絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第九十八話 暴走(前編)

 エル・ポーネの郊外に到着した崇人たちは、その光景を見て目を疑った。

「何てことだ……」

 そこに広がっていたのは、まさに地獄絵図といえる光景だった。
 人々の死体が転がり、建物は破壊され、残っている建物も血に塗れている。彼らが車中から見ていたあの高い建物は、もはや建物の形を保っているのが奇跡ともいえるほどに崩壊していた。

「……いったいどうなっているというんだ……」

 崇人はそれを見て嗚咽を漏らす。エスティも、ヴィエンスも、コルネリアも、それを見て何も言えなかった。
 当たり前だろう。この状況を見て吐き出したり精神に異常を来たしたりしないほうがおかしい。

「一先ず、先に進むぞ」

 そう言って、マーズたちはエル・ポーネの街を歩く。
 歩けども歩けども、破壊された区々と、人々の死骸が散乱していた。
 血の匂いが強く、鼻をつまむほどの匂いが漂っていた。

「……こんなこと、誰が」
「解っているはずだ、ペイパスのあいつだよ」

 先頭を歩いていたマーズが目の前を指差した。
 そこにいるのは、ペイパスの民有リリーファー『ペルセポネ』だった。
 対して、ペルセポネに乗るテルミーはそれを発見していた。

「あれは……」

 かつて、彼女が戦った相手。
 かつて、彼女が倒しかけた相手。
 ヴァリエイブルの女神、マーズ・リッペンバー。
 そして、彼女が『その戦いを止めざるを得なかった』元凶。
 ≪インフィニティ≫の起動従士、タカト・オーノ。

「あの二人が……リリーファーも乗らずに……」

 もはやテルミーは人間の思考をしていない。
 況してや、起動従士間に課せられた暗黙の了解となっているルールなど、忘れているに等しい。
 起動従士はリリーファーに乗ることで、その存在意義を満たす。
 即ち、リリーファー対リリーファーとなることが可能である人間同士の戦いであるならば、そうあるべきだ――というルールが存在するのだ。
 そのルールを誰が作ったのかはわからない。
 しかしそのルールは、気が付けば起動従士は誰しも守るルールとなっていた。
 それが、精神に異常をきたしていない常人であるならば、普通にそのルールに則っていたことだろう。
 しかし彼女は、ペルセポネに乗るテルミー・ヴァイデアックスは、なぜかそんなことを考えられる余裕は無かった。
 そして。

「――――――シネ」

 容赦なく。
 その右足を、その持ち上げた右足を、地面に叩きつけた。


 ◇◇◇


 少しだけ、時間は戻る。

「……おい、あれって……俺が最初に戦ったリリーファーじゃあないか?」

 崇人が訊ねると、マーズは頷く。
 その表情は、どことなく強張っていた。

「そうよ、あれこそがペルセポネ。ペイパスに居る民有リリーファーよ」
「そうゆっくりと説明していてもいいのか……? ここだと格好の的だぞ」
「いいえ、大丈夫よ。そういう暗黙の了解があるの。『起動従士同士での戦いの際、決して起動従士がリリーファーに載っていないタイミングで攻撃してはならない』……ってね」

 そんなルールがあったのか――崇人はそう思っていたが、しかしそのルールがイマイチ理解できなかった。
 理解できなかった、というよりは信頼出来なかったというほうが正しいだろう。
 崇人はこの世界の住人ではない。だからこの世界独自のルールというものがイマイチとっつきにくいのだ。

「心配しなくていいわ、タカト。別にそんなルールを破るほど残酷な人間でもない。そんなことをすれば、それは起動従士の風上にもおけない……いや、人間でもないわね」

 マーズの言葉は、ほかのメンバーを安心させるものだった。
 しかし、それでも。
 崇人はまだ不安だった。
 ペルセポネはゆっくりとこちらに向かってやってくる。
 そして、その右足を、持ち上げ――。
 それが崇人たちに向けられた『攻撃』であることに気がついたのは、その時だった。
 崇人たちは、攻撃を見てその攻撃が届かない場所へと走る。
 エスティも、それを追いかけようとした。

「タカト!」

 エスティの声を聞いて、崇人は振り返る。
 するとエスティは倒れていた。顔だけをあげて、ただそこに倒れていた。

「どうした、エスティ!」

 崇人は急いでそこへ向かおうとする。

「――来ないで、タカト! あなたも死んでしまう!!」

 しかし、それをする前にエスティに遮られる。
 そして。
 崇人たちの目の前に――『ペルセポネ』の右足が地面に着地した。
 ペルセポネは、崇人たちを一瞥し、そしてそのまま去っていった。

「……たす、かった?」

 マーズは拍子ぬけた、とでも言わんばかりにため息をつく。
 崇人は、ペルセポネの右足があった場所をただ眺めていた。
 そこには人の形など残っておらず、ただ右足の形に沿って血が広がっていた。
 それを見て、マーズは崇人の肩を叩く。

「……行こう、タカト」
「…………許さない」

 崇人は、彼女の言葉を聞かず、駆け出した。

「タカト!」
「追うなよ、どうせ逃げ出したんだろう」

 ヴァルトが言って、マーズは崇人を追いかけようとした意思を既のところで踏みとどまった。

「あなたは……、タカトとエスティの関係を知らないから言っているのよ!!」
「ならば、どうした? 私の言葉を気にせず、彼を追いかければ良いではないか」

 ヴァルトの言葉はマーズの心に鋭く突き刺さる。
 なぜ彼女は直ぐに崇人を追いかけなかったのか。
 なぜ彼女は迷ってしまったのか。
 それは。
 崇人を信じていないからではないのか?
 崇人がまた戦いから逃げ出す――そう思っていたからではないのか?
 マーズは心の中で苦悩する。

「おい」

 しかし、それに割り入るようにヴァルトは言った。
 マーズはヴァルトの顔を見た。ヴァルトは怒っているのか、それとも常にこの表情だったのか、仏頂面だった。
 もしかしたら今のマーズを蔑んでいるのかもしれない。
 今のヴァルトの顔は、咄嗟に行動出来ないマーズを蔑んでいるようにも見えた。

「……今はお前がリーダーだろうが。お前が行動出来なくてどうする。お前が指示出来なくてどうする。今の私たち……『新たなる夜明け』はお前たち『ハリー騎士団』の命令で動いているんだ。お前が何か言わなくては、私たちは何も出来ない。『リーダー』とはそういうものだろう」

 ヴァルトの言葉は尤もだった。
 しかし今のマーズには、それを考えることが出来ない。
 考えられない、のではなく――考えることがあまりにも多すぎるのだ。
 しかし、それも今は言い訳に過ぎない。
 彼女は、早く決断しなくてはならない。
 崇人の心情は、もはや誰にでも察することが出来るだろう。それほどに衝撃的な出来事だったからだ。

「……急いで、追いかけないと」

 マーズはそう呟いて、改めてハリー騎士団全員が見えるように向き直った。

「これから、騎士団長を追う! そう遠くに行っていないはずだ! 見つけ次第確保、或いはわたしに伝えること!」

 その言葉を聞いて、全員が同時に頷いた。

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