絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百二十話 終焉

 ヴィーエック・タランスタッド。
 彼は崇人と同じく、『あの世界』からやってきた人間だった。
 そして、ティパモール紛争の際には行方不明になってしまったこともあった。だが、直ぐに彼は戻ってきた。
 その彼が今、攫った張本人であるはずの『赤い翼』に肩入れしている。
 その事実を、マーズは改めて受け入れていた。打ち拉がれていた、というのが正しいようにも思えるが、なにせ彼女は軍人である。このような事態を予測していた。

「……だからといって、まさかあなたが赤い翼に肩入れしているだなんてね」
「失敬な。僕はそんなことを思ったつもりなんて一度もない」
「ならば、どうして?」
「どうして?」

 ヴィーエックは首を傾げる。

「簡単なことです。……全ては『インフィニティ計画』のために」
「インフィニティ計画……?」

 マーズはそれを聞いて、直ぐにそれが思いついた。
 最強のリリーファー、インフィニティ。
 その名前を冠した計画が、この世界のどこかで進行している?
 マーズは「深い闇に片足を突っ込んだようだな」と呟いた。それを見てヴィーエックは微笑む。

「だからといって、あなたたちはどうするつもりです?」

 勝ち誇ったような表情を浮かべていた。現にそうだろう。彼の目の前に立っているマーズとエレンは彼の力で動くことが出来なくなっている。今の彼女たちを彼が恐れることはないだろう。
 しかし。
 彼は、その存在に気がつかなかった。

「いまだ!!」

 マーズの掛け声とともに、ガラスが割られる。その音を聞いて、ヴィーエックはそちらを向いた。
 ガラスを割って入ってきたのは、ヴィエンスとコルネリアだった。彼らはマーズの指示があるまで外で待機していたのだ。

「……ヴィーエック、まさかお前が今回の犯人だったとはな」
「ヴィエンス……君とはここで会いたくなかったね……」

 其の時、ヴィーエックは完全に背中をマーズたちに見せていた。
 それこそが、彼の運の尽きとも言えた。
 突然、彼の腕が誰かに掴まれたのだ。何度も何度も何度も抵抗しても、それは腕を離すことはなかった。

「……くっ、誰だ!!」
「私だよ」

 マーズだった。
 マーズ・リッペンバーが、ヴィーエックの顔を覗き込むように見つめていた。
 束縛魔法は意識をずっと相手に向けていないと、その効果を発揮しない。
 マーズはそれを利用して、敢えてヴィエンスたちを呼び寄せたのだ。
 危険性はもちろんあった。半年間訓練を積んだとはいえ、彼らはまだ学生の域を出ない。だからこそ、危険だったのだ。中途半端のままで実戦に繰り出せば、何が起きるのか……マーズはそれを知っていたから。

「よくやった。ヴィエンス、コルネリア」

 マーズは二人にそれだけを投げかけると、ふたりはそれぞれ頭を下げた。
 ヴィーエックを持っていた縄で縛り、その場に転がす。これだけで何とかなるとは思わなかったが、あくまでも応急処置である。

「……さて、洗いざらい話してもらう前に先ずは彼女たちの場所を教えてもらおうか」
「彼女たち? はて、なんのことかな」
「しらばっくれる……そういうつもりか」

 マーズは呟くと、近くにある蛇口をひねる。どうやら水は出るらしい。
 それを見たマーズは、その水を水筒に入れ始めた。
 それが満杯になると、蛇口をひねり水を止め、そうして改めてヴィーエックの方へと向かう。

