絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十四話 探索Ⅲ

「……私の名前はクランチ・アーチボルト。所属は……」
「所属は?」

 クランチはそのあと、簡易ランプの明かりを避けた。
 賭けられているものが自分の命であったとしても、言いたくないことでもあるのだろうか。マグラスはそう考えると再びエルフィーにアイコンタクトを送った。
 エルフィーは頷くと先程よりも強くナイフをクランチの首に押し付けた。心なしか、クランチの痛みを抑える声が聞こえた。

「……これで二回目だ。次はないぞ」
「解った、解った……。言う……」

 そう言ってクランチは目を瞑った。
 それを見てマグラスは少しだけ簡易ランプをクランチの顔から遠ざけた。

「だったら最初から言えばいいのに、ごうつくばりな人間だよ」
「……私の所属は『赤い翼』だ」
「嘘をつくな。私たちだって元は『赤い翼』だ。だが、他の部隊にお前のような人間は居なかったはずだ」

 マグラスの言葉にエルフィーも頷く。
 それを見てクランチは首を横に振った。

「違う……違う! 私は赤い翼だ。それは間違いない!」
「なら部隊名を言え。それではっきりとする」
「私の所属は……『ロストナンバー』だ」
「ロストナンバー……赤い翼の特務部隊か……!」
「その通り」

 その声は、マグラスの背後から聞こえた。その姿を見たエルフィーは、クランチのことを忘れて叫んだ。

「マグラス、後ろに!」

 それを聞いた直後だった。
 マグラスの背中が何者かに斬り付けられた。

「マグラス!」
「遅い」

 その声は、クランチのものだった。
 エルフィーの気持ちが途切れた、その咄嗟のタイミングを狙って、彼女からナイフを離させた。

「貴様……!」

 だが、エルフィーが攻撃に転じることはなかった。
 クランチがエルフィーを気絶させたのだ。

「……どうやら成功したようだな」

 その言葉を聞いて、クランチは頷く。

「まさかあんたの言う通りにしただけでこうなるとはな……。あんた、いったい何者だ?」
「ハハハ、それは聞いちゃいけない約束だろう? 僕はただの人間だよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 そこに立っていたのはヴィーエックだった。
 ヴィーエックは倒れている二人の姿を見て、小さく微笑んだ。


 ◇◇◇


 その頃、マーズとヴィエンスのふたりは彼らとはまた別の路地裏にたどり着いていた。そこはエルフィーとマグラスの通った路地裏からさらに北に行った場所にある。
 その路地裏を歩いていたマーズとヴィエンスだったが、不思議と戻りたいという意志は無かった。
 それは今彼女たちが任務としてこれを行っているから――というわけではない。
 ただ、その路地裏に入りたいと思ったからだ。
 それを聞くと少々難解な気もするが、しかし案外そういうのは形容しがたく、よくあることだ。

「……なーんか怪しい匂いがプンプンするのよねぇ……」

 警察犬よろしく鼻をひくつかせるマーズの姿は、正直言って淑女にあるまじき姿だった。
 だが直接の上司であるマーズに、礼儀を重んじるヴィエンスが指摘出来るわけもなかった。

「……まぁ、とりあえず進むとするか」

 漸くその『行為』を終えると、マーズとヴィエンスは先に進んだ。
 途中途中でマーズが咳き込んでいたが、ただの風邪だろうとヴィエンスは決めつけ、特に気にしなかった。
 路地裏の突き当たりには何もなかった。
 それを見て、マーズは小さくため息をついた。

「はずれ……かぁ」
「そのようですね」

 二人はそれぞれそう反応すると、先にマーズが踵を返した。

「戻るんですか? 詳しく調べる必要は……」
「とはいえ、それどう見てもただの壁だからねぇ……」

 マーズの言う通り、そこには壁が広がっていた。奇妙な点を、強いてあげるとするならば、あまりにもその壁が真っ白だというところだろうか。しかし、それを除いてしまえばただの壁。調べる余地など、まったくもってなかった。

