絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百三話 戦力差

 その頃、漸く戦場に辿り着いたマーズ率いるハリー騎士団は、その変わり果てた光景に呆然としていた。
 今まであったはずの瓦礫、人の死骸、廃墟が熱で溶かされ、ごちゃ混ぜになっていた。

「これを……《インフィニティ》一機が行ったというのか!」

 マーズはその悲惨な状況を、あまりにも悲惨な状況を嘆いた。
 インフィニティは自分達が想像している以上に規格を外れているものだと、改めて思い知らされた。
 インフィニティは、もはや人間が扱うことすら許されないものなのではないか。
 あのままでは、タカトがおかしくなってしまうのではないか。
 マーズはそれをずっと考えていた。

「インフィニティは、あまりにも強いリリーファーだった。だから『最終兵器』と呼ばれる程の強さを誇っていた。……だから封印されていた、ということね……」
『インフィニティというのは、そこまで恐れられていた存在だったんですか』

 コルネリアが訊ねる。
 マーズは頷いて、それに答えた。

「インフィニティはそもそも『操れる人間』が今までいなかったのよ。そして、姿を現した、唯一の操作出来る人間……それがタカトだったの」

 インフィニティは、操縦する人間を選ぶという。
 どうしてかは解らないが、インフィニティを見つけた科学者がいざコックピットを見て、操縦を試みようとしたとき、異変が起きた。
 リリーファーコントローラーが存在しないのだ。
 いや、普通に操作する手段はあるが、それではあまりにも足らなすぎる。
 操縦するための補佐となる何かが足りないのだ。
 そして、その手段だけではインフィニティを起動することができないのであった。
 ならば、どうすればいいのか?
 科学者は手段を考えた。方法を考えた。作戦を立てた。
 それでも。
 インフィニティを起動させる方法は見つからなかった。
 最強のリリーファーであるインフィニティを起動することさえ出来れば、それは国の大きな戦力となる。
 しかしながら、それを起動する方法が見つからなかった――ならば、それを封印するほかなかった。
 いつか、インフィニティを起動させることの出来る人間が現れることを信じて。

「……さて、どうしたものか」

 マーズは改めて正面を見る。
 インフィニティが放った何かは、あまりにも衝撃的なものだった。掠っただけでも致命傷は避けられない。ならば、それには絶対に当たらない――そうした方がいいだろう。
 ならば、遠距離での戦闘ではなく、近接攻撃をした方がいいという結論に至るのは当然のことだ。近接攻撃にすれば、インフィニティが放った彷徨(と思われる何か)は使えない。もし使えばインフィニティの躯体そのものにも影響が出てしまうからだ。

「もちろん、タカトがそこまで考えられるだけの余裕があれば……の話だけれど」

 マーズはぽつり呟く。しかしその言葉はほかのメンバーに聞こえることはなかった。


 ◇◇◇


 そのころ。
 崇人はインフィニティの中で苦しんでいた。
 エスティを殺したのは自分だ。
 エル・ポーネがこんな惨状になってしまったのも、自分のせいだ。
 全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、自分のせいだ。
 自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ自分のせいだ――!

「あああああああああ――――っ!!」

 崇人は頭を抱える。
 もう彼にまともな思考など、できるわけもなかった。
 気が付けば、コックピットの周りには深い闇に囲まれていた。

「ああああああ、ああああああ!!」

 崇人は頭を振る。頭を振る。
 少しでも、自分の頭の中で聞こえる『声』を無視したいから。
 少しでも、楽になれると思ったから。

「ああああああああ、あああああああ!! うるさいうるさい!! 俺は悪くない!! 悪くないんだ!! エスティが死んだのも! エル・ポーネが滅んだのも!!」
『ほんとうに?』
『ほんとうなの?』
『ほんとうにそうだといえるの?』

 崇人の頭に、そんな声が谺する。
 その声は、聞いたこともないのに、エル・ポーネの住民の声にも聞こえた。
 そして。

『ねえ……タカト?』

 彼の目の前に、血まみれのエスティが姿を現した。
 それが幻覚だということに――崇人は気付く由もなかった。

「あ、ああ……」

 崇人はゆっくりと、ゆっくりと顔を上げ、そのエスティの顔へと手を差し伸べる。
 しかし、エスティの顔は徐々に青ざめていき、彼女の目から赤い血のような涙が流れる。

『どうして、私を助けてくれなかったの? 私、「助けて」って言ったよね? 私、あなたに助けて欲しくて、ダメな時でも、たとえダメでも、来て欲しかったのに。ねえ?』

 それが嘘だというのに。
 それが事実とは違う――彼自身がつくりあげたまやかしであるというのに。
 それでも崇人はそれを信じてしまう。
 それを疑う余裕などない。
 彼の指に、エスティの目から流れる血の涙が滴る。それは指から腕へ、腕から肩へ、そして身体へ、崇人自身の身体を濡らしていく。

「あああ、あああああああ……」

 崇人はそれを見て、目を背けたくなった。
 そして、彼は手で目を覆った。
 手はもう血で赤く染まっていた。そしてそれを顔に当てたことで、彼の顔も赤く染まっていく。
 それを見て、エスティは笑っていた。
 彼の目の前にいるエスティは、笑っていた。

『うふふ……うふふふふ。ねえ、タカト? どうして私は死ぬことになったのかな? どうしてリリーファーに踏み潰されるような、そんな惨たらしい死を遂げなくちゃいけなかったのかな。ねえ? 解らないよ、タカト……』

 エスティの手が崇人の顔に触れる。
 それは恐ろしいほどに冷たかった。

「え、エスティ…………」
『ねえ、タカト。どうしてだと思う? どうして私が死んで、あなたが生き残ったんだと思う? 私には、まったく解らないんだ』

 そんなことは崇人にだって解るわけがない。
 だがそれを答えることはなかった。

『ねえタカト』

 エスティは告げる。

『どうして……あなたはそう感情に身を任せていられないの? 私だったら、もし私がタカトと同じ状況だったなら、私は感情に身をゆだね、そりゃあもうとんでもないことになっちゃいそうだよ』
「…………」

 もう崇人は答えない。
 もう崇人が質問に、言葉に、返す余裕もない。

『ねえ、タカト』

 にもかかわらず、エスティは話を続ける。
 冷酷な一言を、突きつけるために。

『――あなたはどうして生きているの?』

 その言葉は、崇人の精神を瓦解させるには――あまりにも大きすぎる一言だった。


 ◇◇◇


「とうとうやりやがった! 充分過ぎる結果だ!」

 白い部屋。帽子屋はそう言って高笑いした。手を叩き、この結果をとても喜んでいた。

「帽子屋……あなた、何をしたの?」

 今までの光景をモニタリングしていた『シリーズ』の誰しもがそれに疑問を抱いた。


 ――いったい帽子屋は何をしたというのだろうか?


 その言葉について。
 最初に訊ねたのは、バンダースナッチだった。
 帽子屋はそれを聞いて、鼻を鳴らすと、

「簡単なことさ。彼の心を揺さぶった。あとは勝手にエスティの魂がなんだのどうだのと……馬鹿だ、ほんとうに人間というのは馬鹿者だよ! たかがそれだけで、友人から『なぜあなたは生きているの?』などと聞かれるのだからな!」
「それじゃああれは凡て……」
「そうだ。タカト・オーノが自作自演しているのだよ。だが、その自作自演という事実は本人にすら気付いていないがね。だから勝手に傷つく! 勝手に精神を瓦解させていく! 勝手に自滅していく! 勝手に……僕の思うがままの方向へと進んでいく! これ以上に素晴らしいことが、果たしてあるだろうか!」

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