絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十五話 帳(前編)


 その夜。
 ある程度路地裏を巡り宿舎へと帰還したハリー騎士団のメンバーは、それぞれの釣果を報告するための会議を開いていた。

「さて……エルフィーとマグラスはどうした? 作戦会議をする旨のショートメールも送信したはずだったが……どうだ? 誰か何も聞いちゃいないか?」

 マーズのその言葉にハリー騎士団の面々は全員首を横に振った。
 それを見てマーズは小さく舌打ちする。

「……ったく、どこに行ったんだ? 作戦会議をするし、チーム同士の連携をはかるためにも連絡は小まめにするように言ったのにな……」
「連絡もないんですか?」

 コルネリアが訊ねるとマーズは頷く。それを見てエレンが小さく微笑んだ。

「ハリー騎士団は連携のれの字もない、ってわけ? まったく使えない騎士団よ」
「それにあなたも所属しているわけだけれど?」
「仕方ないじゃあないの。偶然よ、偶然」

 マーズはこれ以上エレンと会話しても無駄だと判断して、会話を打ちきった。
 マーズは近くにあった紙を見て、会議を始めた。

「……結論からして、今日の内容は釣果ゼロということでいいのかな。もしかしたらエルフィーとマグラスの二人は、まだ見つからないからって話でまだやっている可能性もある」
「それは憶測でしょう?」

 エレンのツッコミをマーズは無視した。

「憶測とか言うのはやめてちょうだい。まだまだ話は積もり積もっている。そして事件もまったく解決していなければ進展すらしていない。これは由々しき事態よ。場合によっては騎士団が解体されることすら有り得る。……まあそれは、今の戦争の形態が変わらない限り有り得ないことにはなるけれどね」

 その言葉に、会議の場は静まり返る。
 そして、その沈黙を破るように誰かのスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
 そのスマートフォンがマーズのものであると解るのに数瞬の時間を要した。

「……あら、どうやら私の電話みたい。誰からかしら……」

 スマートフォンの画面を見たマーズは、そこで一瞬思考を停止した。
 そしてそれを見たコルネリアが恐る恐る彼女に訊ねた。

「マーズ……さん? あの、いったいどうしたんですか……?」

 未だ着信音は会議の場に鳴り響いている。
 マーズは、ゆっくりとその電話を受けた。

「もしもし?」

 マーズは一言呟く。
 直ぐにマーズは驚愕の表情を浮かべる。通話は非常に長かったが、その間マーズはずっと相槌をするだけだった。
 通話が終了してからマーズは信じられないという表情を浮かべていた。
 しかし、そのあと直ぐにスマートフォンはメールを受け取った。メールを見たマーズは表情を徐々に悪くしていき、わなわなと身体を震わせはじめ、スマートフォンをテーブルに叩きつけた。その力は非常に強く、スマートフォン自体が歪んでしまうほどだった。

「くそっ!! あいつらめ、そう簡単に捕まる人間が居るか!」
「捕……まる?」

 ヴィエンスの言葉にマーズは頷く。その表情は慎重な面持ちだった。

「あぁ、そうだ。……エルフィーとマグラスが捕まった。その相手は赤い翼の特務部隊、ロストナンバーだ」


 ◇◇◇


 マーズのスマートフォンにかかってきた通話、その相手は先ず赤い翼のロストナンバーの一人であると語った。
 そしてその人間はエルフィーとマグラスがロストナンバーに捕まっていることを語った。
 はじめ、そんなことは有り得ないと思っていたマーズは、その後に嫌でも信じたくなる写真が送られてきた。

「これがその写真だ……!」

 マーズはそれをハリー騎士団のメンバーに見せた。それはエルフィーとマグラスの写真だった。
 彼女たちが鎖で身動きが取れないようになっており、それを見てマーズは錯乱したのだ。
 そしてそれを見せつけられたハリー騎士団のメンバーも信じがたいものだった。

「……彼らがそう簡単に捕まってしまうものなのか?」
「知らん。だが彼らは『新たなる夜明け』の中ではとても優秀であるということは聞いている。……そんな人間がそう簡単に捕まるのだろうか……」
「結論は出ているんじゃあないの、とっくに」

 マーズの言葉に続けたのはエレンだった。

「……何を言いたいのかしら、エレン」
「何を言いたいのか……って、あなたにだって解りきったことでしょう? 彼らはスパイだったのよ。スパイとして潜り込み、リリーファーの技術を盗もうとした。そしてやることが無くなったか、盗む技術が無くなったかどうかは知らないが、最後にこのように使われた。……これが一番考えやすい推論に見えないかしら」

 エレンの推論は至極筋が通ったものだった。
 しかしそれでもマーズは――彼らを信じたかった。信じてみたかった。

「考えてもみれば解るはず。それは私にも言えることだけれど……たかが会って少ししか経っていないのに、『信じる』という行為にまで発展するのがおかしいのよ。もう少し慎重に考えてみたら? あなたは『騎士団長』なのでしょう?」
「確かに……エレンの言葉には一理ある。もう少し慎重に考える必要があるわね……。それに彼らは何の要求もしてこなかったし」

 マーズが気になったのはそこだ。
 どうして『ロストナンバー』と名乗った彼らはハリー騎士団に対して何も要求してこなかったのだろうか。
 寧ろ要求するのであれば、エルフィーとマグラスではなく、マーズを捕まえればいいはずなのに、どうして彼らを捕まえたのだろうか。

「……ひとまず、だ。これ以上話しても結果が良くなるとは到底思えない。先ずは報告をする必要があるだろうな」

 マーズはそう言って会議を半ば強制に終了させた。


 それから数時間とも経たないうちに、マーズは王の間に辿り着いていた。
 ラグストリアルはとても眠たげだったが、それでも服装を整えて玉座に腰をかけている。

「して、こんな夜に何の話だ」

 眠たいからかいつものような口調ではなかったが、逆にマーズにとってそれは新鮮だった。

「実は調査を進めていたのですが……」

 そして、マーズは先程彼女にあったことを事細かくラグストリアルに告げた。
 それを聞いたラグストリアルははじめ何も言わず考え込んでいたが、暫くして口を開いた。

「……それは罠の可能性が高いな。きっと奴らの狙いは……マーズ・リッペンバー、きみだ」
「私が?」
「世界最強のリリーファーの起動従士であるタカト・オーノが幽閉中である今、ヴァリエイブル連合王国最強は君だ。多くの国や組織が狙っていても何ら不思議でない」

 ラグストリアルはそこまで言って大きな欠伸を一つした。
 国王に語っているのは、国を揺るがすかもしれない重大な事であるというのに……マーズはそう考えると小さくため息をついた。

「まぁ……どちらにしろ今から動くのは早計だ。何せ場所も解っちゃいない。場所が解っていないのに飛び込むのは非常に危険だ。事態をさらに悪化しかねないからな」
「存じ上げております」

 マーズはそう言って丁寧に頭を下げた。
 そしてマーズは王の間から姿を消した。
 マーズが居なくなったのを見て、ラグストリアルはゆっくりと玉座から立ち上がった。玉座から立つと後ろにある扉へと向かった。
 扉を開けるとそこは寝室だった。クローゼットの隣には小さい白いベッド――サブベッドがあった。サブベッドから少し離れたところに冷蔵庫があり、大きなベッドがあった。
 窓からは月明かりが零れ、部屋を仄かに照らしている。
 ラグストリアルはその景色を眺めながら、窓際にあるロッキングチェアに腰掛けた。



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