「本当に言わないつもりだな?」

 改めてマーズは確認したが、それに対する返事はなかった。
 マーズは頷くと、水筒に入っている水をゆっくりとヴィーエックの顔へ流し始めた。

「お前が言わないのであれば、それで構わない。しかしこれがずっと続くぞ。苦しいぞ? これを止めて欲しいのだったら、言うんだな」

 マーズはニヒルに笑って言った。
 しかし言われた方のヴィーエックは苦しそうな表情を浮かべてはいるものの、言う素振りは見せなかった。

「言わないか。……ならばそれでもいいが、だがずっとこれは続く。お前が死ぬほど苦しい思いを味わっているにもかかわらず、どうしてそれを隠したい?」

 マーズの言葉にヴィーエックは答えない。
 水筒に水を補給し、さらにそれをヴィーエックの顔へぶちまけていく。
 しかし、そんな状況であるにもかかわらず、ヴィーエックは何も答えなかった。

「何をそこまで駆り立てるのか……まったく解らんというわけでもない。お前は、組織を守っているのだろう?」

 マーズの言葉に、ヴィーエックが何かモーションを示すことはない。
 そういうことは解っていたから、さらにマーズは話を続ける。

「組織……なんだろうな。まあ、察しはつく。恐らくその組織は……『シリーズ』だろう?」

 それを聞いた瞬間、ヴィーエックの表情が一瞬変わった。
 それを見て、マーズはニヤリと微笑む。

「シリーズか……やはりお前『シリーズ』の一員だったな?」
「なぜ、解った」

 ヴィーエックは漸く口を開いた。
 マーズの話は続く。

「理由などない。お前が戻ってきてから様子がおかしいということはアーデルハイトから聞いていた。そこから考えれば容易だ」

 それを聞いて、ヴィーエックは立ち上がった。
 彼は今、雁字搦めにされた縄により、動くこともままならないというのに。
 立ち上がると、その場に彼は浮かび上がった。それにハリー騎士団は圧倒されてしまい、動くことが出来ない。

「……そうだ、そのとおり。僕は『シリーズ』だよ。その中の一人、『ハートの女王』だ」

 そう言ってヴィーエック改めハートの女王は自らの名前を仰々しく告げた。
 ハートの女王は、小さく頷く。

「……だが、バレてしまっては仕方がない。僕としても明確に目的があったわけではない。それに、君たちに捕まって『シリーズ』の技術をなくなく盗まれてもダメな話だからね。帽子屋に怒られてしまう」
「帽子屋?」

 マーズは訊ねるが、ハートの女王は答えない。

「『シリーズ』と計画の全容を解らせないようにしてやる。もう僕はここまでだ。彼女もここには居ないから……ね」
「…………彼女?」

 ハートの女王は答えなかった。
 微笑んで、目を瞑った。
 そのときだった。
 ハリー騎士団全員のスマートフォンがけたたましく鳴り出した。
 ヴィエンスは突如電子音が鳴り響くスマートフォンを見つめた。

「……! マーズ! 高エネルギー反応がハートの女王の中心部から発生している! もっと、もっと、もっと、エネルギーが高まりつつあるぞ!!」

 ヴィエンスの言葉を聞いて、マーズは改めてハートの女王の方を見た。
 ハートの女王はそれでも動じなかった。
 もう覚悟は決まっているのだろう。

「もう……いいんだ。凡ては僕があの場所へ行く前から決まっていた。知っていた。知っていたんだよ……」

 そして、ハートの女王の身体が光に包まれて――音もなく、消えた。


 ◇◇◇


「消えたか」

 モニターを眺めていた帽子屋が一言呟いた。
 その言葉を聞いて、ハンプティ・ダンプティは帽子屋の方を見た。

「想定外だったのかい?」
「いいや、あれも計画のうちだ。いい働きをしてくれたよ、彼は。シリーズの心配を最後までしてくれたからね」
「……あれも駒のひとつだった、とでも?」

 その言葉に帽子屋は頷く。
 それを見て、ハンプティ・ダンプティは微笑んだ。

「君はほんとうに入念に計画を決めているものだね。恐ろしいよ。もしかしたら僕が死ぬことも含まれていたりしてね」

 その言葉に、帽子屋が答えることはなかった。

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