絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百十一話 ロストナンバー


「『赤い翼』の残党が私たち『新たなる夜明け』以外にもいるというのか?」

 訊ねたのはマグラスだった。

「たしかにあなたは『赤い翼』の残党だったわね。でも、あの徽章はつけていないでしょう?」
「それはそうだ。今はヴァリエイブル連合王国の直下にある騎士団に所属しているからな」

 そう言ってマグラスは右胸につけられている徽章を見せつけた。
 『赤い翼』はティパモール独立のために発足されたテロ組織だ。
 その組織の団結力は非常に強く、『組織』とはいうがその組織には絶対的権力を持った存在を筆頭として、幾つかの部隊に分けられている。
 しかしその絶対的権力を持った存在――リーダーは『セントラルタワー』の占領のテロで死に、『赤い翼』の大半はティパモールのテロで殲滅した。

「……だから『赤い翼』の残党はもうあなたたちしか居ないはずなのよ」
「――そうですね、たしかに私たちしか居ない」
「いいや」

 エルフィーの言葉に反論したのはヴィエンスだった。
 ヴィエンスはベンチに腰掛けていた。訓練が終わり、休憩していたのだろう。

「『赤い翼』の残党は『新たなる夜明け』以外にも居る」
「ヴィエンス、あなた知っているの?」

 ヴィエンスはマーズの言葉にため息で返し、それに答えた。

「『ロストナンバー』……彼らはそう呼ばれているよ」
「ロストナンバー……」
「聞いたことがある。『赤い翼』には特務部隊が居るということを」

 ヴィエンスの言葉を聞いて、エルフィーが答える。

「特務部隊?」

 マーズが訊ねる。
 エルフィーは歌を歌うように説明した。

「ええ。『赤い翼』には六つの部隊が存在している。『新たなる夜明け』もその一つ。だけれど、『赤い翼』には七つ目の部隊が存在しているのよ。七つ目の部隊はほかの部隊よりもリーダーに忠誠心があったという。もちろん、私たちのようにほかの部隊でも忠誠心はあるけれど、もしかしたら彼らならばその徽章を盗むことすら可能かもしれない。――赤い翼復活ののろしを上げようとしていることは容易に考えられる」


 ◇◇◇


 その頃、ヴァリス城・王の間。

「のう大臣」

 ラグストリアルは大臣のラフターとともに居た。ラグストリアルはずっと考え事をしていて、ラフターはそれが何だか気になっていた。

「なんでございましょうか」
「……タカト・オーノはどうなった? インフィニティは安定状態にあると聞いたが」

 ラフターは小さくため息をつくと、ポケットからメモ帳を取り出した。
 そのメモ帳を開いてあるページを見る。

「今は落ち着いている様子にあります」

 ――ヴァリス城の地下奥深く、その牢獄。
 ひとりの少年が十字架に雁字搦めにされていた。

「が、まだ彼の精神は戻らないでしょうね」

 タカト・オーノはまだ、過去の自分を恨んでいた。
 何故エスティは死んだのか?
 ずっとずっとずっとずっとずっと、考えていた。

『ねえ、タカト』

 崇人の背後にエスティが声をかける。
 崇人は体育座りをして、頭を下げていた。

『なんで』
『なんで』
『なんで』
『なんで』

 その数はどんどん増えていき、崇人の周りに広がっていく。
 崇人はその声が聞きたくなくて、耳を塞いだ。
 けれどそれをしても、容赦なく声は耳の中に響いていく。

『ねえタカト』

 崇人の目の前にいるエスティは言った。エスティの身体は下半身が引きちぎられていた。恐らくリリーファーに踏み潰されて、強引に上半身と下半身が引きちぎられたのだろう。
 そんなエスティは、ゆっくりとゆっくりとゆっくりとゆっくりと崇人に近づいて――崇人の右足をしっかりと左手で掴んだ。

