絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百話 暴走(後編)

「あれでいいんですか、リーダー」
「ん。ローグか。お前いつの間に居たんだ。……まあ、そういうのは相変わらずだな」

 ヴァルトは振り向くと、そこには凡てを黒く塗りつぶしたような人の形があった。少しだけ見ると生きている人間とは思えないくらい、生きている気配を感じなかった。

「……ローグ、その『死んだような』気配はどうなんだ? いや、仕事の時は構わんが、私の時くらいはそういうのをやめてくれよ」
「すいません、不器用なもので」

 ローグは頭を下げると、漸くその『死んだような』気配を漂わせるのをやめた。

「……まったく。それは困りものだぞ。それ以外ならば君は完璧な人間だというのにな」

 その言葉に対し、ローグは何も答えない。

「……まあいい。ともかく、ここから逃げるぞ」
「はっ」

 その言葉を聞いて、ローグは姿を消した。
 残りの『新たなる夜明け』も、それを見て、歩くヴァルトのあとを追った。


 ◇◇◇


 リリーファーが置かれている基地は、幸いにも壁からそう遠くない位置にある。
 おかげでマーズたちはそう時間もかからずに基地まで辿り着くことが出来た。

「どうしたのよ、そんなに慌てて……! それにあの衝撃は……!」

 基地に入るやいなや、待ち構えていたルミナスが激昂していたが、マーズはそれを軽くあしらう。

「そんなことより、リリーファーはどこ」
「リリーファー? ……地下にあるに決まっているじゃあない。あれ、エスティさんは?」
「……エスティは、死んだ」

 マーズのその言葉を聞いて、ルミナスは耳を疑った。
 何もいうことも出来ず、ただそこに立ち尽くしていた。
 それを見て、マーズは話を続ける。

「……そして、それを目の前で見たタカトがペイパスのリリーファー、『ペルセポネ』と戦ってる。しかし彼は今……どちらかといえば『暴走』しているわね。それを何とかして止めないと。ペルセポネを破壊したあとは、どこにその手が向かうかも解らないわ」
「マーズさん、ペルセポネはペイパス一のリリーファーとして知られていますよ。それに、一時期はラトロが作った最高傑作とも言われていた、リリーファー……なのにどうして、それでもタカトが勝つと?」

 訊ねたのはヴィエンスだった。

「ヴィエンス、流石に調べているわね。そう、たしかにあのリリーファー『ペルセポネ』は強い。だからといって、タカトが乗っているリリーファーのことを忘れちゃいけないわ。あの最強のリリーファー≪インフィニティ≫のことを……」
「インフィニティ……そんなに強いんでしょうか?」

 さらに、エルフィーが訊ねる。

「強いなんてものじゃあない。もしかしたら私たちのリリーファー凡て出揃ってもあの力を止められるかわからないくらいの実力、それが≪インフィニティ≫よ。『有限』だなんて言われているけれど、そんなことは有り得ない。あれは実際には有限であって、理論上無限にその力を引き出すことが出来る……とされている」
「詳しいのね、あのリリーファーに」

 ルミナスが、目を背けて言った。
 マーズは、それほどまで知らないけれどね、とだけ言って、ルミナスに頭を下げて、その場を立ち去った。


 ◇◇◇


 その頃。
 エレン・トルスティソンはリリーファー『ムラサメ』に乗り込んでいた。
 コックピットにあるのは、今までのリリーファーにあるコントローラとは異なり、コンピュータのキーボードだ。キーボードは幾つも存在するが、その中の、彼女の目の前にあるそれに手を置いた。
 彼女以外の――魔法剣士団と呼ばれる存在も――すでにムラサメに乗り込んでいた。あとは、起動命令を待つのみである。
 ため息をついて、改めてそのキーボードを撫でるように触る。

