絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十七話 イグアス・リグレー

 レティア・リグレーがその兄イグアス・リグレーに恐ろしい程の愛情を抱いていることは、王城に関わる人間で知らない人間などいないだろう――それくらい、彼女はイグアスを愛していた。
 それは普通から見ればおかしな感情ではあったのだが、しかし当の本人とその家族はそれを大事であるとは思わなかった。大臣であるラフターもちょくちょくレティアのことを心配しているような発言をするが、歳が経つにつれてなくなっていくだろうと彼自身も思っていたのだ。
 しかし……歳が経つにつれて、彼女の独占欲はさらに増していった。そしてそれが王城の外にまで知れ渡ってしまった。だから彼女と結婚しようなんていう人間が現れるはずもないのだ。血で繋がった兄妹に、愛情で叶うはずがない――そう言い残して去る者も少なくはなかった。

「……なあ、レティア。そうは言うが、お前ももういい歳だ。子供を作るのはどうする? 我がリグレー家の血筋を受け継ぐ強固な血筋を探してみるのもいいと思うぞ」
「いいえ。私はお兄様だけがいればいいのです」

 はっきりとした眼差しで、そう返した。

「……それは私がいなくてもいい、ということなのか……?」

 ラグストリアルが訊ねるが、レティアはその質問には答えなかった。
 閑話休題。

「そんなことはどうだっていい。……とりあえず、イグアスが敵地へ出向いた。この意味がお前には解らないなんてことは言わせないぞ」
「……もしものことがあったときは、私が王位を継ぐことになる。そうおっしゃりたいのですね、お父様」
「ああ。そうだ」

 ラグストリアルは静かにそう答えた。

「しかし、お兄様はそう簡単に負けるなんてことはありません。お父様もご存知のはずでしょう、お兄様のリリーファーの実力は」
「……ああ。確かに知っている」

 そう。
 何もイグアスは起動従士の素質があるだけでリリーファーに乗ったことがない――そんなことはないのである。
 何度もシミュレートは行っているのだ。それも、イグアスの不満をなんとか抑えるという、ラグストリアルが必死に考えた策ではあるが。
 そのシミュレートにおいて、イグアスは高い数値を叩き出したのだ。その数値はメリア・ヴェンダーが開発したリリーファーのシミュレーション能力を数値化するプログラムによるものでその精度は高い。そんなプログラムにおいて、イグアスは最高の数値を叩き出した。
 それを聞いたときはラグストリアルも驚いた。自分の息子に、そんな秘めた才能があったのだというのだから、驚くのも無理はないだろう。
 しかし、それを聞いてラグストリアルは葛藤を覚えた。
 息子が起動従士として類希なる才能を持っている。それは普通ならば喜ばしいことだろう。
 しかし彼はヴァリエイブル連合王国というひとつの国の元首で、その息子であるイグアスはその次期元首最有力候補であるのだ。心配しないわけがない。もし彼が起動従士として出撃することになって、――死んでしまったとしたら。
 ラグストリアルはそれが怖かった。それが心配だった。だから今まで頑なにイグアスをリリーファーに載せなかったのだ。
 だが、イグアスは戦地へと向かってしまった。

「これも、選択なのかもしれないな……」

 ラグストリアルは呟く。
 レティアは微笑む。

「お兄様は負けませんわ、絶対に」

 それを聞いて、ラグストリアルは無言で頷いた。


 ◇◇◇


 アフロディーテにイグアスが紛れ込んでいる可能性がある――その一報がアフロディーテ自身に入ったのは明け方のことだった。その一報自体を受け取ったのはそれから数時間前のことになるが、『作戦』で忙しかった彼らはそれを気にしている暇などなかったのであった。
 そしてその一報は、あっという間にハリー騎士団副団長マーズ・リッペンバーに行き渡った。

「……それが来たのって、実に何時間前の話になるわけ?」

 マーズは怒りを露にして、それを報告してきた兵士に訊ねる。
 兵士は何度も頭を下げながら、その概要について語った。
 それを聞き終わりマーズは小さく頷いた。

「王家専用機、ね。まさかそれに乗って私たちと一緒に戦おうだなんて思っているのかしら」

 そして、徐々にマーズの表情が愉悦に歪んだ。
 彼女は話を聞いているうちに面白くなったのだ。イグアス王子とは昔から顔見知り程度の面識はあったがリリーファーを使えるということはあまり知らなかった。

「……ところで陛下は何と言っている?」
「出来ることならば連れ戻して欲しい、とのことですが難しいでしょう。レインディア様も『それが難しいようならば、全力でイグアス様を守るよう』ともおっしゃっておりました」
「つまり無理に帰す必要はない、と……。この事は他の騎士団にも?」
「無論、全員にお伝えしている情報です。それを知るのに前後はありましょうが、全員がそれを知るまでにそう時間はかからないものかと」
「……解ったわ。騎士団のメンバーには私から伝えておきます」

 そして、兵士とマーズの会話は静かに終了した。
 マーズは会話を終了し、再び自らの部屋に入ると小さくため息をついた。それは紛れもなくイグアスがこのアフロディーテに侵入している、という情報を聞いたからである。
 その情報がもし法王庁側の人間にバレてしまえば、アフロディーテは格好の餌食になる。それは出来ることなら避けたい事態だ。

「出来ることならば、このアフロディーテにいるうちに身柄を確保せねばなるまい」

 通常ならば反逆罪で捕まりかねない暴言であるが、現在これを言われても仕方がない人間が居るのだから、どうしようもない。
 マーズはその余計な仕事を騎士団の面々に伝えるのだと思うと、胃がキリキリと痛んだ。


 ハリー騎士団の緊急の会議が始まったのは、それから僅か五分後のことであった。彼女としては無理に起こしてまで会議をするべきではないと考えていたが、何故か全員既に起きていた。
 しかし、寝ていないのはマーズも一緒であり、結果としてハリー騎士団は誰一人睡眠を取ってはいないのであった。

「会議って何なんでしょうか……?」

 コルネリアが淑やかに首を傾げる。

「あぁ、大丈夫よコルネリア。そんな大事ではないから。直ぐに終わるわ」

 マーズは部屋を見渡す。ここは集会用に用意された会議室であり、今ここにはハリー騎士団全員が集まっているはずである。
 確かに、今は全員集まっている――たった一人を除いて。
 マーズ以外の人間もそれには気が付いていた。しかしそれには誰も口出しすることはしなかった。
 そしてマーズも、誰がいないかというのは既に把握していた。だからこそ、マーズは深いため息をついた。

「それでは会議を始めます。こんな早い時間にみんな集まってくれてありがとう、とても感謝している……さて、会議の内容はそう難しくない。どちらかといえば『上からこう言われたのでやってもらいたい』みたいなことだ。……まぁ、面倒臭いことには変わり無いことだがな」
「なんだ。そう長々と前口上を述べる必要もないだろう。さっさとそれだけを言えばいい」

 乱暴な言葉遣いを未だにマーズに使っているヴィエンスは、最早修正させようとしても無駄だとマーズが判断したその結果であった。ヴィエンスに何度言っても治さないのだから、もうそれの方がいいだろうとマーズが譲歩したのであった。

「……イグアス・リグレーという男の名前を知っているか?」

 マーズの言葉にヴィエンスは頷く。

「ヴァリエイブル連邦王国の第一王子だろう。よく新聞にも載っているからな、それくらいは常識だ」
「……それくらい知っているならばいい。それで、そのイグアス王子がな……起動従士の素質を持っているのだ。それも、どの騎士団員でも持っていないような類稀なる才能ってやつを、だ」


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