絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十一話 バックアップ


 帽子屋はその問いに、ただ静かに微笑むだけだった。
 法王はその表情に恐怖すら覚えた。もしかしたらこの話題は彼にとってタブーだったのか。言ってはいけないことだったのだろうか。
 しかし、そんな感情を予測しているかのように、帽子屋はフッと鼻で笑う。

「……僕は僕だ。『シリーズ』の帽子屋――ただそれだけの存在だよ」
「だとしたら、ここまで人類に関与する理由にはならない」

 帽子屋はどうしてここまで人類に関与するのか? それが彼の疑問だった。
 もしかして、ただのお人好しで……帽子屋に限ってそんなことは有り得ない。そう法王は思っていた。

「もしかして僕がただのお人好しで、人間に関与していると思っていたり……そんなこと考えてはいないだろうね?」
「……見透かされていた、というのか」
「そりゃ、僕は人間とは違うカテゴリに属する存在だ。それくらい解ってもいい」
「そういうものかね」

 法王は鼻を鳴らす。

「そういうものさ」

 帽子屋は小さく微笑む。

「そうだ。あとでこう言っておいてね。『バルタザール騎士団のリリーファー及び騎士団員は全員回収』って」
「それは構わない……が、いったい何を?」
「聖騎士の改良材料にもなるだろうし、洗脳でもしちまえばいいんじゃない?」

 それを聞いて法王はニタリと口を緩める。

「相変わらず、イヤラシイ考えばかりが浮かぶ男よ」
「それはお互い様だろう。ウーム・エヴォルゲイト」

 そうして、彼らの会話は、静かに終了した。


 ◇◇◇


「どうして……」

 リーフィ・クロウザーとフランシスカ・バビーチェは戦闘の様子を屋上から見ていた。
 一瞬にして、戦いの決着はついてしまったのだ。
 それを見ていた彼女たちですら、いったい何が起きたのかさっぱり解らなかった。

「……リーフィ・クロウザー。あなた、あの状況、理解できた……?」
「いえ、さっぱり」

 それを聞いて内心フランシスカはほっとする。もしこれが自分だけ解らないのであれば、それは上司失格であると考えていたからだ。
 連れて行かれたリリーファー。そして起動従士。
 それを見て、彼女たちは何もできなかった。
 それを知った国民はきっと、叫ぶだろう。どうして救わなかった。俺たちの血税で働いているんだろう、と。
 だが、その国民に問いたい。
 リリーファーが一機たりとも存在しない状況で、一騎士団を殲滅するほどの実力のあるリリーファー三十機を相手に、どう戦えというのだろうか?
 きっとそれさえ知っていれば、彼女たちの行動を蔑む者などいない。いるはずがない。もしいるとするなら、その人間は完全にリリーファーのことなど考えない、エゴイストである。

「……連絡だ、」

 思い出したように、彼女は呟く。

「連絡を早くしろ!! 急いで本国へ、今回の戦果を報告するんだ!!」

 フランシスカの怒号を基点に、再びガルタス基地に喧騒が舞い戻ってきた。


 ◇◇◇


「何たることだ……。ガルタス基地にいたバルタザール騎士団が一発にして全滅にさせられ、さらにリリーファーと起動従士まで捕まってしまうとは……」

 ラグストリアルはガルタス基地のリーダー、フランシスカからの情報を聞いて小さくため息をついた。
 戦争の状況は、著しく悪い方向へと向かっている。先程報告を受けたとおりでは、潜水艦アフロディーテを用いてヘヴンズ・ゲート自治区へと向かっているハリー・メルキオール両騎士団は水中でのリリーファー襲撃を受けたが、その後復活。現在は起動従士及び躯体を確保して、改めて目的地へ向かっている。
 それとは対照的にバルタザール騎士団は全滅、しかもリリーファーと起動従士が敵の手に捕らわれてしまったというのだから、問題だ。
 ヴァリス王国は全部で四つの騎士団を保有している。うち二つがヘヴンズ・ゲート自治区へ、残り一つづつでペイパスの治安維持とガルタス基地での国土保全――今回の戦争は概ねそういう方向で進む予定だった。
 だからこそ今回のバルタザール騎士団の一報は、ラグストリアルにとって寝耳に水だった。
 だが、勝負とは常に運を必要とするものである。実力が天と地の差があったとしても、『運』によってはその実力差は大きく埋まることだってある。
 とはいえここまで圧倒的に大差を取られるとは――流石にラグストリアルも想像していなかった。

