絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百二十六話 潜水艦・アフロディーテ(後編)


「それでは、レパルギュアを収めるのが我々の仕事、それに相違ない……ということでしょうか、団長」
「そういうことになるね、ウィリアム」

 ウィリアム・ホプキンスはエイテリオ王国の貴族の子息である。しかし彼の親トーマス・ホプキンスが彼の犯した『何か』によってここに左遷させられた――ということをヴァルベリーは知っていた。
 しかし肝心の『何か』はわからない。どうして彼がこの騎士団に入ってきたのかがわからない。
 志願してもなれないというくらい倍率の高い騎士団に、そういう事情で入れること自体がおかしな話なのだ。

(おおかた金を積んだんだろうが……貴族サマってもんは金さえ積めばなんでも解決すると思っているからな)

 しかしながら、そんな細かな事情は今関係ない。

「……では、どうなさるおつもりですか?」
「どうする、とは?」

 ウィリアムから若干予想外の発言を耳にしたヴァルベリーはそのままにして返す。

「そのままの意味ですよ。この作戦をそのまま実行するおつもりですか、と」
「それ以外、何の意味があるというのだ」
「何の意味……いや、この騎士団が、もっと言うならばヴァルベリー騎士団長がそのような作戦をすることに意味があるのか、ということを」
「私がしなければ、メルキオール騎士団がしなければ何も始まらないし、何も終わらない。始まらなければ、終わりもやってこないのだ。そうだろう?」

 ヴァルベリーの言っていることは正論だった。
 対してウィリアムのいったことはわがままに過ぎなかった。

「所詮お前も貴族の子供だということだ。その事実を理解して、言葉を口にするんだな」

 それだけを言って、ヴァルベリーは小さくため息をつく。

「さて、作戦会議の再開と洒落こもう。次に話すことは……」

 ……と、その次に話す内容を、ヴァルベリーが言おうとした――ちょうどその時だった。
 船体が急に左に動き始めた。
 どういうことだ。
 右側に衝撃がかかったのか。
 強い衝撃だ。
 総員急いで対抗せよ。
 そんな声が廊下から響いてくる。

「どういうこと!?」

 会議室の扉を開けて、ヴァルベリーは声を聞き取れるようにした。

「おお、メルキオール騎士団の皆さん」

 そこに居たのは、副船長レベックだった。

「御託はいいわ。つまり、これはどういうことなのか、説明していただけますかしら」
「どうしたもこうしたもない。右舷の方角から攻撃だ! あれは潜水艦なのかそもそもリリーファーなのかはわからないが……」
「潜水型のリリーファー!? そんなものがいてたまるもんですか!」

 どうして彼女がそこまで潜水型リリーファーに驚いているのか、その答えは単純だ。
 潜水型リリーファーが存在しないためである。ラトロが今まで開発してきた中でも、潜水型――即ち長く水中に潜ることのできるタイプのリリーファーは居なかった。だから起動従士も国も、自ずと水中戦を避けて陸上のみで戦うようになっているのだ。
 もし、その話が本当だというのなら――圧倒的不利な状況に、この『アフロディーテ』は立たされたということになる。
 今ここにいるリリーファーは計十三機。しかしそのどれもが長時間水中で戦えるようになっていない。そのように設計されていないからだ。

「まさかあいつらそんなものまで開発していた……というのか」

 舌打ちして、部屋を出る。

「ヴァルベリー騎士団長、どこへ……!」
「決まっているだろう! これから出動する!!」
「落ち着け。私たちの潜水艦に乗っているリリーファーは全機水中換装を行っていない。この意味が解るか? 長時間水中で戦うことが出来ないんだ。そうして、そのあとには何が残されるか、何もわからない。だからこそ心配している。主戦力であるヴァルベリー騎士団長自らが前に出て大丈夫なのか、と」
「そんなもの、前から知っている」

