絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第九十三話 合流

 ――が。
 アーデルハイトの持っていた拳銃から、銃弾が放たれることはなかった。

「……は?」

 その光景にチェシャ猫は思わず呆れたような声を出した。
 まるでチェシャ猫もそれは想定外だったようにも思えた。
 しかしながら。
 その事態を一番に理解したのは、マーズだった。
 アーデルハイトの拳銃には一発も銃弾が入っていなかった。
 なぜだろうか――という質問への解答はこういうものとなる。
 アーデルハイトの拳銃には最初六発しか銃弾が入っていなかった。というよりかはそういう拳銃だった――というのほうが正しいかもしれない。
 つまるところ、アーデルハイトは兄を殺してしまった時に六発分撃ってしまったために『七発目』は存在しないということになる。

「アーデルハイト!!」

 それを見て改めてマーズはアーデルハイトに声をかける。
 彼女の心を崩壊させないというのならば、今がチャンスだ。
 逆に言えば、これを逃してしまえばもう無理だろう。

「……ま、マーズ……」

 アーデルハイトはゆっくりと言葉を紡ぐ。
 それを見てチェシャ猫は小さく舌打ちした。

「まさかこんなことになるとはね……、しょうがない。ここは撤退させてもらうよ。……さようなら、マーズ・リッペンバー」

 そして。
 チェシャ猫はモーションなく姿を消した。
 マーズたちの行く手を阻んでいた結界が消えたのも、それと同時だった。
 マーズは急いで彼女に駆け寄り、拳銃を彼女の手から離した。

「アーデルハイト……もう大丈夫だから……」

 マーズは涙を流していた。彼女を抱き寄せ、ただ泣いていた。

「ねえ、マーズ? 泣かないで……?」

 アーデルハイトの自我は、まだ保たれていた。
 しかし、その声は震えていた。
 急いで治療せねばならない――そう思ってマーズはアーデルハイトの肩を持って、

「総員、退避! これから急いでここを脱出するぞ!!」

 そう言った。
 その言葉に他の団員は大きく頷いた。


 ◇◇◇


 その頃、崇人とエスティは学校をあとにして、サイクロンが目の前に見えるベンチへとやってきた。もう夜になっていて、空を見上げると星が輝いていた。

「……ねえ、タカト」

 エスティは訊ねる。

「どうしたの、エスティ?」
「私さ……いろいろなことを僅かの時間で見てきたなあ、って思ったんだ」
「いろいろなこと?」
「そう」

 頷いて、エスティは話を続ける。

「入学式であなたと会って、その後のリリーファー起動訓練で『シリーズ』を倒して……そして大会が始まったでしょう? ああ、違うっけ。その前にショッピングモールにも一緒に行ったよね。結局あの時はテロみたいなことが起きちゃったせいで色々と興ざめしちゃったけれど……それでも私楽しかったよ」

 エスティの言葉に、うんうんと崇人は相槌を入れるだけだった。
 エスティの話は続く。

「そして大会が始まって……あのときも大変だったなあ。『赤い翼』、だっけ? そういう人たちが会場を占拠しちゃったせいで結局大会の結果も有耶無耶になっちゃって……」
「恨んでいる?」
「恨んでいる、というか……何かさ。今まで自分が『行きたい!』と思っていた大会に行けたとき、そして実際にそれを目の当たりにしたとき、私こう思っちゃったんだ。自分が夢見ていた『大会』は、ただのごっこに過ぎなかったんだって」
「ごっこ?」
「そう、ごっこ」

 エスティの言葉はとても軽い調子で話しているようにも思えたが、内容はそうには思えなかった。とても重たい、重たいものだった。

「そして騎士団が結成されて、色んな人と交流することになったなあ。マーズさんはかっこよくて綺麗だし、それでいて頭がいい。コルネリアは鼻につくのが少し厄介だけれど、それ以外はとても頼りになりそうだし、ヴィエンスもああいう性格なだけで根はいい人だもんね。こう羅列してみると、みんな個性的でいい人……ここにいれていいな、って思ったよ」
「じゃあ、『大会』が自分の思ったものよりも酷くても、よかった?」
「結果としては、ね」

 崇人の言葉に付け足すように、エスティは言った。

「楽しかった、本当に楽しかったんだよ……」
「おいおい、それじゃあまるで今から死んじまうみたいな言い方だぞ?」

 そう崇人が訊ねるとエスティは悪戯っぽく微笑んだ。

「馬鹿だなー、あくまでもたとえだよ。死ぬわけないじゃあない。大丈夫sだよ、私は死なない。だから安心して」

 そう言っていたが、エスティの心の中は恐怖でいっぱいだった。無理もない、今まで一介の学生に過ぎなかった彼女が、唐突に戦場に送られることとなったのだから。恐怖で支配されていないコルネリアやヴィエンスのほうが変わっているとも言えるだろう。
 ただ、彼女の心は恐怖でいっぱいだったが、恐怖で支配されてはいなかった。
 それだけが、数少ない彼女の長所ともいえるだろう。

「死なないなんて、絶対に言えないだろ。いつかはきっと、死ぬ。そしてそれはどうやって死ぬかは解らない。……大丈夫だ、俺が守ってやる」

 そう言って、崇人はエスティの肩を抱き寄せた。
 それは無意識な行動だったのか、意識した行動だったのかは解らない。
 だけれど、彼女の心が落ち着いたのだけは間違いない。

「……ありがとう、タカト。そんなことこんな場所で行ってくれるのあなただけだから」

 そう言われて、崇人は思わず顔を赤らめた。


 ――なんてことをしているんだ、俺は。


 現実世界ではまったくしていない(そもそもするような機会がない)ことをするというのは、ここまで恥ずかしいものなのか――崇人はそう考えていた。しかし彼は顔が真っ赤になっているというのはまったく気付いていない。

「こんなことを平気で出来るやつってほんと精神鍛えられているよな……感心しちまう」

 そんな呟きは、幸いにもエスティに届くことはなかった。
 崇人とエスティは暫くそのベンチに腰掛けていた。
 しかしその間、特に会話をすることもなく、ただ座っているだけだった。
 学校に囮として潜入したマーズたちを待っていた、ただそれだけだった。

「マーズたち、遅いな……」

 崇人が呟くと、エスティも頷いた。

「大丈夫かしら。囮になって、私たちが……とは言っていたけれど」

 そう。
 エスティはマーズが彼女に言ったことを思い出していた。
 それは、マーズたちが囮となって、エスティと崇人が第五世代に関する情報を集めるというものだった。
 結果、彼女たちは第五世代の情報を集めることに成功したわけだ。
 しかし、マーズたちはどうなったのか、現時点では解らない。
 それが彼女たちにとって唯一の不安要素であった。

「……あ、あれ」

 崇人は遠くにあるものを見つけ、指差す。
 エスティもそれを聞いて、そちらを見た。
 そこに居たのはマーズたちの姿だった。

「タカト、エスティ! やはりここに居たか……!」

 マーズは崇人とエスティの姿を確認したところで、漸く一息ついた。
 崇人はマーズ、コルネリアとメンバーのひとりひとりを確認して言って、そこで漸く気が付いた。

「アーデルハイトが……ひどく疲れているみたいだが、何かあったのか?」
「その件については話せば長くなる。結論だけ言おう。アーデルハイトは心労が祟り、もうこれ以上この戦争に参戦するのは無理だ。このままカーネルの外へ出すつもりでいる。問題ないだろう、騎士団長?」

 それを聞いて――理解したかどうかは別だが――崇人は大きく首を縦に振った。

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