「誰が想像出来る……。我が国の優秀な騎士団が数瞬のうちにやられたなんぞ……!」

 ラグストリアルは下唇を噛み締め、その身体を細かく震わせていた。あまりに唇を強く噛んでいたために、その唇から血が一筋滴り落ちる。

「大臣! ラフターは、ラフター・エンデバイロンは何処にいった!」

 ラグストリアルが激昂し、その名前を呼ぶもラフターは現れない。

「大臣は現在ペイパスの方に向かっておいでで御座います」

 代わりにやって来たのは一人のメイドだった。デッキブラシを持った、一人のメイドだった。
 そのメイドは微笑み、さらに話を続ける。

「また、今日はペイパス総領事館での会合があり、そちらで調印式を行います。軍縮及び技術廃棄についての調印式……であると大臣から聞いておりましたが」
「レインディアか……。あぁ、済まなかったな。そういえば忘れていた……」

 そう言うとラグストリアルはその背中を椅子の背もたれに預けた。

「つまり大臣は、今日は帰ってこない……そういうことだったな?」
「そのように聞いております」

 それを聞いて、ラグストリアルは少しだけ安心した。
 『レインディア』というメイドは、代々国王の傍に仕えるメイドの役職のことをいう。レインディアがその役職にいる間は、自らの名前を名乗ることは出来ない(役職を解かれた後は可能)。
 そしてレインディアはただのメイドではなく、副大臣級の地位を与えられる。即ち、一般兵士についてはある程度ならば指示を出すことが可能だということだ(騎士団は国王直轄のために国王以外の指示は法の下では受け付けない)。
 即ち、今ここに居る彼女――レインディアは、大臣が居ない今、国王の次に発言力がある人間といっても過言でなかった。

「……レインディア、今回の戦争における現時点での被害状況は?」
「まずまずといったところでしょう。バルタザールが敵に渡ってしまったのは惜しいものですが、まだ本国にはの存在があります」
「『バックアップ』、か……」

 その言葉にレインディアは頷く。
 バックアップとは自身の専用機を持たない起動従士のことをいう。リリーファーはそれぞれ個性が強く、また軍備の均一を図るためにヴァリエイブルでは騎士団の人数をある程度固定している。しかしながら、完全に固定はしておらず、数年に一度人数を増やすことが行えるが、経済力が無ければそれを行うのは非常に難しいし、リリーファーの数が足りない。
 そのため、ヴァリス王国ではバックアップの制度を導入したのだ。何らかの原因により専用機を保有していた起動従士がその操縦を不可能としたとき、バックアップが操縦する――そういうシステムである。
 現在バックアップは二十二人。騎士団が二つ作れる計算にある。しかしながらリリーファーの数が足りないために起動従士になることが出来ず、涙を飲んでバックアップとなる人間も少なくはない。

「今の欠員はバルタザール騎士団の十名か……。しかし、リリーファーは足りているのか?」
「カーネルから接収したムラサメが五機、自国にて生産したニュンパイが五機御座います」

 リリーファーは合計十機――補填すべき人数と偶然にも合致している。
 ラグストリアルはそんなことを考える余裕などまったくなかった。

「レインディア、今すぐドックに指示しろ。バックアップ十名及びムラサメとニュンパイ五機づつ、早急に出動準備に入れ、と」
「御意に」

 そう言って。
 レインディアの姿は、王の視界から消えた。


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