれた。

「くそっ……まさかもうひとり味方がいるとは……!」
「それじゃ、レインディア。後始末は頼んだよ」

 彼女はラフターの微笑みと、もうひとりの男の輝かしい笑顔を最後に――気を失った。


 ◇◇◇


 ペイパス王国独立、及びラグストリアル・リグレーの死去のビッグニュースは同時に世界を駆け巡った。特に後者はヴァリエイブルの王城に住む人間がどうにかして戒厳令を敷こうと試みたが、ラフターらによって情報がリークされ、彼らの頑張りも虚しく全世界にその情報が知れ渡ることとなったのだ。
 そして、潜水艦アフロディーテ内部。ヴァルベリーとマーズの二人も、その情報を聞いて思わず耳を疑った。

「国王陛下が……暗殺された、だと」

 ヴァルベリーはそう言って目を瞑った。

「暗殺には……ペイパスの人間が関わっているの?」

 対してマーズは、セレナに質問を投げかけた。
 セレナはその質問を聞いて、首を傾げる。

「どうなんでしょうね……私も通信でしか聞いていませんから。強いて言うならば、犯人は既に特定出来ていて、逮捕しています。直に処罰されることでしょう」

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