「次、行きましょう。私たちにはそこまで時間が設けられているわけでもないし」
「……戦争が起きればそんなことをしている暇はない、ということですか」
「まぁ、そういうことになるね。そもそも私たちはリリーファー同士の戦争へと変容した時代があったからこそ、世界が必要とした。これが仮に昔みたいに人間主体の戦争だったら、私たちなんてただの一兵卒になっていただろうね」
「リリーファーがあるから……俺たちは存在している、と」

 ヴィエンスの言い分は、案外的を得ていた。
 リリーファーが戦争で活躍するようになったのは、ここ百年のことである。『アメツチ』が発見され、多くの技術が世界に溢れた。
 だが、それぞれの国がリリーファーの権益を求めて戦争をするようになると、人間主体の戦争があった時代よりも多く死者が出るようになった。軍人の死亡率は減ったが、その兵器でとばっちりを受けた一般市民の死亡率が大幅に増加したのだ。
 そのため、法王庁はクローツにリリーファーの研究所を開設した。元々そこには研究所が存在していたが、そこを法王庁が買い上げ、新たに作り上げた。
 それがいわゆるラトロである。リリーファーの技術を一点にし、一国にリリーファーの技術が集中し過ぎないようにする、独立した法人だった。
 ラトロではリリーファーの開発のほか、販売も行う。その時の値段は凡てどの国を相手としても一定の値段にするよう決められている。だが、そうだとしても一機購入するだけで大国の国家予算に相当する額がかかるとの噂があり、そう簡単にリリーファーを買うことなど出来ない。
 そこで、ヴァリエイブル連合王国は独自にラボを併設し、ラトロから数段階技術が遅れてしまうものの、自国でのリリーファー開発に成功した。
 しかしそれが出来る国はそう多くない。現在でもラボがあるのはヴァリエイブルのみであると言われている。
 だが、普通に考えてもリリーファーを作るのには金がかかるし、勝つには常に最新鋭のものを揃える必要がある。だからヴァリエイブルも自国にラボを持ったあとも定期的にラトロを利用していた。
 そうしてラトロは潤沢な資金を手に入れた。
 だがラトロは『リリーファーからの脱却』を決断し、それを行動に移した。
 もしそれが成功していたとするならば――ヴィエンスたちのような起動従士はどうなっていたのだろうか。
 無論、マーズの言うようにただの一兵卒になれる可能性もあるだろうが、それは非常に低い。
 リリーファーにより命を失った人間はそう少なくなく、今も毎日数十人といった人間が亡くなったとされている。
 リリーファーが無くなってしまえば起動従士は用済みだ。人々に恨まれるだけの存在を、国はそのままにしておくだろうか?
 それはあり得ない。その可能性は充分に低い。もしかしたら人々の恨み辛みの捌け口として、公開処刑などの処置を取られる可能性もあった。

「……そうね。まぁリリーファーが無くなることはないだろうし、リリーファーが無くならないとすれば私たちも職に困る心配なんてない。確かにリリーファーは買うのも管理も金がかかる。ただ燃料は自分で発電するシステムだから最初に力さえ与えてやればいい。その面を考えると省エネだよ。……ただ、リリーファーの技術ばかり進歩させすぎて、それ以外の技術が殆ど進歩していないから、市民の鬱憤も溜まっていくんだろうねぇ……」

 そこまで言ってマーズは腕時計を見た。

「さて、休憩は終わりだ。次の路地裏に向かうぞ。……そう言えば他の二チーム、定期的に連絡を入れるように、と言ったのにまったく連絡が無いな……」
「まさか、早速見つかったとか……」

 ヴィエンスの言葉に、場は一瞬の静寂に包まれた。
 そして、時が動き出したかのように、マーズがその静寂を破った。

「そんなことはないだろう。あちらには『赤い翼』のエリートが居る。他のチームには『魔法剣士団』のリーダーがいる。どちらも場数は踏んでいるはずだし、何かあったら直ぐに連絡を送ってくるはずだ」
「そう……だといいんですがね」

 路地裏を立ち去る時から、ヴィエンスは嫌な胸騒ぎを覚えた。


 ――まさか、やられたんじゃ……。


 予感が的中したのを、ヴィエンス本人が確認するのはそれから少し後の話になる。


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