絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百二十三話 決断

「……地図を盗み、そうして国外追放された腹いせに今回のテロをしくんだ……陛下はそう考えているということですか?」

 ヴァルベリーの言葉にラグストリアルは頷く。

「そうだ。そうに違いない」

 ラグストリアルの確信とも云えるその言葉を、マーズは些か信じることが出来なかった。
 確かにメル・クローテがしたことが重罪であるし、ヴァリエイブル連邦王国として行ったことは何も悪くない。
 だからといって、そこまで憎むことがあるだろうか。
 マーズ・リッペンバーはそう思うのだった。

「……ともかく、何らかの決断をせねばなるまいな……」

 ラグストリアルは立ち上がり、椅子を原点として回り始めた。
 ラグストリアルが言った『決断』という言葉に、マーズたちは苦笑いすることしか出来なかった。
 マーズとヴァルベリーはあくまでもラグストリアルの直轄にある騎士団であるため、拒否することは名目上可能だが、それを権利として行使することはできない。
 マーズとヴァルベリーはあくまでも国王直下に位置する騎士団のリーダーだ。代表だ。だから、彼女たちは国王が管理している騎士団の管理業務を代行しているだけに過ぎず、騎士団の総指揮官が国王であることに変わりはないのだ。

「……陛下、ひとつ提案があるのですが」

 ヴァルベリーが手を上げて言った。

「なんだ。言ってみてくれ」

 それに頷くラグストリアル。
 ヴァルベリーはそれを見て、「ありがとうございます」と頭を下げて話を続ける。

「先ず今回の作戦について明確に『敵』という存在を国民に知らしめるほうがいいかと思われます」
「敵?」
「ええ。メル・クローテは法王庁に属していました。この場合は法王庁が敵であると考えられます」

 法王庁。
 全世界五百万人以上が信者だと言われている、一大宗教組織である。
 唯一神を信仰するのではなく、神の代行者である法王を信仰している。法王は人間であるが、法王を信仰しないという選択肢は法王庁を信仰している人間には存在しない。
 また法王庁は独自にリリーファーを保有している。『聖騎士』と呼ばれるそれは法王庁独自の躯体である。ラトロが開発したシステムをそのままに法王庁が独自に改良を重ねたリリーファーという非常に珍しいモデルとなっている。
 法王庁を敵とするということは、全世界にいる五百万人以上の信者も敵に回すということである。
 これはどの国もしたくないことだ。
 どの国も二次災害を避けたい。そして、法王庁と何らかの問題が一切起きず、自治領まで設けることが出来るのはそれが理由である。

「しかし法王庁を敵に回すと我が国の情勢的に不利であることは」
「ええ。知っています。ですが、今回我が国は陛下の命を狙われたのですよ。いつまでも法王庁の横暴を許すことは私には出来ません」
「むむむ……」

 ラグストリアルは唸ってしまった。
 法王庁を敵に回す、イコール五百万人以上の信者を敵に回す。
 これはラグストリアルが考えるプランが大きく動きかねないものである。だから彼も躊躇っていた。普通ならば侵攻してもおかしくないほどの状況であるというのに、だ。

「陛下。本当は我々騎士団が独断で行動した、ということをしてもよろしいのですが……そうなってはさらに厄介なことになります。それにヴァリエイブル連邦王国内部にいる信者が暴動を起こしかねません」
「解っている……解っているんだ……」

 明らかにラグストリアルは苛立っていた。
 そしてマーズはそのやり取りに口を挟まないで見ていたが、明らかにヴァルベリーは何か焦っているようにも見えた。

(ヴァルベリーは……陛下を使って何をしようとしているんだ?)