 踵を返して面と向かって話をしないまま、ヴァルベリーは立ち去った。

「……それに騎士団長の私が居なくなったとて揺るぐような若輩者でもない」

 その言葉を最後に、ヴァルベリーの足は格納コンテナへと向かった。


 ◇◇◇


 マーズ・リッペンバーたちハリー騎士団にメルキオール騎士団長ヴァルベリー・ロックンアリアーが単身水中戦に挑むということを知ったのは、それからすぐのことであった。

「それっていったい……! ヴァルベリー、彼女だって私たちのリリーファーの水中戦における分の悪さは理解しているはずでしょう!?」
「それはそうなのですが……」

 レベックは慌てていた。当然だろう。彼らは起動従士とリリーファーを共に安全に敵国まで送り届ける任務を課せられているからだ。これが――例え起動従士の独断であったとしても――起動従士とリリーファーに被害があったとすれば、彼らはどうなるのか知れたものではない。もしかしたら解雇されるか、されればいいほうでそのまま死罪になる可能性すらある。

「ああ……! もういい! 私が独断で出撃した、と上には報告すればいい! 今から私も出撃します!!」
「そんな、馬鹿な! ヴァルベリー騎士団長のほかにあなたまで……」
「私は『女神』よ!! こんなことどうってことないわ!!」

 彼女が女神と呼ばれている理由を知っている人間であるならば、それだけで震え上がるものだろう。
 彼女は、リリーファー同士の戦闘では負けを知らない。今までずっと勝ち続けてきたということだ。どんな時もどんな時も彼女は勝ち続けてきた。だから彼女はいつしか『女神』と呼ばれ、彼女がヴァリエイブル連邦王国の勝負の女神とも言われているのだ。
 それを知らない人間は、今ここにはいない。

「……あなたが『女神』と呼ばれていようとも、今回の戦闘は非常に危険です! 性能という、越えられない壁が容赦なく襲いかかります! そんなことを……みすみすと逃すわけには参りません!!」
「ならば、彼女を見捨てろというか!!」
「見捨てるのが戦争です!!」

 レベックはそこまで言い切った。その表現は間違ってはいないが、かといって正しい表現でもない。
 自分の利益にそぐわないものがあれば直ぐに見捨てる。
 これが戦争に勝つために、一番効率的な方法だと云える。

「見捨てるのが戦争……ハハ、確かにそうかもしれないな」

 そう言って、マーズは通信を切った。

「だが、そんなもので割り切れないんだよ……戦争というものは」

 そして、マーズは扉を開けて、通路へ飛び出していった。


 ◇◇◇


 格納コンテナ。
 ある一機のリリーファーが駆動していた。
 その名前はガネーシャ。
 頭部から垂れ下がっている耳のようなものが特徴である。世代は第四世代。ラトロ開発の第五世代『ムラサメ』に次いで最新である。
 起動従士はヴァルベリー・ロックンアリアー。
 乗り込んで、精神統一を行っている。
 先程の一発以降、敵と思われるリリーファーからの攻撃はない。だからといって油断は禁物だ。そんなことで油断をして、沈没してしまえば元も子もない。

「さあ、やるか……」

 実のところ、ヴァルベリーはそれほどまでリリーファーの戦闘に慣れているわけではない。
 それでいて女神マーズ・リッペンバーのようにずっと勝ち続けていられるわけでもない。
 彼女はいたって平凡な人間だった。
 だから普通の人間だから、努力を重ねることが大事だった。

「ここで頑張れば……」

 だからといって。
 彼女は自分の身体を擲ってまでこの職務を果たそうとは思っていない。
 だからといって。
 彼女は御国のために戦っているなど崇高な目的は持っていない。
 ならば、なんだというのか。
 ならば、何が彼女を駆り立てているというのか。
 それは誰にも――彼女自身にしかわからない。
 リリーファーコントローラーを握り、彼女は目を瞑って、言った。

「『ガネーシャ』……発進!!」

 第四世代、ガネーシャ。
 水中での初陣が今、始まる。

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