絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百二十四話 潜水艦・アフロディーテ(前編)

 海上をリリーファーが進むのは警備システムに見つけてくれ、と言っているようなものだ。
 そこでリリーファーを海を超えて運ぶ際に導入されたのが巨大潜水艦『アフロディーテ』である。アフロディーテは古い言葉で『戦』であることを意味しており、ラグストリアルがこの潜水艦の処女航海に乗船した際に決定したものである。
 リリーファーは全十五体まで収容可能であり、ハリー騎士団のリリーファーとメルキオール騎士団のリリーファーを合わせてもまだ二体の余裕があるというくらいである。
 マーズ・リッペンバーはそのアフロディーテのリリーファー収容コンテナへと足を運んでいた。

「さすがにこれほどまでのリリーファーが並ぶと圧巻ね……」

 運転前、最後の確認に訪れたマーズだったがそれを見てため息が出た。
 十三体のリリーファーが三列で並んでいる。その光景はリリーファーに関係ない人間であっても圧巻と呼べるものだった。

「マーズ、ここに居たのね」

 彼女を呼んだのはエレンだった。

「エレン、どうかしたの?」
「出発前に船の中を眺めておこうかと思ってね。……いや、それにしてもこの潜水艦は広い。あまりにも広すぎる。この中身だけ見せられたら巨大な整備場かと思い込んでしまうくらいよ」
「それは誉め言葉として、私が代表で受け取っておくわ。なにしろこの『アフロディーテ』は我が国の軍事開発部門が総力をあげて、実に五年もの間開発し続けたという大作。大事に使わないとね」
「軍事開発……ということは装備などはどうなっているんだ?」
「リリーファーが攻撃をしても三時間は耐えられるそうよ。もちろんそれはきちんと実験に実験を重ねた結果産み出されたものであるし……ともかくこれに乗っていれば暫くは安心ね」

 そう言ってマーズは歩き出すと、収容コンテナの出口へと向かった。

「……どうしたんだ?」
「どうしたも何も、騎士団の代表やアフロディーテの代表を交えて、この航海の計画を話し合うのよ。こういうのは綿密に組み上げなければ話にならないからね」
「大変だ」
「ええ大変よ。まさかあなたからそういう言葉を聞くなんて思いもしなかった」

 そうマーズは皮肉混じりに言ったが、エレンがそれに答えることはなかった。
 だからマーズはエレンの方を見て、視線を送りながら、その場を後にした。


 巨大潜水艦アフロディーテ第一会議室。
 そこにはマーズとヴァルベリー、それに整備担当のルミナス、アフロディーテの艦長と副艦長が一つのテーブルを中心として腰掛けていた。

「……それではこれから航海計画の確認について行います」

 顎髭を蓄えた筋骨隆々の男はそう言って頭を下げた。

「改めて、私の名前はこの巨大潜水艦『アフロディーテ』の艦長を務めているラウフラッド・オーザシーといいます」

 ラウフラッドはそう言うとレジュメの束をテーブルの中心に置いた。

「計画の概要を記したレジュメです。このミーティングではそちらを多用するため、先ずはそれぞれ一枚ずつお取り下さい」

 それを聞いてラウフラッド以外の会議に参加しているメンバーは中心におかれているレジュメを手にとった。
 それを嘗めるように確認して、ラウフラッドは頷く。

「きちんと一部受け取っていただけたでしょうか。……それでは改めてミーティングを開始します」

 ラウフラッドはそう言って、レジュメに目を通した。

「今回の航海はリビウス基地から海底トンネルを抜け、そのまま外洋に出ます。順調にいけば半日ほどで目的地であるヘヴンズ・ゲート自治区に到着するものと試算しています」

 半日。
 それは彼女たちにとって決して速い時間ではない。寧ろ遅く感じる方だ。

「十二時間……それはとても長いように見えるが、もう少し短くすることは」
「残念ながら出来ません。我々も対策を練ったのですが……どうもうまくいきませんでした。これが限界です」

 十二時間。
 完全に敵から攻撃されやすい状況にある……というわけでもないが、逃げ場のない海上では非常に危険な時間である。
 それが十二時間も続くというのだ。

「十二時間……敵の迎撃が無いとも限らない。寧ろそれが起きるのではないか……という前提の上で動かなくてはならない」
「それは当たり前だし、正しいことだ」

 ヴァルベリーが言う。
 対してマーズはそれについて不安があった。
 十二時間敵の攻撃を受けないという保証はない。
 もし航海を開始して直ぐに攻撃を受けた場合、三時間しか持たないアフロディーテはどうなるというのか。

「……ねえ、アフロディーテにはどれほどの装備が備わっているのかしら? さっきは三時間ほどならリリーファーの攻撃には耐えられる……的な話を聞いたけれど、ぎゃくにこちらから攻撃する場合は?」
「小型コイルガンが数丁あります。しかしこれは水中でも撃てるように工夫を凝らしているので、出力は地上よりもある程度絞ったものになっていますが」

 戦力はあまり期待ができない、ということだ。
 それを聞いてマーズとヴァルベリーはほぼ同時に小さくため息をついた。

「ともかくペースはなるべく急ぎ足にしましょう。ただし、あくまでもエンジンに支障のない程度にね」
「それはその通りですし、我々もそれに全力を注ぎたいと思っています」

 そして会議はこれ以降大した話もなく、そのまま終了した。


 ◇◇◇


 会議終了後。
 通路をマーズとヴァルベリーは並んで歩いていた。

「……私たちは残念ながら海の専門家ではないから、あの艦長の話にどうこう言えないけれど」
「マーズ、あなた不安なの?」
「正直ね。十二時間もかかるなんて思えないから」

 マーズが思ったところはそこだ。
 十二時間かかるといったが、正直な話そこまでかかるものなのだろうか。
 確かに十三体ものリリーファーを載せている、その重量もあるだろう。
 だが、そうだとしてもこれは元々リリーファーを大量に運ぶために開発されたものである。
 軍事作戦は一分一秒の予断も許さない。そんな時にのろのろと動いていればどんな影響が起きるのか計り知れない。

「だからもっと速く進むはずなのに……」
「まだ何回も航海をしているわけでもないからな、慎重になるのも仕方がないだろう。……それに彼らはベテランだと聞くし問題もない」

 ラウフラッドは勤続三十五年を数えるベテランである。その技術はラグストリアルもお墨付きであり、様々な国の行事でも良く出される人間である。
 此度の重要な任務につき、彼が選ばれたのはもはや当然のことだった。

「ベテランとは言うけれど、ベテランでもミスは犯すものよ。弘法も筆の謝りと言うでしょう?」
「…………マーズ、それはいったい?」

 その言葉(正確には諺であるが)を知らなかったヴァルベリーはマーズに訊ねた。

「昔の言葉よ」

 だがマーズは一言、それだけを答えるのみで、ヴァルベリーもそれに対して追求することはしなかった。


 巨大潜水艦アフロディーテ第二会議室。
 ここではハリー騎士団が会議を行っていた。

「マーズ、代表者会議はどうだったの?」

 エレンの問いにマーズは首を横に振った。代表者会議はいい結果を得られなかったようだ――エレンは直ぐにそれを感じ取った。



「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く