「このリリーファーの初陣だ」

 このリリーファーは、ラトロが全精力をかけて開発した最強のリリーファーだ。
 ラトロの科学者が、最強と謳われるインフィニティを超えるために開発したリリーファーだ。
 インフィニティ以外に負けることなど有り得ないし、インフィニティに負けることも有り得ない。
 しかしながら、彼ら科学者はインフィニティのデータを完全に獲得していない。
 そのためか、対インフィニティ用装備は不完全なものとなっている。
 しかしながら、ほかのリリーファーには絶対に負けることがない――それが『ムラサメ』である。

「だからこそ、負けるわけにはいかないのよ……!」

 彼女は拳を強く握る。

『――どうかしましたか、リーダー』

 そこで、スピーカーから声が聞こえた。
 透き通った優しい声だ。

「ああ……大丈夫だ、エルナ。問題などないよ」
『そうかしら? ひどく疲れているように見えるけれど』

 見えてなどいるわけがない――エレンは小さく呟く。
 エレンとエルナは、同じ学校のクラスメートでもあり、同じ孤児院の出である。
 魔法剣士団は、皆身寄りのない子供から構成されている。上は十七歳、下は八歳とその差は大差ない。しかしながら、剣士団は全員子供でるということに変わりはない。
 子供が一番リリーファーの操縦に向いている――ラトロの科学者であるピオール・アンフィリクはその著書の中で述べた。
 発達途上の子供のほうが、発達しきった大人よりも制御しやすいのがリリーファーの特徴だ。なぜそうなのかははっきりしない。
 ただ、ピオールの著書では、『発達途上の子供の方が、大人よりも複雑な操作を覚えやすい』と述べている。(しかしながらアリシエンスのような例外もあるため、一概にそうとも言えないというのが現在の考えである)
 そして、その著書を忠実に再現し、実行したのが、現在のラトロで最高権力者として君臨する、グロヴェント・オールクレイト率いる『三賢人』と呼ばれる存在だ。
 三賢人は先ず、最強のリリーファーに見合う最強の存在を作ることにした。最強に乗るパイロットも最強でなくては、その力を真に引き出すことができない。三賢人のひとり、マキナ・ヴァリフェーブルはそう語った。
 マキナ・ヴァリフェーブルを主導として、全世界から身寄りのない子供を集めた。そしてその中から、『最強』といえる遺伝子を探した。
 ラトロの地下には、ある人間のDNAを保管している。
 伝説の起動従士、イヴ・レーテンベルグの遺伝子だ。
 イヴ・レーテンベルグは世界最初のリリーファー『アメツチ』を操縦した起動従士として、その名を歴史に刻んでいる。
 アメツチはラトロが開発したものでない、と一部の歴史書ではそう記されているが、それが正しい歴史である。
 ラトロに残されていた歴史書にも、そう記されているのだ。
 ただし、ほかの場所にある歴史書よりも、その部分は事細かに記述されている。
 それによれば、アメツチは発掘されたものであった。
 しかしそれとともに、棺桶が発掘されたのだ。
 棺桶の中には、ひとりの少女が入っていた。
 死んでいるのか、生きているのか、わからない。
 はじめ、それを見た人間は、人形なのではないかと思った。あまりにも精巧すぎて人間と間違えているのではないか、そう思った。
 しかし、彼女は、困惑している人間をよそに目を開けた。
 彼女は、人間に目をくれず立ち上がると、一目散にアメツチの元へ向かった。
 倒れていたアメツチの胸に立つと、彼女はアメツチに吸い込まれていった。
 突然のことで何も言えなかった人間だったが、直ぐにその光景に驚愕することとなった。
 なぜなら、アメツチは突如として起き上がったからだ。
 人間は逃げ出した。なぜなら、そのロボットが攻撃をするのではないか――そう思ったからだ。
 しかしながら、いつまで経ってもそれをする気配がない。
 恐る恐る振り向くと、そのロボットが手を振っていた。
 これが、世界最初のリリーファー『アメツチ』と、世界最初のリリーファーを乗りこなす起動従士、イヴ・レーテンベルグの、歴史書に残された一番古い史実である。

「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く