絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百三十二話 復活戦

 リリーファーシミュレートセンター、第一シミュレートマシーン。
 崇人はそのシミュレートマシーンのコックピットに体重を預けていた。彼がこのシミュレートマシーンに乗るのは実に一年ぶりとなる。というのもこのマシンで崇人は戦闘を実施するためだ。さしずめ復帰戦ともいえるだろう。
 リリーファーコントローラを、崇人は強く握った。リリーファーコントローラの感触は彼にとってとても懐かしいものであったし、彼の気持ちを不思議と昂らせるものでもあった。この一年、今まで生きてきた世界とは別の世界で生活してきて、違った価値観というものが身に付いてきたのだろう。

「まさかこんなものを『懐かしい』なんて思う時が来るとはな……」

 ここに来たばかりの一年近く前ならば、絶対に抱かなかったはずの感情だ。

「住めば都、とは言うがまさかここまで実感することになるとはな」

 呟くが、この発言はシミュレートマシンのマイクを切っているために彼以外にその発言を聞く人間は居ない。

『聞こえるか、タカト』

 メリアの言葉を聞いて、崇人はマイクのスイッチを入れる。

「あぁ、聞こえている」
『心拍、血圧ともに正常。あまりにも落ち着きすぎていて半年のブランクがある人間だとは思えないね』
「それは誉め言葉として受け取っていいのか?」
『勿論だ。私が持ち合わせている最大限だよ』

 そうは言うが、崇人はそれを聞いて『嬉しい』だの『喜ばしい』だのといった感情を抱くことはなかった。

『さて、タカト・オーノ。私は一応リハビリとしてシミュレーションの許可をした。だがその許可はあくまでもシミュレーションだけであって、その範疇は出ないことに気を付けてもらいたい』

 メリアからマイクがカルナに変わる。カルナが言ったことは当然であり、当たり前のことだった。タカトは実際に経験しただけなので、どうだったのかを第三者から聞かないと解らないのだが、少なくともメリアから聞いた限りでは予断を許さない状況であった。肉体はあまり酷い怪我を負っていなかったが、それよりも寧ろ精神の方がショックは大きかった。今更それに関して掘り起こすことではないが、その精神的ショックの間接的な原因として挙げられるのがリリーファーだった。
 だからカルナとしては仮にショックが癒えたとしても、常にリリーファーと接していれば、またそのショックがぶり返すのではないか――そういう心配をしていたのだ。
 だから崇人が自ら『リリーファーに乗りたい』旨を志願した時は驚いた。崇人の精神的ショックはまだそこまで回復したという見込みはないというのに、その段階まで向かうのはあまりにも早計であると思ったからだ。
 しかし、医者の本分からして、患者の意志は尊重せねばならない。だからこのリハビリを許可するときも何かが起きてもいいように(なるべくなら起きてほしくはないのだが)カルナが付き添いの元ということを条件としたのだった。

『タカト・オーノ。これはあくまでもリハビリだ。何かあったら……そうだな、例えば気分が悪くなったり、吐き気を催すようなことがあったら直ぐに言ってくれ。こちらでシミュレーションを停止するからな』

 崇人はシミュレートマシンのコックピットでそれを聞き、小さく頷く。

『まぁ、そういうこと』

 再び、マイクがメリアに移る。
 崇人はそろそろシミュレーションが始まるのか、とリリーファーコントローラを持つ腕に力を込める。

『カルナはああ言っているが、私としては別に倒れようがどうだっていい。解っているかもしれないが、私は手抜きが大の苦手でね。シミュレーションでも全力を出してもらわないと実戦でも全力を出せない。……私はそう考えている。だからな、お前が今出せる全力をそこにぶちまけろ。なぁに、何かあったらここにいる医者が何とかしてくれる。こいつは名医だからな』

 そう言って一方的にメリアは通信を切った。

「俺に死ねとでも言ってんのかあれは……」

 崇人は呟くが、もうその言葉がメリアに聞こえることもない。
 崇人は改めて前方を向いた。
 そこに立っていたのは、一体のリリーファーだった。
 白いカラーリングの、リリーファーだった。そのリリーファーを見て、崇人は何か気が付いた。