『なんで私を見捨てたの?』
「違うっ!!」

 崇人の声が響いたと同時に、十字架にヒビが入った。

「俺は見捨てたわけじゃない! 俺は見捨てたわけじゃない! ただ……救えなかっただけだ!」
『それは言い訳でしょう? あなたが救えなかったそれを、私のせいにしただけ』
「違う違う違う違う!!」

 十字架のヒビはさらに増していく。
 それと同時にアラームが鳴り響く。
 そして、牢獄全体に粉末が振り撒かれる。

「違う違う……違う……違うんだ…………違う………………え…………エスティ………………」

 やがてその粉末が崇人の身体をゆっくりと夢の中へと誘っていった。
 そしてそれをモニタリングしているメリアは漸くため息をひとつついた。
 タカト・オーノは予想以上に精神の損壊が激しかった。
 精神の損壊を修復すること自体については容易だ。人間は時間さえあれば勝手に記憶が朧げになり精神を修復していく。
 しかし、問題はそこからだ。精神の損壊を修復し、それを普通の生活が送れるほどまでに回復させていくことが難しい。
 自分の意志で精神を修復させるわけではないが、それを遅らせることは可能だ。今の崇人みたいに自分の殻に閉じ篭っていればいい。
 しかし今はそうであってはならない。メリアはそう考えてパソコンに齧り付いていた。
 マーズが告げた、崇人の真実。
 崇人が別の世界の住人であるということ。
 その事実を聞いて暫く経ったが、メリアは意外にもすんなりとその事実を信じられた。
 だが、メリアは解らなかった。
 どうしてマーズはそこまでして崇人のことを気にかけるのか――ということに。
 訊ねたとき、マーズはこう言った。


「……別に。タカトが居なくちゃ、戦力が半減しちゃうじゃあない。ただそれだけよ」

 ――それ以外にも何か理由があると、メリアはそれを聞いて直ぐに思った。

「……マーズ、あいつのこと好きなの?」
「ぶぼっ?! な、なによ突然!」
「うわー……恐ろしいくらい素直な反応ね……」
「なによ! 素直に反応して悪い?!」
「いいや、別に」

 そのあとマーズが何だか五月蝿かったが特に反応しないでおいた。
 暫くするとマーズはそのまま去っていった。怒鳴っていてストレス発散でもなったのだろう。

「……しっかし、あのマーズが恋愛なんて感情持ってるとは思わなかったわ」

 本人が居たら殴られるでは済まないような発言をして、再びメリアは作業に戻った。


 崇人は現在様々な機器によって管理されている。理由は単純明快。インフィニティが再び暴走してしまったら今度こそ太刀打ちできないためである。それに、彼が居るのはヴァリエイブル連合王国の首都直下。インフィニティが暴れることで何が起きるか――想像は容易だった。
 ヴァリス城は間違いなく破壊され、首都は壊滅する。それによりヴァリエイブルの均衡は崩れ、残り二国によりヴァリス王国は支配される。
 さらにヴァリエイブル連合王国が崩壊することにより世界のパワーバランスは大きく崩れることとなる。ペイパスもエイテリオもエイブルも、どうなるかは解らない。

「世界のパワーバランスがいつ崩れるか解らないから、インフィニティの回復を急ぐ気持ちも解るが……タカト・オーノ、彼一人だけに背負える所業なのか、それは」

 メリアは誰に訊ねるでもなく呟いた。
 そして、当たり前のようにその返事は誰も返さなかった。
 かつてメリア・ヴェンダーはタカト・オーノがとても変わっている人間だと思った。
 しかし今の状態を見ると、あまりにも自分の予想が的中していたことに微笑が溢れるほどだった。


 ――彼はこのままヴァリエイブルに、クローツに置いておくべき存在なのだろうか?

 ――彼はこの現状を改善する『救世主』になり得るというのか?


 メリアは考える。モニターにはぐっすりと眠っている崇人の様子が映っていた。

「……今、それを考える暇はないな」

 頭を掻いて、メリアは立ち上がると机に置かれていた空のコーヒーカップを持って背後にあるコーヒーメーカーへと向かった。

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