絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十四話 釣果

 結局、レパルギュアに生き残っていたであろう人間は誰も居なかった。残念ながらというべきなのかは、今のマーズの地位を考えると大っぴらに言うことは叶わない。

「結果として……あの一発のコイルガンのみでレパルギュアを壊滅させることに成功した。我々騎士団の手を患わせないで済んだ、という点を考えれば今日のことは完全に骨折り損の草臥れ儲けだった」

 ある会議室にて、マーズ・リッペンバーがそんな言葉から会議を始めた。
 マーズは疲れていた。特に何もしていないにも関わらず、彼女は疲れてしまったのだ。それは肉体的疲労以上に精神的に疲れてしまったのだった。

「このあと少しの時間になるが、休息の時間となる。それが終わったらミーティングだ。今のうちに身体を休ませておくことをお薦めする」
「……マーズ・リッペンバー、少しだけ質問をしても構わないか?」

 会議を早々に終わらせて、マーズ自身も休みたかったが、そう言われて断るわけにもいかなかった。
 話しかけてきたのはエレンだった。彼女は何かを見抜いていたのか少し怒っているような雰囲気もあった。

「どうかしたかしら、エレン」
「どうもこうもない」

 そう言ってエレンは一回舌打ちする。
 何でイライラしているのか彼女は解らなくて、思考を回転させていく。
 しかし、それよりも早くエレンは、言った。

「マーズ・リッペンバー。今回の作戦のあいだ、あなたから全くやる気が感じられないのだけれど……これはいったいどういうことなのかしら」

 それを聞いてマーズは息を飲んだ。
 やはりそう長く誤魔化すことは出来なかった、ということだ。騙すつもりなどなかったとはいえ、エレンは酷く怒っているようだった。

「……ごめんなさい。すこし、疲れていたのよ」
「疲れていた? そんなことが言い訳になるとでも思っているのか? ……ホントに思っているならば、片腹痛い」

 エレンは冷たく突き放した。

「……あなた、自分の立場を解って言っている? 私は副団長、あなたはただの構成員」
「ただ、それだけの話だ。それとも、なんだ? 僅かそれだけの差で偉ぶるのか?」
「……『それだけの』差かもしれないが、決定的な差であることには変わりないわ」
「本当にそれで突き通すつもりなんだな。器の小さい女だ」

 そう言ってエレンはため息をつく。
 対してマーズは軽く机を叩いた。

「あなた、いい加減に何が言いたいのかはっきりと言ってもらえるかしら?」

 明らかにマーズの語気が強くなっていた。『怒り』が抑えきれずに、冷静になりきれていないのだ。
 それをせせら笑うように、エレンは答える。

「それじゃあ言ってやるよ。……あんた、今回の作戦やる気無いだろ?」

 はっきりと、そう言われた。
 その言葉はマーズの心に確りと届いた。そしてそれはハンマーで叩かれたような強い衝撃でもあった。
 解っていたことを、いざ他人から言われると恥ずかしさと追って怒りが込み上げてくる。
 それは彼女も例外ではなかった。

「……幾ら何でもそれは言い過ぎなんじゃないかしら?」
「そうかな? 現にあんたは怒りを抑えている。正確には抑えきれずに所作が所々ぶっきらぼうになっている場面があるがね。隠しているつもりなんだろうが、正直な話丸見えだ。誰が見ても解る」
「続きをどうぞ」
「何も言い返せなくなったのは、それが紛い物でもなんでもない、正論であることを認めたからかしら? それとも何か他に別の理由でも?」
「……だって普通にあれを見て、あなたたちは何も思わないとでもいうの……!?」

 マーズはとうとう自分の内に秘めた思いを吐露した。
 泪を流しながら、彼女の話は続く。

「ここに居たあなたたちならばそれを目撃したはずよ、無抵抗の女性を私たちが殺戮していった姿を! 彼女はお腹に新しい命を宿していた、もう一人の人間が居た! ……にもかかわらず、彼らは躊躇なく撃ち倒した……!」

