絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十八話 ロイヤルブラスト、動く(前編)

 マーズがあっさりと告げたイグアスの真実に、ハリー騎士団の面々は何の言葉を言い返すことも出来なかった。それくらい衝撃的な事実なのだから、寧ろそれくらい驚くのは当然なのかもしれなかった。
 一番初めに口を開いたのは、エルフィーだった。

「……それってほんとうなんですか?」
「私だってついさっき聞いたばかりで、まったく信じられないことなんだけれど、まぁ国王陛下からそう言われちゃあ信じるしかないわよね」
「国王陛下……が」

 エルフィーは俯き、何か考え事をし始めたようだった。

「話はまだ続くわ。寧ろ大事なことはここから……かもしれないわね」

 一息。

「そのイグアス王子が、今王家専用機『ロイヤルブラスト』をつれて行方不明になっている。そして、その予想される行先の一つに……このアフロディーテがある」
「なん……だって?」

 それに一番早く反応したのはマグラス、次いでエルフィーだった。

「アフロディーテは二つの騎士団のリリーファーを格納しても、まだ充分すぎる程に空きがある。もしかしたらそこに『ロイヤルブラスト』が格納されているのではないか、と現在確認作業に入っている。見つかり次第ロイヤルブラストは拘束する。イグアス王子の安全を確保するためだ、仕方あるまい」
「……もし見つからなければ?」
「その時はその時だ。それが出来ることならば一番いい選択肢になるのだがな。まあ、そうもいかないだろう。正直な話、私としては別にイグアス王子に戦わせても問題ないとは思っている」

 マーズの言葉は、ハリー騎士団の面々には衝撃的な事実であった。
 今までイグアスを捕らえよと言わんばかりの命令であったにもかかわらず、騎士団を現時点で束ねる副騎士団長のマーズの見解はそれとは真逆のものだったからだ。

「なんでなのか、見解の詳細を聞かせてもらっても?」

 訊ねたのはマグラスだった。それを聞いてマーズは頷く。

「簡単なことだ。考えてもみろ、王族がリリーファーに乗るということは身を挺して我々の職場を見に来る、そうとってもいい。その体験をした人間こそ、素晴らしい王にはならないか? 普通に考えて、だ」
「……なるほど。将来を考えている、と」
「ま。それは建前だけどね。本音としてはこの過酷な状況を王族サマに体験してもらって、どういうふうに思うかが聞きたいだけれど」
「……それって、最低な本音だな」

 ヴィエンスがそう呟いた、その時だった。
 ガガン!! と潜水艦アフロディーテが大きく揺れた。
 ハリー騎士団の面々は急いでしゃがみ、どこかに捕まる。
 その揺れは一瞬で収まったが、その威力は強めであった。地震のようにも思えたが、何かがこのアフロディーテにぶつかってきたような……そんな揺れにも思えた。

「……収まったな……」

 マーズは呟くと、部屋を飛び出した。
 エルフィーとマグラスはそれを見てアイコンタクトして、その後を追う。
 次いでヴィエンス、コルネリアもその後を追った。


 ◇◇◇


 その頃、リリーファー格納庫。
 黒を基調とした機体に、白のラインが踊るように波打っている――王家専用機『ロイヤルブラスト』の中でイグアスは細かく震えていた。
 ついにやってきた『戦争』。
 自分の足でここまでやってきたのに、彼は恥ずかしげもなくその場に蹲っていた。
 自分はいったい何をしているのか? 何のためにここまで来たのか?
 そう何度も、イグアスは思い起こす。
 しかし、それが行動力には結びつくはずもなく、ずっとここに居るだけであった。

「なんで僕はここまで来たんだ?」

 ――それはリリーファーに乗るためだ。

「だったらなんでここにいるんだ?」

 ――戦争が怖いからだ。

「そうだ」

 彼は自問自答を続ける。
 これが不毛だと理解しながら、彼は自問自答し続けるのであった。

「でもずっとここに居続ける必要はない」

 ――邪魔になる。

「だったらどうする?」

 ――出る。

「どこへ?」

 ――戦争の場、戦場へ。

「そうだ。……行くんだ。僕は行くと、決めたんだ」

 そして、彼はリリーファーコントローラーを強く握った。



 ロイヤルブラストが出動したのは、格納庫へと向かっているマーズたちも地響きという形で理解することとなった。

「なんだこの地響きは……!」
「恐らくリリーファーが出動したのだろう! メルキオールかもしれん!」
「それはありえないわ」

 その声を聞いて、マーズは驚愕の表情を浮かべ、振り返る。
 そこに立っていたのはメルキオール騎士団団長ヴァルベリー・ロックンアリアーだった。そしてその後ろにはメルキオール騎士団の構成員が全員いるようだった。

「私たちはまだ出動すらしていない。にもかかわらず格納庫方面から聞こえたあの地響き……きっとハリー騎士団あたりが出撃したに違いない。私たちはそう思っていたのに……」
「……どうやらお互いがお互いに出撃したのだと思っていたようね」

 マーズの言葉にヴァルベリーは頷く。

「ということは……」

 マーズは最悪の可能性を考えた。
 それは出来ることならば、一番考えたくなかったことだ。

「……ロイヤルブラストが、出動した……?!」
「馬鹿な! 格納庫の扉は開いていないはず!」
「格納庫の扉は確か開けていたはずだ……。リリーファーの整備のために」

 マーズは走りながら、ヴァルベリーの話を聞いた。

「ということはいつでもロイヤルブラストは出る準備に入れていた……そういうことになるな」
「そういうことになる。ロイヤルブラストを搬入した共犯者がいるはずだ」

 ヴァルベリーが言った『共犯者』という表現は少々仰々しいのかもしれない。
 しかし実際には元々入れる予定のなかったリリーファーと人間をいれたというのだから、立派な規約違反である。共犯者と言っても、もはや過言ではない。
 王族であるイグアスを捕らえることは流石に出来ないだろうが、共犯者は捕らえることが出来る。

「それに共犯者は捕まえてはいけない……なんて言われていないからな」
「ヴァルベリー……あんたあくどいわね」

 マーズの言葉に、ヴァルベリーはなにも答えなかった。


 ◇◇◇


 ロイヤルブラスト、コックピット内部にいるイグアスは不思議と緊張などしていなかった。

「どうしてだろう」

 緊張していない自分を、今まで葛藤していたはずの自分を、彼は疑問に思っていた。
 だが、今はそれを考えている暇などない。
 目の前に立っている、リリーファー――敵がいるのだから。
 彼にとっては、これが初めての戦闘だ。
 そして、その敵は禍々しい雰囲気を放っている。

「……あれは……『聖騎士』なのか?」

 聖騎士の姿は、回収されたタイプを見ていたので形は覚えていた。
 しかし、そのリリーファーは聖騎士によく似ていたが、細かい場所が変わっていた。具体的には解らないが、若干大きいようにも見える。
 怖い。
 イグアス・リグレーは怖かった。
 初めての戦闘が、戦争によるものであることを、彼が自らここまで出向いたことを理解しているにもかかわらず、後悔していた。

「……だが、逃げていたら王族の名折れだ」

 勝たねばならない。
 逃げてはならない。
 そう決心して――彼は一歩踏み出した。
 敵のリリーファーへと向かうために。
 しかし、彼は知らなかった。
 そのリリーファーは、敵のパイロットから聞いていた――『聖騎士0000号ナンバー・ゼロ』だということを。

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