絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第九十九話 暴走(中編)


 崇人は街を走っていた。
 ひたすら、ひたすら、ひたすら、どこへ走っているのか、解らなくなるくらいに。
 エスティが死んだ。
 木っ端微塵になって、死体も残らなくて。
 死んだ。
 その事実は、激しく彼の心に突き刺さる。
 死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ――!!
 エスティが、死んだ。
 その事実は、忘れたくても、忘れられることができない。

『なあ、誰が彼女を殺したんだと思う?』
「違う、俺は殺していない……!」
『逃げているだけだ』
「違う!」
『違わないだろ? 現に彼女は死んじまった。最後までお前のことを見ていたじゃあないか』

 違う違う違う!! 崇人は顔を左右に激しく振って、さらに走る。
 目を瞑れば、またあの光景が蘇るからだ。
 エスティの、最後に見た、救いを求めた、だけど拒んだ、あの目。
 なぜ彼女は死ななくてはならなかったのだろうか?
 なぜ彼女は救いを拒んだのだろうか?
 なぜ彼女は死の直前まで、他人を助けたのだろうか?
 なぜ――なのか。
 それが彼には解らなかった。
 解りたくなかった、ともいえるだろう。

『解りたくなかった? そんなのは嘘だろ。解ろうとしなかったんだろ。ほんとはエスティが死んで、せいせいしたんじゃあないか?』
「そんな……そんなわけが!」
『いいや、それは欺瞞だね。お前は自分を欺いている。お前はお前だ。そして人間は……自分さえ生きていればいいと思うのさ。それが人間なんだからな。人間らしい生き方をしているんだよ、お前は』
「うるさい……うるさい……」

 崇人は走る。
 気が付けば壁の外まで出ていたが、それでも彼の足が止まることはない。

「……どうすれば」
『あいつを倒せばいい』

 其の時、崇人の耳に悪魔の囁きが聞こえたような気がした。

「……あいつ?」
『そうだよ。エスティを踏み潰したリリーファーを。エスティの死体が無くなるほどにした、リリーファーを倒せばいい。そうすれば彼女への手向けにもなるだろ?』
「確かに……たしかにそうだ」

 エスティを殺した、あのリリーファーを倒す。
 今の崇人の頭には、それしかなかった。否、それを考えるほかなかった。
 まるで誰かに口添えされたように、冷静に叫んだ。

「来い……≪インフィニティ≫!!」

 誰に命令されたわけではなく、彼自身の意思で、インフィニティを呼んだ。


 ◇◇◇


「これを予想していたのか……帽子屋。相変わらず君は下衆な考えを持っているよ」

 白の部屋、ハンプティ・ダンプティがモニターから目を離し、帽子屋の方を見て小さくつぶやいた。
 対して、帽子屋はすまし顔でハンプティ・ダンプティの方を見た。

「ほんと帽子屋、君は気分の悪いことをするのはピカイチだよ」

 チェシャ猫の言葉は褒め称えるようにも蔑んだようにも見えた。

「私から言えば最低な行動にも見えるけれどね」

 しかし一人だけ、素直なのかどうかは知らないが、バンダースナッチがばつの悪そうな表情でそう言った。

「……随分と手厳しいね、バンダースナッチ。だけれど、別にそれは悪いことじゃあないさ。あぁ、そうだ。悪いことじゃあない。僕がやっている……この『インフィニティ計画』は、人類にとってもそう悪い話じゃあないんだ」
「悪い話じゃあない? 少なくとも今やっていた行為は最低に見えるけれど?」
「僕がエスティ・パロングの死を招いた、と? 確かに計画には入っていたよ。だがね……早すぎた。彼の『覚醒』はもう少し後の予定だったんだ」
「覚醒?」

 バンダースナッチは帽子屋が言ったその言葉を反芻した。
 バンダースナッチは困惑の表情を浮かべていた。それを見て、帽子屋は微笑む。

「まぁ、それは、僕が言うよりも実際に見てもらった方が早いだろうね。……ちょうどインフィニティも来た頃だし」

 そう言われてバンダースナッチは改めて視線をモニターに移した。
 そこで彼女はふと考えた。
 インフィニティ。
 タカト・オーノが乗る、リリーファーだ。彼しか乗ることの出来ない専用機であるとともに、この機体が世界最初のリリーファーである。
 そんなリリーファーの名を冠した『インフィニティ計画』とはいったいどのようなものなのだろうか?
 名前を冠したものなのだから、恐らく何らかの関係はあるのだろうが、少なくとも現時点ではイマイチその関係性が見えてこない。先程、帽子屋がリリーファーについて何か言おうとしていた気がしたが――そう思いバンダースナッチはそちらの方を向くと、もう帽子屋の目線はモニターに釘付けになっていた。
 今質問してもうやむやにされるだけだ――そう思った彼女は、改めてモニターに視線を向けた。


 ◇◇◇


 インフィニティのコックピットに彼が乗り込んだのは何回目になるだろうか。
 先ず、三十五歳の身体で乗り込んだ一回目。あれはどちらかといえば、『困惑』が彼の心を満たしていた。
 そして二回目。大会のとき、赤い翼のリーダーに言われ乗り込んだときは、作戦を考えていたからか、意外にも冷静を保っていた。
 そして、三回目。
 彼の心は『憎悪』で満たされていた。
 そこはかとなく、そして何物にも代えがたい『憎悪』。

『……マスター、ご命令を』

 フロネシスの言葉を果たして聞いていたのかどうかは解らないが、彼はただ一言――こう言った。

「あのリリーファーを……殲滅する」

 それは命令ではなく宣言に近かった。エスティを殺したリリーファーを倒す――もはや彼の頭の中にはその考えしか無かった。

『――かしこまりました』

 フロネシスは人間ではない。オペレーティング・システムだ。マスターの命令は何でも聞くよう、プログラムが施されている。
 だからフロネシスはその命令に逆らうことは出来ないし、逆らうことを許さない。
 そして、インフィニティは心を憎悪で満たした崇人を乗せて、ゆっくりと動き出した。


 それを見たマーズは舌打ちした。

「幾ら何でも早すぎる! あのままじゃあ大変なことになるわ!」
「マーズさん、別にあのままペルセポネを倒してもらえばいいのでは……」

 マーズの言葉にコルネリアが訊ねる。

「そんな甘い話じゃあないわ。今のタカトは心が不安定な状態にあるのよ? そんな状態で戦闘なんてさせてみたら何が起こるか……想像も出来ない」
「それじゃあお前たちは、あの騎士団長サマを止めるわけか」

 ヴァルトの言葉にマーズは頷く。
 それを見てヴァルトは、小さく首を振った。

「だとしたら現時点で俺たちに出来ることはない。安全圏で見守ることにするよ」
「えぇ、そうしてもらった方が有り難いわ。ただし、エルフィーとマグラス、彼らは借りていくわ」
「好きにしろ」

 恩に着る、そう言ってマーズたちはリリーファーが保管されている基地へと向かった。


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