「……趣味が悪いぜ、メリアさんよお……!」

 そう。
 タカト・オーノが対峙しているそのリリーファーは。
 彼がはじめてパイロット・オプション『満月の夜』を体現させた時に対峙したリリーファーだったのだ。無論、これはシミュレーションであるために本物のリリーファーではない。機械によって制御されているわけだ。
 それは即ち、あの時の再現だって出来るわけだ。
 崇人はそれを見て、はじめて味わったあの恐怖を思い出した。
 それはリリーファーに乗るものを志す者が最初に体験する恐怖でもあった。リリーファーはその高さが二十メートルから三十メートルに達する。そんな躯体の中心部にコックピットがあるわけで、そこから命令を出していくわけだ。
 リリーファーは走ると時速七十キロレヌルにもなる速さで移動する。三十メートル大の人型ロボットがその速さで走ってくれば、どんな人間でも一度は恐怖する。
 だが、それを乗り越えなくては起動従士にはなれない。なることが出来ないのだ。
 そして崇人はそのショックを乗り越えなくてはならなかった。彼を助けたひとりの少女――エスティ・パロングの遺志のためにも。

「彼女を助けることが出来なかったのは、俺の意志が弱かったからだ」

 だが、それを今言って何になる?
 結果として彼女は死んでしまった。だが、それは崇人が悪かった――というわけではない。悪いのはテルミー・ヴァイデアックスなのだ。普通ならば軍法会議もので、全世界的に罰せられていたはずである。しかしながら、彼女はエスティを踏み潰した後、彼女の愛機もろともインフィニティに破壊されてしまった。

「……誰が悪い?」

 誰が悪いのか。

「誰も悪くない」

 そうなのだろうか?

「……いや、」

 今はそんなことを考えている場合ではない。
 目の前にいる、リリーファーはまだゆっくりとこちらの出方を伺っているようだった。
 崇人は大きく深呼吸して、リリーファーコントローラを強く握り締めた。
 崇人が乗るリリーファーが白いカラーリングのリリーファーめがけて走り出したのも、ちょうどその時だった。
 それを見て白いリリーファーも駆け出す。
 白いリリーファーが駆ける。崇人の乗るリリーファーが駆ける。
 それぞれの離れている距離が、急激に縮まっていく。
 そして、そのリリーファーたちは激突した――わけではなかった。
 激突するタイミングで、崇人は上にコントローラを持ち上げる。するとリリーファーは崇人の命令を忠実に再現してハイジャンプする。その高さは高さ三十メートルはあると思われる白いカラーリングのリリーファーを悠に超える程だった。
 白いカラーリングのリリーファーは、よもや崇人のリリーファーが空中にいったとは思わず、その場で立ち止まってしまった。
 そして崇人のリリーファーは、ちょうど白いカラーリングのリリーファーの背後に着地し、コイルガンの発射準備を開始する。
 コイルガンのエネルギーを充電している、モーターの駆動音で白いカラーリングのリリーファーは後ろを振り返ったが、もう遅かった。
 刹那。
 崇人のリリーファーから撃ち放たれたコイルガンから射出された弾丸が、白いカラーリングのリリーファーを撃ち抜いた。

『終了だ』

 その言葉を聞いて、崇人はようやく一息ついた。今まで森だった空間は一瞬にして白一面の空間へと変貌を遂げる。

「久しぶりにやったにしては上々か?」

 崇人が訊ねると、メリアは小さくため息をついた。

『私はこれがリハビリがてら……と言ったはずだが』
「お前が言ったのは『全力でやれ』との話だったが」

 確かにメリアはそう言った。
 だが、何もここまで出来る程だとは考えてはいなかった。

「……思った以上に、回復が早かったな」

 メリアはコンピュータルームで一人呟いた。
 その言葉が聞こえたのか、カルナはそれに小さく頷いた。

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