 もうこれ以上、マーズの言葉はうまく聞き取ることは出来なかった。彼女が流した泪は、ずっと流れたままだったからだ。

「……滑稽だ。そして見損なったよ、マーズ・リッペンバー。女神と謳われた君が、ここまで精神的に弱い人間だったなんてね」

 それだけを言ってエレンは会議室を後にした。
 会議室には暫く、マーズの嗚咽だけが部屋を支配していた。


 ◇◇◇


 旧ペイパス王国第一王女にして唯一の王位継承者であるイサドラ・ペイパスは今リザ・ベリーダ率いるカスパール騎士団とともに、郊外にある寂れたショッピングセンターへとやって来ていた。

「こんな広い建物じゃ、逆に目立つのではなくて?」

 イサドラが訊ねると、リザは首を横に振った。

「その辺りはきちんと確認済みです。こちらにやって来る殆どは世間知らずの愚か者。幽霊なる非科学的存在を求めてやって来る人間ばかりです。ですが今日から暫くは入らないでしょう。ここは解体作業を始めていますから」
「……それじゃ、ここにはそう長く居ることは出来ないのかしら?」
「残念ながら、そういうことになります」
「そう……」

 イサドラは小さくため息をついた。漸くここまで来て一息つくことが出来たのだ。
 今まではヴァリエイブルによる監視が続いていたために、休まることが無かったが、リザたちが助けたことでそれも無くなった。

「しかし国王……いや、ラグストリアルにも困ったものだ。ペイパス王家を根絶やしにするなどと発言したものだから急いで姫様の回収に成功したもの……」

 ラグストリアルは戦争が始まる少し前から、ペイパス王家の血筋の断絶を開始していた。男子は絞首刑に処し、女子は名のある貴族の妾とされた。
 しかしイサドラは昔から人気だったこともありラグストリアル自身の妾にしようかと考えていたが、イサドラがずっと拒否し続けてきたのだ。

「……本当に、今まで堪え忍んでくださりありがとうございます姫様」

 ラフターは頭を下げる。それに合わせてイサドラもドレスが地に落ちないよう抑えながら頭を下げた。

「流石にあの歳に夜伽なんてことはやらないだろうけれどね……やはり大変だったよ。何度うまくイサドラ様から話題を逸らすようにしたか覚えてない」
「しかし、それで今の私が居るのです。あなたたちのおかげですよ」
「有難い御言葉です……」

 ラフターは再び、深々と頭を下げる。
 対してリザはイサドラが座るソファーの前にあるテーブルに広げられた地図を見ていた。その地図は旧ペイパス王国全体を描くものであった。

「どこから狙うか……軍基地はどうだ?」
「軍基地を一つ解放すれば兵士が帰還するだろう。さすればその分兵力は増える。……しかし、相当な賭けになることには間違いないだろう」
「かといっても我々だけでは心許ない。ペイパスのリリーファーは何処に保管されているんだっけか?」
「王城の地下……今は総領事館になっているが、確かあそこからは入れなかったはずだ」
「ならば、どうすればいい?」
「そう焦るな。王家と起動従士しか通ることの出来ない特別な道が確かあったはずだ。そこからならば簡単に潜り込める……はずだ。残念ながら確証はないが」

 ラフターの言葉に、リザはため息をついた。
 このままでは踏んだり蹴ったりだ。どうにかして、リリーファーを確保する必要がある。
 ペイパス王家専用機『ロイヤルウェーバー』。
 それにイサドラを載せることで、少なくとも彼女に被害が及ぶことはない――リザはそう考えていた。だから、彼女はそれを探していた。
 少なくとも昨日までの情報では、まだヴァリエイブルにそれは接収されておらず、ペイパスの地下に眠っていることが判明している。となれば、早く回収するに越したことはない。

「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く