 法王庁との戦争を画策しているのだろうか? だとするなら、彼女にはなんの利益があるというのだろうか?
 ヴァルベリーは生まれも育ちもヴァリス王国だ。親族もヴァリス王国で生まれ育ち、さらに先祖数代に遡ってもヴァリス王国の外部から家族を迎えたこともない。
 つまり、彼女は代々続くヴァリス王国の人間である。
 そんな彼女が法王庁との戦争を望んでいるとは果たしてどういうことなのか。
 だが、それを今この状況で口に出すにはいけなかった。
 今状況が目の前で悪化しているというのに、彼女はそれを止めることができない。
 それがとても悲しかった。それがとても辛かった。
 人が大量に死んでいくというのか。
 亡くなった人間の親族が泣き叫ぶというのか。
 あとどれくらいこの世界を涙で濡らせばいいのか。
 彼女はもうずっと、その意識に苛まれていた。
 そして。

「…………!」

 彼女は咳き込んで、意識をヴァルベリーとラグストリアルの会話に戻った。

「どうした、マーズ。風邪か?」
「いいえ、大丈夫です」

 ラグストリアルが優しく言ったが、マーズはそれに背筋を伸ばして答えた。
 対してヴァルベリーは眠いのか瞼が徐々に下がっている。

「マーズ・リッペンバー。あなたは少し気張りすぎです。もう少し気を抜いてやってみるのもどうですか? そのままだとあなたの身体が持ちませんよ」
「お気遣いどうも。けれど、私は大丈夫。どうぞ、お話を続けてください」
「そうか。……マーズちゃんがそういうのならいいか」

 ヴァルベリーは『マーズちゃん』という呼び方に特に反応もせず、話を続けた。

「……では、話を再開します。陛下、即ち明日から法王庁自治領へと侵攻するということでよろしいでしょうか?」
「ああ。だが、それにもう一つ追加する」

 そう言ってラグストリアルは玉座に腰掛ける。

「それは?」
「ハリー騎士団とメルキオール騎士団に法王庁のもうひとつの自治領……俗に言う『ヘヴンズ・ゲート自治区』へと向かって欲しいのだ」

 ヘヴンズ・ゲート自治区。
 六十一万ヘクテクスというヴァリエイブル連邦王国の十五倍以上の面積に百三十万人が暮らしている。
 自治区の大半は森で覆われているがところどころに集落が存在するためにそれほどの人数が暮らしているという。名前の由来は『ヘヴンズ・ゲート』が存在しているから――である。
 では、ヘヴンズ・ゲートとは何か。
 かつて昔に栄えた超古代文明の遺物である――ということは全世界に公表されているが、裏を返せばそれ以上の知識をほかの国は持っていない。だから、ヘヴンズ・ゲートには様々な噂が行き交っている。
 曰く、時を遡ることができる門であるということ。
 曰く、それは神の世界とつながっているということ。
 そのどれもが明確な証拠もないただの論ということに過ぎない。だが、それ以上にヘヴンズ・ゲートは謎を秘めているのだ。
 だからこそ、昨今では非政府組織を中心に法王庁への不信が高まっていて、さらに戦争をするべきではないかという人間すら出てきている。

「……彼らを味方につければいいんですよ」

 ヴァルベリーはそう言った。
 非政府組織の大抵は政府に関わるのを嫌っているからそう名乗っているのに彼らと協力を図るということ。
 これがどれほど大変なのかを、ヴァルベリーは理解している。
 理解して、敢えて進言しているのだ。

「ヴァルベリー・ロックンアリアー……君はその交渉が成功すると思うかね?」
「成功するでしょう。そう我々が持ちかければ」
「持ちかける……?」
「我々が法王庁と戦争をおっ始める、ということをです。法王庁を嫌っている非政府組織からすれば最高の手土産になります」

 ラグストリアルはそれを聞いて頷く。

「解った。非政府組織との交渉は私と大臣のほうで執り行う。君たちは明日に備えて準備をしてくれ。巨大潜水艦『アフロディーテ』を用意しておく」

 その言葉にマーズとヴァルベリーは頷いた。

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