絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百三十話 詰問

 リノーサはカルナは面会の許可を得て、壁に寄りかかっていた畳んであるパイプ椅子を見つけると、それを崇人のベッドの脇に設置して、それに腰掛けた。
 崇人はそれをずっと見ているだけで、何もいうことはなかった。

「……タカトくん、悲しむ気持ちも解る。私だって悲しいよ。半年以上も経ってしまったなんて思いたくない。エスティが死んでしまってから恐ろしいくらいに日にちが経ってしまった。その速さは同じ経験をした人間じゃないと分かり合えないと思う。きっと、それくらい早かった」

 崇人はそれに何も反応しない。
 リノーサの話は続く。

「……そして、あなたもそれを経験した一人なのよね。それも間近で、目の前でエスティが死んでいくのを見ていった……。ねえ、タカトくん、教えて欲しいの。彼女は最後に、どういう表情だったのか。最後に何を言ったのか」
「エスティは……」

 崇人は無意識にその言葉を呟いていた。
 そうさせたのは、彼自身の意志によるものか或いはエスティがそうさせたのか、それは解らない。

「……最後に、『逃げて』と。『来ないで』と。『来ると死んでしまう』と、言っていました……」
「それはつまり……あなたに生きていて欲しいから、そういったんじゃないかしら」

 リノーサの言葉は、崇人の胸に強く響いた。
 エスティは、ほんとうに、崇人に生きて欲しかったのだろうか?
 ――解らない。まったく、解らなかった。

「もし私がエスティだったら、私はタカトくんにこう言うと思う。『私の分まで生きて』って。安っぽい理屈かもしれないけれど、彼女はあなたにそうしてもらうために、生きて欲しいと願ったわけじゃないと思うわ」
「…………なら、どうすればいいんですか」

 戦争が、リリーファーが。
 それらがあったからエスティは戦場に駆り出され、そして――死んだのだ。

「どうすればいい……って、それは君が決めることじゃないかな。だって世界は君が主人公の物語で出来ているのだから。とはいえ、もちろん私が主人公でもあるしマーズさんが主人公でもある。あのお医者さんだって主人公の物語が存在している。……これってつまり、皆がみんな、主人公の物語を持っている、ということになるのよ」
「主人公の…………物語」

 崇人はリノーサから言われた言葉をリフレインする。
 誰も彼も主人公の物語は存在する。それが存在しない人間などいないのだ。
 崇人はずっと『大野崇人』が主人公の物語に居ただけに過ぎないのであった。

「……俺は……自分は……僕は……!」

 このままでいいのか。
 エスティが、繋いでくれた命ではないのか。

「……」

 リノーサはそれに対して何も言うことなく立ち上がると、机に置いた花瓶に生けた花に触れた。

「これは、エルリアっていう花なのよ。季節になっては実がなって、それがとても美味しいの。……まあ、これは長く咲かせるかわりに実がつかない遺伝子を組み替えたものだけれど」
「……エルリア」

 崇人は思い出す。
 この世界にやってきて、リリーファー起動従士訓練学校にやってきて、二週間が経った或る日のこと。エスティが言った、「エルリアが咲くくらいの暖かさ」という言葉を。

「そう。……さすがにはじめて見る、なんてことはないと思うけれど。ところで、タカトくん。このエルリアの花言葉を知っているかな?」
「エルリアの、花言葉?」
「そう」

 リノーサは崇人のベッドの目の前に歩いて移動した。

「エルリアの花言葉は、『思い出』だとか『独立』とか言うの。この両極端にも見える花言葉の違いは、花の色によって決められているわ。赤いエルリアだったら『思い出』、白いエルリアだったら『独立』という意味に分かれていてね。そしてこの花束は白と赤がほぼ半々で分かれている。この意味が、解るかしら?」
「……それって、つまり」
「そう。悲しんでいる場合ではないの。あなたははっきり言ってエスティの家族ではない。別に彼女のことを忘れろ、とは言わない。だけど、彼女のことをずっと引きずって生きて欲しくないの。あなたにはあなたの人生がある。それを無駄にして欲しくない……そう思うのよ」

 リノーサはそれだけを言って、踵を返し、立ち去っていった。
 出て行くリノーサを見て、カルナは部屋へ入ってくる。

「……なんか、リノーサさんの表情がとても穏やかだったが、お前はいったい何をしたんだ?」
「先生」

 崇人の声色が変わっていることに、ここでカルナは気が付いた。
 それを聞いてカルナははっとしたが――直ぐに表情を気付かれないように戻し、訊ねる。

「どうした、タカトくん」
「俺を、早くリリーファーに乗せるようにしてください」

 崇人の声は強い決意によった、はっきりとした声でそう言った。
 それを聞いたカルナは大きく頷いた。


 ◇◇◇


 巨大潜水艦アフロディーテ、第三階層にある牢屋。

「……ざまあないわね。あれほどまでに大口を叩いたのに」

 レティーナ・ヴォクシーは牢屋の隅に小ぢんまりと座っていた。
 レティーナはあのあと強制的に『聖騎士0421号』から排出され、手錠をつけられこの牢屋まで来た次第である。
 それにしても、この潜水艦は牢屋まで付いているとは思いもしなかった。

「ああ……申し訳ありません、法王様……」

 そう言って、彼女は手を合わせた。

「レティーナ・ヴォクシー」

 彼女は自らの名前を呼ばれて、そちらを振り返った。
 そこにいるのはマーズとヴァルベリーだった。

「あなたたちは……」
「少し、話をさせてもらおうかな」

 そう言ってマーズとヴァルベリーは持っていた椅子を置き、それに腰掛ける。
 マーズは、ポケットからあるものを取り出し、それをレティーナに見せた。
 それは自爆テロを起こした『メル・クローテ一派』のものと思われる小さな扉のキーホルダーだ。

「これはお前たち、法王庁のもので相違ないな?」
「……そうじゃない、と言ったら?」

 ジャキ、と音が鳴った。
 マーズが取り出したのは警棒だった。しかしその先端には黒い何かが付いている。
 それを構えると、正確にレティーナの身体を突いた。そしてそれと同時に彼女の体に衝撃が走る。
 それが電気ショックによるものだと彼女が気付くのに、そう時間はかからなかった。

「くっ…………電気ショックか。小癪な真似をする」
「あなたが真実を言わないのは、目を見れば解る。そのあいだは必ずこれで電気ショックを食らわせてあげるから。言っておくけど舌を噛み切っても無駄よ?」

 もうそこまで対策されているのか、とレティーナは考えて舌打ちした。

「それじゃ、話してもらえるかしら。先ずはあなたの乗っていたリリーファーについて。あれはいったい?」
「……あれは聖騎士0421号。第四世代の二十一機目という意味よ」
「ふうん。スペックは?」
「恐らく水中戦ができること以外は通常に売られている第四世代と同等の戦闘力のはずよ」
「装備は変わらない、と」
「……それじゃ、今度は私から」

 話者がマーズからヴァルベリーに変わる。
 それを聞いてレティーナは一瞬警戒した。
 それを見たヴァルベリーが、それを察したらしく小さくため息をついた。

「……なんだ、私はダメでマーズはいいのか? 謎の反応だ。いや、それとも解りきったことかもしれないな。マーズは『女神』として世界的に有名だからな、それに関しては仕方のないことかもしれない。……だが、質問には答えてもらう。それをしない限り、レティーナ・ヴォクシー、あなたの身柄はどうなるか……それは解るだろう?」

 ヴァルベリーはそう首を傾げながら、語りかけるように、言った。

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