絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百三十八話 総領事館

 ところ変わってカスパール騎士団はヴァリエイブル連邦王国領ペイパス自治区、その総領事館へとやってきていた。もちろんリリーファーも持ってきているが、今彼女たちはリリーファーに乗っていない。そのほうが身軽でいいからだ。……それだけを言われれば、寧ろ当然のようにも思える。

「さあ、諸君作戦の時間だ」

 そのリーダーであるリザが呟く。それを聞いて彼女の周りに立っている黒いマスクをかぶった男たちは頷く。
 彼らもまたカスパール騎士団の一員であるが、今回は作戦の都合上顔を見られてはまずいのでこういうことになっている。しかし、顔を隠してないリザは顔が丸見えになっている。
 ならば、どうするのか?

「……リーダー、ほんとにマスクかぶらないんですか? 顔が丸見えになりますよ」
「いいのよ。私は無事にあんたたちと一緒に総領事館へ入るという重要な役目を持っているのだから。それに私マスク系が苦手なのよね。髪はボサボサになるわ肌は荒れるわで」
「まさに女性にありがちな悩みだらけですね……」

 男はそれだけを言って、またうつむく。
 対して、リザは辺りを見渡す。ここは総領事館裏の道路だ。裏には裏門が存在している。しかし表門よりは警備は薄いし、入ることは簡単である。既にリザによる緻密なチェックの結果、この総領事館を警備している人間の連携性は非常に低く、裏門と表門で連絡を取り合ってすらいないという。

「ほんと滑稽だ。もっとここは重要な場所であるべきはずなのに、こんなザル警備で。まるで奪ってくれと言いたげだ」

 リザが呟くとほかの人間も頷く。

「しかしこれほどまでの警備であるからこそ、我々がその存在を手中に収めることが出来る……そうでしょう、リーダー」

 その男は細身だった。しかし細い体の中にも筋肉はしっかりとつているようだった。声色からして年齢は十三歳程度に思えるが、その身長は百六十センチあるリザとひけをとらない大きさだ。
 男の名前はハローという。苗字は誰も解らない。それは無論リザもである。
 ハローという男は少々奇特な存在だった。突然大臣であるラフター・エンデバイロンが『知り合いの子だから』と言ってこの騎士団に置いていったのだ。それ以降はハローの姿を見ることもなく、時間が過ぎ去っていった。
 だから騎士団内部では『ほんとうにラフターの知り合いの子供なのか?』という疑問がつきまとう。現にそれは彼が苗字を公開していないところからもいえるだろう。彼の凡ての公式となる証明書は『Hello』で統一されている。
 だが、このカスパール騎士団は一つの鉄則を設けている。


 ――構成員の前歴をむやみやたらに詮索しないこと


 無論、構成員が何か悪事を働いたときなどはその鉄則に違反しなくてはならない時もあるが、あくまでもそれは特例だ。だから、そのような『特例』と呼ばれるような状態にならない限り、それは適用されるのだ。
 だからそのような噂が真しやかに言われようとも、彼の前歴を詮索しようなんて考えには一切至らないのだった。

「……それではこれから向かうとしよう。作戦内容は覚えているな?」
「愚問ですよ、そんなもの」

 その返事にリザは頷く。
 そして彼女たちは足音を立てることなく、裏門へと向かった。
 裏門はこじんまりとしており、警備員も表門と比べればあまりにも少ない、たったの一名だ。その一名もうとうとと居眠りをしている。
 ここから入るには、絶好のタイミングだった。

「あれで『警備』というのだから、警備員のレベルも落ちたものね」
「警らとかポストの殆どが一般兵士にすり替わっている、とはいえ人手不足なのには変わりないですからね」

 ハローはこんな状況であっても冷静である。常に冷静でなくてはならない作戦中だが、必ず人はどこかで感情が揺らいでしまう。それはどんなに経験を積んだ兵士でも起動従士でも変わらないのである。
 しかしハローという男は、あくまでもリザが見てきた中で、冷静を欠いたことは一度もなかった。

「ハロー、裏門を抜けたら急いで『ターゲット』の場所を把握して私たちに素早く報告しろ」

 リザの言葉に、ハローは何も言うこと無く小さく頷いた。
 ハローは人に見つからずに行動することが出来る。それがなぜ出来るのか、何度も当たり障りのない質問で訊いたことがあったが、しかし彼は、それについて何も答えなかった。
 言わなかったからといって、彼を咎めることなどはしない。それをするならば、実際にそれを見て学ぶのだ――正確には技を『盗む』といった方が正しいかもしれない。
 それがカスパール騎士団の強味ともいえるだろうー―もっともそれだけが強味であるわけはない。
 カスパール騎士団はリリーファーを操縦するだけでなくリリーファーを用いない作戦でも素晴らしい手腕を見せている。そのためか王の信頼も厚い。
 そんな彼女たちがこれから行うことは、信頼している国王らからすれば非常に酷なことだといえるだろう。だが彼女にはそんなことなどどうでもよかった。元々彼女たちはこの作戦を考え、それに『あのお方』も賛同していたのだ。今更躊躇う必要など、全くないのである。

「長かった……我々の、カスパール騎士団最後の任務ともいえる、この作戦……失敗は許さない」

 リザの言葉に既に単独行動を取るハロー以外の人間は頷いた。彼らは今日のために何度もシミュレーションを重ねてきたのだ。もはや失敗は許さない。
 その頷きを合図にリザは既にハローが開けておいた扉から入った。たった一人の警備員は『もう休んでいるようだな』とリザが呟いた、その先に横たわっていた男を指差した。男はもはや人間の形を保つのが精一杯のようだった。
 何故かその男は内側から何か強力な攻撃でも受けたようだった。茹ですぎたウインナーを想像すれば解りやすいが、そのように皮膚が弾けている。黄色くぶよぶよとした何かがその中にある白い棒状の物体にくっついている。その黄色い何かには細長い管がたくさんくっついており、仮に外すとしたら外すのが難しそうだった。

「……ほんと、彼の『魔法』は相変わらずえげつない効果を発揮するわね」

 魔法。
 リザはそう呟いて、裏門から総領事館の敷地内部へと潜入した。
 魔法――それが使える人間はカスパール騎士団ではハローただ一人である。魔法については彼が進言した。『魔法が使えます』とだけ、短い一言だったが、騎士団の一員はその確証もあまり掴めない一言を何故だか信じてしまった。
 以来カスパール騎士団は唯一となる『魔法剣士』を保有していた。

「あいつ、本当に強いな。魔法さえ使えばピカイチなんじゃねぇの?」
「まぁ、そんな人材が貰えたこの騎士団はそれほど優秀だった……ってことだな。今になればただの皮肉な話にしか過ぎないが」

 騎士団のメンバーがそんな話をしながら廊下を歩いていた。既に昼間の内に潜入して確認したため、廊下の場所は把握出来ている。
 しかしターゲットの場所はわからなかった。だから彼らが直接入って確認しよう……そうなったわけだ。
 月明かりが、窓を抜け、身体に当たる。それは影を作り上げた。

「恐ろしいほどに静かだな……。まさか我々の計画がバレていたのか?」
「騎士団に箝口令を敷いたから問題ありません。仮に騎士団から出たとして内通者を演じるだけ。最悪に面倒臭いです。正直に申し上げるとメリットなどまったくありません」

 騎士団のメンバーの一人がそう答える。

「……そうよね。そんなメリットなどまったくないから内通者が生まれる訳がない……とはいえ闇討ちも考えられないことでもない。調査をするだけ調査しましょう」

 そう言ってリザはこの話題を早々に打ち切った。あまり後ろめたい話をしても、意味がないし、逆に悪循環に陥ってしまうからだ。



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